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第6章 魔獄
魔神(2)
しおりを挟む「な……何が……起こったんだ……?」
あれだけいた頼もしい仲間達が……いない。
「今の……見てたか? リディ……」
後ろを振り向き、リディアに声を掛けようとして、背筋が凍る。
ゾクゾクゾクゾクゾクゾクッッ!
リディアがいない。
彼女までもが消えてしまった。
今の今まで、俺と一緒に丸くなっていた筈だ。
もう一度、前方に振り返る。
誰が残った……?
ディヴィヤ……リタ……コンスタンティン……
そして俺の後ろにゾフィーとオルトロスが2頭。
たったこれだけ……だって……?
今から俺が一番やりたくない相手とやるのに、皆、俺を置いてどこへ行ってしまったんだ!?
……
いや、違う。俺は何を考えてんだ。
違う違う。違うだろ。
皆が悪いんじゃない。むしろ、いつもの俺なら心配でしょうがない筈だ。
正気を取り戻せ!
「ギギ……マッツ・オーウェン……オマエガノコッテ、ヨカッタ。ヤハリ、オマエトワタシハ、タタカウウンメイナノダ」
戦う運命……
そんなの真っ平だ、と言いたいとこだが……上等だ。
やってやる。
「俺が残ったってどういう意味だ? ハァハァ……皆、どこに行ったんだ?」
そうだ。あの時も何度かアスラと会話した筈だ。何をやっても通らない強力な防御と死にかけるほどの攻撃を何度も食らい、そこだけが印象強く残ってしまったんだ。
落ち着け。あの時の俺はもっと勇敢に立ち向かった筈だ。
そう考えると、ス―――ッと恐怖が消え、落ち着いて来る。
「オマエノナカマハ、ココヨリサラニ、フカイカイソウニオチタ。ソレイジョウハ、ワタシニハワカラナイ。ワタシハ、ココノジュウニンデハ、ナイカラナ」
何だと!!
「マッツ!」
後ろからゾフィーの叫び声がする。
振り返ると、困惑の表情を浮かべるゾフィーがいた。
「マッツ、オルトロスが……消えたわ?」
ななな……何だって!?
それが意味する所は、リンリンが倒れたか、もしくは……
―――
魔力無効の領域が複数、存在する。
―――
そのいずれかだ。
そうか。
そして、アスラがいいことを教えてくれた。
ここより深い階層に落ちた、つまり、
―――
稀に、更に深い階層に落ちる場所があり、落ちてしまうと脱出は極めて困難、ヘネ・ルードの同行者も落ちた事があり、上から助け出すことは出来ず、脱出するのに難儀した、と書かれている。
―――
この事だ。
よかった。死んではいない。
だが、脱出は困難と言い切っている事から、簡単ではないだろう。加えて、どうやら魔力無効らしい。
俺よりもあいつらの方がヤバい!
「ゾフィー! 一旦、荷物をまとめて、端の方に避難させてくれ! アスラの攻撃方法は……知ってるだろ!?」
「そうね。わかったわ!」
本当なら一緒に戦って欲しいが、『召喚におけるルール』として無理なんだろう。
魔法なのか何なのかわからないが、手を触れずに指先で物を移動させるゾフィー。
荷はこれで大丈夫だ。
皆に追いつくように走る!
よしッッ!!
走りながら、1つ、パチンッと自分の頰を叩き、気合いを入れる。
決して簡単な相手では無い。
「リタ! コンスタンティン! ディヴィヤ! 行くぞ!」
追い抜きざま、声を掛ける。
コンスタンティンが横に来て、真剣な顔をする。
「マッツ、僕の命は君に預けよう。絶対に死なせはしない」
「フフ……それは、頼もしいな。だが、お前も死んじゃあダメだぜ? お前が死んだら俺は……泣く!」
ニヤリと笑い返すとコンスタンティンはその可愛い顔を更に愛らしくし、笑顔を見せる。
当時の俺がアスラに敵わなかったのは、きっと魔力が小さかったからだ。物理には高い耐性があるが、魔力はどう、とは聞かない。
今回は違う。俺の魔力は自分で分かる程に爆発的に上がった。そして何より、これ以上ない程頼もしい魔術師、『放浪者コンスタンティン』がいる。
アスラの目の前に迫るッ!
「コイッ! マッツ・オーウェン! コノトキヲ、タノシミにマッテイタノダ!!」
前回に比べてアスラが流暢に話しているのは、ヘルドゥーソが完全な召喚で制御しきっているからだろう。
それでもそれぞれの魔神に自我があり、ゾフィーのように奔放であったり、アスラのように俺と戦うのを楽しみにしていたりするのだ。
全く、迷惑な事だが、避けては通れないぜ!
「いっくぞぉぉぉぉぉあああ! アスラァァァァ!!」
―――
一方、その頃……
ドス……ドスドス……!
バタバタバタッッ!!
「いった!」
「きゃあ!」
「いってぇぇ!!」
「ウガッ!!」
「ミャア~~ッ!!」
突然、ある空中から飛び出した彼ら。
出現と同時に当然の如く引力に引かれ、落下した。
「なんだぁ……何が起こったんだ?」
オレストが尻をさすりながら起き上がる。
「アスラは? どこに行った?」
ヘンリックも立ち上がり、オレストに並ぶ。
「さて……な。だが、何が起こったにしろ、取り敢えずは後だな」
「うむ。そのようだな。皆、早く起きろ」
珍しくヘンリックが皆を急かすようなセリフを吐いた。
「うう~~~何なんじゃ、一体……。どうしてリンが落ちるんじゃ……」
頭を抑えてリンリンが吐き捨てる。
リディア、クラウス、ラディカ、ナディヤ、アデリナと次々に立ち上がり、横に並ぶ。
彼らは壁際に落ちたらしく、ズラッと洞窟の壁を背にする。
「うお―――い……」
アデリナの口から自然と漏れ出す、突っ込みにも似た一言。だが、目の前に広がる恐ろしい光景に、恐らくここにいる全員が同じ感情を持ったであろう。
目の前に広がるのは、アスラがいた広場に負けず劣らずの広大な地底の空間と、それを埋め尽くす、敵、敵、敵!
『世界の眼』突入時に見た超ド級モンスターが、あの時の数倍の数となって、立ち塞がっている。
そしてあの時と異なるのは、飛竜に乗って比較的安全だった当時と比べ、モンスターと同じ地表に立っているため、危険この上無いという事、そして……
「リンちゃん! ここ……!!」
焦るリディアに、
「うむ……やれやれ。何という呪われた場所だ。道理でリンが飛べずに無様に落ちる訳だ……ここは『魔力無効』のエリア。我々、魔術師には手も足も出ない場所じゃ」
落ち着いてはいるが厳しい表情で返すリンリン。
そう。
もうひとつ異なったのは、ここが『魔力無効』の場所である、という事だった。
そして、さらに凶報は続く。
「何だか、馬鹿でかいのがいるわ」
ラディカがモンスター群の右後方を見ながら言うのを聞き、クラウスが目に手をかざす。
「あれは……」
「ケッ……本当にまた会っちまった」
オレストが足元の石を蹴飛ばす。
魔神テンペラ ―――
鬼の形相に2本の巨大な金棒を振り回す、乱暴極まりない魔神。
「もう1匹、いるな……」
ヘンリックが左の後方を指差す。
巨大な馬に跨り、同じように大きな騎士が槍を携えて構えている。
「魔神エリゴール……」
リンリンが呟く。
「見ての通り、黒い巨馬に跨る甲冑の騎士じゃ。エモノは槍。魔法、物理に強力な耐性を持っている。巨馬を操った踏み潰し攻撃と超高速の連撃に気をつけよ。更に槍の衝撃波による遠隔攻撃もしてくる」
「何よそれ! 反則だわ!!」
ナディヤが憤慨するが、状況は変わらない。
「そんな反則な奴は俺が相手をしてやる」
ヘンリックがニヤリと笑う。
だが、状況は彼らに不利、いや、到底そんな言葉では追いつかないほど、圧倒的に不利だ。
そして、手前の何百体かのモンスターが彼らの存在に気づき始める。
グァァァ……
ゴァァァァ……
ガルルル……
「大まかに指示しておく。後は臨機応変に動け!」
オレストが大声を上げる。
こうする事で鼓舞する役目も果たすのだ。
「エリゴールとやらはヘンリック、テンペラは俺がやる。残りの人数で雑魚共を狩れるだけ狩れ!」
無論、オレスト自身も含め、ここにいる万を超えるモンスターの1匹とて、雑魚とは誰も思っていない。
そんなレベルの相手では無いのだ。特にリンリンが大型の召喚獣を呼べない今、超危機的状況といっていい。
「リンリン、リディア、クラウスは今こそ霊符を使いまくれ。ラディカ、ナディヤは魔術師を守ってやれ。そして雑魚相手の主力は……アデリナだ」
「うん!」
強く頷くアデリナに、もう少し言葉を続けようと思っていたオレストは、結局、口をつぐんだ。
何も言わなくてもこの子は賢い。大丈夫だ。そう考えたのだ。
「ヘンリック、言うまでも無いが……」
今度はヘンリックに向かって、何やらアドバイスしようとするオレスト。だが、
「……なら、黙ってろ。さっさと行かないと、機を逃すぜ?」
にべもないヘンリックの返事だった。
アスガルドで将軍の地位にいたオレスト。彼がこのような口を叩かれた事など記憶にある限り無く、数秒、開いた口が塞がらなかったが、やがて思い直す。
(フ……フフ。マッツ……お前の部下は皆、頼もしいな? お前も頑張れよ。トラウマなど乗り越えろ! 生きて、再会しようぜ)
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