神の種《レイズアレイク》 〜 剣聖と5人の超人 〜

南祥太郎

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第6章 魔獄

魔神(9)

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 膝から崩れ落ちるアデリナの小さな体を、ギガンテスの大きな手が掴む。

 ドンッッ!
 ブシャッッッ!!

 肉が弾け飛ぶ音が聞こえた。

 ああ、自分はもう助からない、生まれて初めてアデリナは死を意識した。

 持ち上げられるか、壁に投げつけられるか、いずれにしろろくでもない、近い未来。

(マッツのお嫁さんに……なりたかったなぁ……)

 自然と溢れる涙、目を閉じてその時を待つが……自分を掴むギガンテスの手からは一向に力が感じられない。

 アデリナには無限にも感じられた時間、初めて死を覚悟したその数秒、そしてゆっくりと目を開けると……


「なんだ、観念してたのか?」

 目の前にいたのは……見たことの無い新手のモンスター! いや、喋っているところを見ると新手の魔神か。

 はち切れんばかりの盛り上がった筋肉。
 3メートルに届こうか、という巨躯。
 上半身裸で、赤黒い皮膚の色。
 整っていないチリチリの黒い長髪。
 不細工ではないが、恐ろしい顔つき。
 そして黄色の瞳に、縦に細く黒い瞳孔。

 だが、不思議と恐怖は抱かなかった。

 もはや自分の感覚は壊れてしまったのだろうか、とボーッと考えるアデリナ。

 ふと自分を握っているギガンテスを見上げると、身じろぎもせず、突っ立っている。不思議に思い、手から抜け出そうとすると、スルリと簡単に出ることが出来た。

「あ……あれ?」

 よくよく見るとこのギガンテス、既に……死んでいた。腹部に大きな穴が空き、一撃でやられている。

 やったのは……そう思って視線を戻すと、今しがたまで目の前にいた魔神がいない。

 キョロキョロと付近を見回していると、足元にペルセウスの弓が転がっていた。
 急いでそれを拾うアデリナの後ろで、またも、

 ドンッッ!
 ドンッッ!!

 と大きな音がする。

 振り返ると、ラディカを握り、今にも叩きつけようとしていたギガンテスも同じようにやられていて、更にはナーガ、デヴィルロード、と近くにいたモンスター達は軒並み一撃で倒されていた。

 それも、全てあの魔神によって、だ。

「何……わかんない。助けて……くれたの?」

 そう呟いて、ハッとする。
 急いで壁際を見ると……ヒドラが文字通り、内部から爆発したように散らばっていた。

 そしてその足元に……いた! リンリン! リディア!!

 アデリナは急いで駆け寄り、2人の息を確かめる。

(よかった……死んでない……2人共、生きてる!!)

 全てのモンスターを一撃で倒しきった魔神がアデリナに思いもしない事を言い放つ。

「アデリナ。皆の介抱は任せたぞ。オレストもヘンリックも危ない」
「私達を……知ってるの?」
「話は後だ。頼んだぞ。新たに敵が沸いたらお前が何とかしろ」
「わかった!」

 ニヤリと笑ったその魔神、恐ろしいスピードでヘンリックの方に飛ぶように駆けて行った。

 だが、何故か途中で進路を変え、オレストへと向かう。

 アデリナは手持ちの霊符、事前にクラウスによって皆に配られていた霊符を1枚取り出し、破る。

全体治癒ガンザス・ヒィラ

 自分のパーティ全員への高い治癒効果がある。

「リンちゃん、リディア、大丈夫? 目を覚まして!」

 ん……と呻き、まず目を開けたのはリディアだった。

「リディア!」
「……アデリナ! あれ? 私……」
「よくわからないけど……魔神が助けてくれたよ!」

 オレストの方に駆けて行くそれを指差して、涙ながらにアデリナが叫ぶ。

「え……魔神? …………アァッ!!」

 リディアが口に手を当て息を飲む。
 そして、ボロボロと……俯き加減に涙をこぼし始めた。

「アデリナ……あれは魔神じゃないよ」
「え!? そうなの?」

 そこで顔を上げて、笑顔を見せるリディア。

「あれは……竜人ドラケマニカ。マメちゃんだわ!!」

 数秒の沈黙……そして、

「……ええぇぇ!? マメちゃん~~~!?」

 素っ頓狂な声を上げるアデリナだった。


 そのマメ、最初はヘンリックが危ないと感じ、猛スピードでエリゴールに接近していたのだが、何故か、途中で進路を変えた。

(危ない所だったが、ヘンリックは助かりそうだ。なら……)

 オレストへと一直線!
 既にテンペラを視野に入れた。

「なんだなんだ!?」

 そしてあっという間に、甲高い声でたじろぐテンペラと、群がるモンスターと格闘中のオレストとの間に到着する。

「…………?」

 突然現れた、人間にしては桁外れに大きい体を持つ、鬼のような風貌をしている男を見て、オレストも誰だかわからず、アデリナと同じく、新手の魔神かと疑った。

 だがその疑惑はすぐに晴れる。
 テンペラが知らない奴だったからだ。

「むぅ……お前……強そうだな! よしよし、俺がやってやる!」
「そりゃあ、光栄だな」

 金棒を振りかぶり、周囲に風圧を与えるほどの速度でマメに向かって振り下ろすテンペラ!

 ドォォォンッ!

「なんだとッ!!」

 驚いたのはオレストだ。なんと超重量の金棒を、頭の上で両手で受け止めたマメ。

「おお!! おお? 凄いな、お前!」

 テンペラも驚くが、こいつの感情表現は当てにならないことをオレストは知っている。

 そしてテンペラとオレストの口から、同時に「え!?」と漏れる。

 今の今まで金棒を持っていた鬼のような奴が、彼らの目の前から、

 次の瞬間、

 ドゴォォォォォォォォォォォォォンッッッ!!

「あがぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 テンペラが仰け反って悶える。

 見ると胴体に人間の胴体ほどの風穴が空いている!!

「何なんだ、こいつぁ……だが、新たな敵って訳じゃあ、ないようだ」

 オレストにとってはそれだけでも十分、リンリン達を見ると、恐らくこの男がやったのだろう、絶望的な状況は脱したようで、次々と起き上がってきている。
 モンスター達も全て倒してくれたようだ。

 敵でないどころか、明らかに自分達を助けにきてくれているようだ、とそこまで考えたオレスト、ふと思い当たる。

「もしや……お前、リンリンが飼ってた……何つったか……あのチビ竜か?」

 すると、テンペラの胴体に空いた穴の向こうから覗く、鬼の片目。

「ふふ、そうだ。彼女が『マメ』と呼ぶ、あの竜だ」

 これが……竜人ドラケマニカと呼ばれ、マッツ達の危機を救ったという奴か、とオレストは唾をゴクリと飲み込む。

 何しろ、聞きしに勝る圧倒的な武力!
 あのテンペラが遂に怯え始めた。

「お前……ナニモンだ! 俺に寄るな! 俺の後ろに回るな!!」

 手を振り回し、金棒を振り回し、半ベソをかいて泣き叫ぶ。

「なんだお前、俺の相手をしてくれるんじゃなかったのか」

 平然として金棒を避けるマメ。

(こいつは強え……)

 金棒をかいくぐって懐に入ると、今度は前から殴る!
 攻撃は殴るだけの原始的なものだが、とにかく威力が神がかっている。

 殴った部分は片っ端から穴が開く。
 テンペラの分厚い体を貫通させるなど、槍でもなければ難しい。それをいとも簡単に拳だけで貫いていく。

 ドォォォンッッ!!

「うげぇぇぇっっ!!」

 体を折り曲げるテンペラ。

「……フン」

 急に動きを止めるマメ。

「お前……不死身か」

 そう言われたテンペラ、ふふふと笑いながら顔を上げる。

「おお、やるのう。見破ったか。その通り、俺は不死身。だが痛みはある程度、感じるのでな。お前は嫌いだ。あっち行け」

 不死身!!

 道理でリディアの魔法でも自分の攻撃でも、くたばらなかった筈だ。

 周囲のモンスターをあらかた狩り終わったオレストが心の中で納得していると、

「不死身とはいえ……お前、弱点を持っているな」

 マメがそう言うと、みるみる青ざめるテンペラ。

「そそそそんな訳、あるかぁ! 俺に弱点など、ああああるわけ、ねぇだろう!!」
「なんだ、あるのか。わかり易いな、お前」

 両手を腰に当て、おどけるマメ。

「なぁぁぁぁぁぁんだとぉぉぉぉ!!」

 顔を真っ赤にするテンペラを見て、ククク、と笑うオレスト。

 なるほど、弱点ねぇ……と今までの戦いを振り返り始めた。


 ―

 その少し前、マメが方向転換してオレストを救いに行った時点に遡る。

 背中から貫通、地面に縫い付けられたヘンリックは、まさに死の直前。

 動くことは出来ず、従って逃げる事も出来ず、徐々に近づいてくるエリゴールの足元を見るしか出来ない。

 あと数メートル、となったその時、不意に体が軽くなる。

(治癒……?)

 アデリナがパーティ全体にかけた治癒魔法が、この時ヘンリックにも届いていた。

(フッ……だが、この体たらくじゃなぁ……)

 そう、体力が戻り、傷が治るとはいえ、槍が貫通して地面に縫い付けられている今、それは何の意味もない。

 ……と考えかけたヘンリック、頭を振る。

(そうじゃない。ここで体力が復活したのはデカい)

 魔槍レベッカを肩にかけ、ハァ――……とひとつ、大きな呼吸をいれて、

「フンッッ!!」

 ブッシュゥゥゥゥ……

 ヘンリックは膝を曲げ、自分からさらに深く槍に突き刺さりにいった!!


 それを見たエリゴールが足を止める。

「お前、何をしている?」

 エリゴールにとっては不可解。
 だが、ヘンリックは御構い無しに地面に近い、槍の根元を両手で握りしめると、

「フゥゥンッッ!!」

 一気に引っこ抜いた!!

「おお! なんだと……」

 甲冑で表情は読めないが、驚きの声を上げるエリゴール。

「ウゥムムム……」

 脂汗を滲ませ、唸りながら今度は、体に刺さった槍を引っこ抜く!
 穂先に返しがあるため、槍の尾の部分、石突から抜けるように腹から手前に引き抜いた!

「よせ、死ぬぞ」
「ウゥガッッ!!」

 ヘンリックが吠えるのに、思わず硬直するエリゴール。

「何という……お前のような子供は見た事がない」
「ケッ……今更、子供扱いかい?」

 口から血を吐きながらニヤリとするヘンリック。

「……そうだな、失礼だったな。では全力で行こうか」

 そう言うと腰に下げた剣を抜き、切り掛かってくる。

 ガキィィィン!

 ヘンリックの手から離れ、呆気なく宙に舞うエリゴールの血だらけの槍。そしてあっさりとエリゴールに奪い返されてしまう。

「チッ……クソッタレ……」
「あの世で会おうぞ、勇者よ」

 ヘンリックもタダでやられるつもりは毛頭無い。肩にかけた槍を持ち直し、しっかりと中段に構える。

「さすがだ。それだけやられていても、基本形で立ち向かってくるか」

 ひとつ頷いて、音を立てずにあっという間に間合いに入ってくるエリゴール、ヘンリックの心臓を狙った一撃!

 読んでいたヘンリック、なんとか初撃を打ち払う。
 が、すぐさま、2撃目が眉間を狙い、飛んでくる!!

(ダメだ、払えない……)

 2撃目が早すぎて、払った槍を戻し切れていない!

「さらばだ!」


 ガッキィィィィィンッッッ!!


(う……む……)


 死んで……いない。

 眉間に突き刺さろうとするエリゴールの槍先を、ヘンリックは目を瞑らず、最後まで見ていた。

 その槍先はまさに目の前で横に弾かれた。
 突然、横から突き出されたもう一本の槍によってエリゴールの穂先は大きく外されたのだ。

 あのスピード、しかも槍のような細い武器の穂先を正確に横から突くこと、それは常人に出来る事では無い。

 更に、エリゴール程の超達人が、その男の接近に気付かないほどの踏み込みの早さ。

 その2つを兼ね備えた人物など、今、このパーティにはいない。



「我が弟子よッッッ! この偉大なる師匠が来たからには! 安心するがいいッッッ!!」



 腹まで響く声量、そして自分を弟子と呼ぶ人物は、この世に1人しかいない。

 ヘンリックは腰が砕けたように、その場に座り込み、エリゴールとはまた違う、頑丈そうなフルプレートの鎧に覆われたその大男を見上げる。


「ヴォルドヴァルド……師匠……」


 ヘンリックを死の淵から救ったのは、ドラフジャクドにて半年間みっちり槍術を叩き込んでくれた、六芒槍術の始祖と言われる、超人ヴォルドヴァルドだった。
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