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第6章 魔獄
虹竜(1)
しおりを挟む「ラディカ、本当にありがとう! ラディカが助けてくれなかったら、私、絶対死んでたよ……」
涙ながらにアデリナがラディカにお礼を言うのは、もう何度目だろうか。
「もう……わかったったら! 結局、皆、無事だったんだからいいじゃない」
苦笑してラディカが返す。
あの広間に残ったまだまだ万を超えていたモンスターの大群を、ヒムニヤのアドバイスにより、迂回して進む事にした一行。
ヒムニヤはヘネ・ルードと同じ事を言い、
「昔、ツィ様に聞いた事がある。ここのモンスターは、少し言葉の意味が違うかもしれないが『必要悪』とでも言おうか……地上の善意の裏返しで生まれる奴らだそうだ。倒す意味は無い。迂回してさっさと先に進むが得策だ」
その言を取り入れて広場からまた洞窟へと進み出す。
その道中、アデリナはラディカに感謝する事しきりだった。
「だって私の為にラディカが酷い目にあったんだもん。本当にごめんね」
「ほんとにもういいのよ。でも自分でも不思議だわ。あんな行動が咄嗟にでるなんて……」
「ラディカは優しいんだよ」
アデリナがそう言うとビックリした顔をするラディカ。今までアスガルドでは同じ稼業の人間にすら恐れられてきた最高の暗殺者、ケルベロス。
その一員だった自分が優しさなど持っているのだろうか。考えた事もなかった。
「うん。間違いないよ。ラディカだけじゃなく、ディヴィヤもナディヤもね。でないと腕前だけでマッツが仲間にするなんて、あり得ないし」
「それはその通りですね」
笑顔でクラウスが同調する。
そのクラウスを見て、ハッとするラディカ。
「そうだわ! そういう意味じゃ私も貴方にお礼を言わなきゃ。貴方が飛び込んでくれてなかったら、私も間違いなく死んでたわ。有難う、クラウス」
「うん。きっと私も死んでた。ハハ……ありがとね! クラウス」
突然、美人姉妹のラディカとナディヤに感謝され、オロオロするクラウス。見る間に顔を赤くし、
「え、あ、や、とんでもない……です。こっちこそ男のくせにあれくらいで気絶しちゃって……そのせいで皆に迷惑をかけてしまいました」
そう言うのに、オレストが割って入る。
「やめろやめろ、お前ら。危険なのは元より覚悟の上だろ? 一々感謝や謝罪してたらキリがねえぜ!」
頰を膨らませるアデリナだったが、オレストの言う事にも一理ある、と考えた。
「……ま、確かにそうだね。そもそも助け合わないと、こんな危険な所、突破できないもんね」
「そういうことだ」
オレスト、アデリナ、リディアを先頭に、ヘンリック、ヴォルドヴァルド、リンリン、ヒムニヤ、マメが続き、少し離れてラディカ、ナディヤ、クラウスといった形で進む。
前衛、後衛などここでは意味が無い、とわかったからだ。そこかしこに敵が沸く。
それはあの広場を抜けた後も続く。
どの列にも前衛となれる者を配置して挑む。
最も危惧していたのが食料だった。全ての荷がマッツ側に置き去りにされた為、どうなる事かと思われたが、ヒムニヤがかなりの量を持ってきており(無論、ヴォルドヴァルドに運ばせて)、この人数でも数日~1週間程は過ごせる、とわかった。
そのヒムニヤ、ドラフジャクドで皆と別れた後、ヴォルドヴァルドを連れて古竜の大森林に戻っていたらしい。しばらく何事もなく平穏に過ごしていた所をリンリンに呼び出しを食らった、という訳だ。
「リンちゃんとヒムニヤさんはどういうご関係なの?」
リディアがふとそんな事を聞く。
「千三百年程前かな。リンが生まれ故郷に飽きて世界を旅し始めた時に、あの大きな森にある滝で出会ったのじゃ」
リンリンが懐かしげにそう言うと、ヒムニヤも笑みがこぼれる。
「百竜の滝に続く川の上流に流れが穏やかなところがあってな。私がそこで水浴びをしていた時に、此奴が覗いておったのだ」
「……覗くって……」
リンリンの後ろにいたナディヤがギョッとする。リンリンは手を頭の後ろに組んで、ニャハハ、と笑いながら、
「いや~~~覗くつもりは無かったのじゃが……水浴びしている様があまりにも美しかったのでな……まあ、一目で只者ではないとはわかったものの、しばらく目の保養がてら、眺めておったのじゃ」
「フフ……懐かしいな。結局、2人でそこでしばらく水浴びして、私の家に招いたは良かったのだが、そこから百年も居着くとは思いもせなんだ」
「ひゃ……百年!」
隊列の前からアデリナが素っ頓狂な声を上げる。
あまりにも常人と年の単位が違いすぎる。
「いやあ、ヒミにゃんの家、物凄く落ち着くのじゃ」
「あ――! でも、それわかるわ!」
リディアも後ろを向いて、リンリンに同調する。
それから2日ほど経ち、ようやく魔力無効エリアを脱する一行。しばらく歩くと、
「ん? 何かあるな。……村か? こんな所に……」
ヘンリックが目を凝らしてそう言うのに、全員、歩みを止める。
遥か前方、洞窟が開けた所に見える集落。
土を固めて家を作っているのか、全体的に焦げ茶色で背の低い家が並ぶ、暗い雰囲気の村だ。
オレストは注意深くその集落の様子を伺い、改めてパーティ全員を見回す。
「今度もまた、何が出るかわからんが……取り敢えず、行くか」
そう言って歩き始めた。
―――
一方、場面は変わり、こちらはマッツ一行。
アスラを倒してから3日ほど歩いた。
飛竜の霊符が無いからだ。
その代わりにオルトロスの霊符を使い、再度荷物持ちを召喚した。
洞窟はアスラと戦った広間に比べるとかなり小さくなっているが、それでもまだ横に2、30人は並べそうな程にはデカい。
そして、延々と緩い上り坂となっていた。
地上が近くなってきた証拠か。
時折聞こえる竜の鳴き声のような咆哮が大きく聞こえてくる。
もう、かなり近いはずだ。
これがもし、ヘネ・ルードの言う『虹竜』だとすれば、先に『地霊達が住まう村』に行かなければならないのだが……
「ずっと……一本道ね」
俺の左側にいるディヴィヤがポツリと呟く。
……そうなんだ。ずっと一本道なんだ!
選択の余地が無いルートをひたすら歩いている。
そして―――
遂に見つけてしまう、小さな、しかし荘厳な作りの扉。
暗い青を基調とした重そうな扉。ノブは金色で、こんな場所にあるにも関わらず、埃ひとつついておらず、全く汚れていない。
正直、嫌な予感しかしない。
それはディヴィヤも同じなのか、俺の手をギュッと握ってくる。なんと、リタですら俺に身体を寄せてくる。こんな事は初めてだ。
後から考えると、この時、両手に花(しかもレアな)状態だったんだが、俺とした事がこの時、全くそれどころではなかった。
魂の奥から湧いてくる怯え、恐怖と必死に戦う。
念のため、後ろを振り返る。
ゾフィーがコンスタンティンの体に腕を絡ませ、抱きつく様にくっついている。しかも相当に怯えた顔をしている。それを嫌がりもせず、むしろ守ってやるかのように手を回すコンスタンティンも相当の覚悟をしている顔だ。
そうか……
魔神ですら怯えるほどの……
そりゃ、俺達も怖い訳だ。
「……開けるぞ」
ノブに手を掛ける。
右側にいるリタの息遣いが耳元で聞こえる。
左腕にくっついているディヴィヤの心臓の音が聞こえる。
後ろにいるコンスタンティンとゾフィーが生唾を飲み込む音が聞こえる。
ガチャ―――
ギィィィィィィィ―――
目に飛び込んできたのは、一面、クリスタルの広い場所。暗所の筈なのに明るい。
クリスタル自体が光を発しているんだ。
そして、ほんの百メートル程の前方。
そこには巨大な……ドラフジャクドの火竜アルトゥールの十倍はある体躯の竜が翼を丸め、目を瞑り、鎮座していた!
「「ヒッ……」」
リタとディヴィヤが同時に小さく呻く。
2人とも歴戦の勇士、戦士だというのに、だ。
そして、俺は呻くことすら出来ず、その圧倒的な存在の前に……呆気なく、本当にアッサリと『死』というものを感じる。
ランディア王城以上のバカでかい体を持つ竜。
体は何百万色という色が絶えず揺らめき、一定の色をしていない。体を覆う鱗は全てクリスタルで出来ているようだ。
肌で感じる。あのクリスタル、一欠片でさえ俺達に壊す事は出来ない、と。
「こんな生物が……この世にいるのか」
コンスタンティンの呟きが聞こえる。
これが虹竜!!!
立ち尽くす俺達。
圧倒的過ぎて、一歩も動けない。
そしてこの洞窟の静かな空気が、死を予感させるものに変わる。
ゆっくりと……
虹竜が目を開ける。
「グッ……」
指先が白くなるほどディヴィヤの手を握り返す。
グゥルルル……
翼を少し広げ、また折りたたむ。
首をくねらせて唸りながら侵入者である俺達を、竜特有の黄金の瞳で覗き込んでくる。
キシャァァァァァァァァッッッ!!
いきなりの咆哮!!
それだけで生きた心地がしない。
ズゥン……ズゥン……
少しずつ近寄って来る虹竜。
この場所には尖った巨大なクリスタルが多すぎて、他に抜けられる道があるかどうかすらわからない。
でも逃げなければ―――死ぬッ!!
そう思った瞬間!!
「おや、お前。マッツ・オーウェンではないか」
「……は? ……え?」
全く、思いも寄らない事だった。
まず、喋った。
そして俺の名を知っていた。
虹竜に知り合いなんていたか……。
いや、居るわけないだろ。
「ワシだ、ワシ」
「えーと……?」
「虹竜だ」
「それは知ってる!!」
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