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東の都
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店に戻ると興味津々な客達の視線に迎えられた。
「どうだった?」
にやにやしながら中野に聞かれるが、特に何もなかったので言うこともない。
仲間の中心に座る優男も下衆な勘ぐりをするのかと思うとうっとおしく思う。
「どうって何も…。下まで送ってきただけ」
杏里の横に座り直して外の暑さで吹き出した汗をエアコンの涼しさで飛ばしていく。
カウンターには氷が溶け切った自分の水割りグラスと利休が飲んでいたロックグラスが置かれたままだった。
水滴のついたグラスが汗だくの体と同一視する。
並んでいるふたつのグラスが彼に置き去りにされた自分のようで、再会できるか不安になってきた。
利休もまた外の熱気で飲んだ酒が汗になって体の線にそって流れていく。
「あっつ…」
せっかくほろ酔いで気分がよかったのに一気に酔いが覚めてしまって、もう1軒行こうか帰ろうか悩む。
店は涼しくても外に出ればまた暑いから同じ事の繰り返しだと思って、帰ろうとタクシーを探していると目の前に見覚えのある黒塗りの車が行く手を阻むように停まった。
助手席から男がひとり降りてくる。
「悠人」
ひとこと名前を呼んで後部座席のドアを開けた。
「……」
迎えにくるなんて珍しい。タクシーを拾う手間が省けたと思いながらドアをくぐって車内に入る。
「今帰ろうと思ってたところ」
静かに走り出した車内でとなりに座る男を見る。
この暑さの中きっちりスーツを着て、後ろに流している黒髪も一切の乱れもない。
濃いグレーの生地にストライプの線が入るオーダーの高級スーツと、藤堂たちが着ていた大量生産の安物のスーツと無意識に比べてしまう。
前髪が少しだけ前に崩れているのが珍しいなと思ってなんとなく指を伸ばすと、その手を掴まれた。
「ハメを外しすぎだ。そんな事をさせるために預かっているんじゃない」
ポケットからスマホを取り出して画面を利休に見せる。
そこには店で藤堂と並んで酒を飲んでいる画像が映し出されていた。
噂ゲームがここまで広がっている事に利休は驚く。
「この男は誰だ」
掴んでいた手を離して画面を顔に突きつけてきた。
「知らん。初めて会った。勝手に隣に座ってきたから適当に話してた」
「チンピラ中野考に群がる黒の会メンバー藤堂信二。元々は普通の会社員で退職後フラフラしている無職。犯罪歴はなし」
助手席から説明が聞こえてくる。
「黒の会って、なにそのダッサイ名前」
「組に属さない半グレ集団で名前は俗称、まわりが勝手にそう呼んでいるだけのチンピラ集団だ。後々どこかに所属するかもしれないと警察にマークされている」
スラスラと情報が出てくるということは結構有名な連中だったのか。
そんなに悪い集団には見えなかったけどと思いながら座り直していると横から強い視線が突き刺さる。
「くだらない連中と関わって俺の面子を潰すな」
「ボスとチンピラじゃ釣り合わないってこと?」
利休の言葉を挑発と取ったのか、突然胸ぐらを掴んで引き寄せられた。
「何すっ…」
男の肩に手を置いて離れようとする利休の動きを抑えて強引に唇を奪ってくる。
口の中を男の舌が蠢く。
その感覚に利休の力が抜けていき、反抗するために掴んでいた肩にすがらなければ体が崩れていきそうだった。
体を離されて元の位置に強引に戻された。
「僕は…あんたのオモチャじゃない……」
ふらつく体を自力で支えながら利休が言うが、キスしてきた男はもう関心がないのか目線は窓の外に向けられている。
信号に近づいて減速する車を感じながら利休はさりげなくドアのロックを確認した。
「馬鹿野郎!赤でも突っ切れ!」
助手席から運転手の若い男に怒声が飛ぶ。
「す…すいません!でも前の車が…っ」
言い争っている隙に利休はドアを開けて外に飛び出した。
「悠人!」
本名を呼ぶ声と急ブレーキの音が交差する中道路に転がる。
急いで立ち上がろうとしてアスファルトに両手をついた。
後続の車がけたたましいクラクションを鳴らす。
「どこへ行く?」
顔を上げると、隣に座っていた男がポケットに手を突っ込んで立っている。
微笑を浮かべているが目は笑っていない。
その目に睨まれて動けなくなった利休の体を軽々と抱き上げて後部座席に押し込むと、自身も横に座った。
運転していた若い男は口から血を吐いてぐったりしている。
驚いて声が出ない利休をそのままに、助手席の男が青年を車から蹴落とした。
またクラクションが鳴り響き、青年の体がボールのように飛んでいくのが窓から見えた。
「失敗したら命で償わせる」
助手席にいた男が運転を変わって車がゆっくり走り出す。
「やりすぎだよ祐樹…」
利休は隣の男を名前で呼んだ。
「お前も例外じゃないぞ」
うなだれている利休を見ながら祐樹は足を組む。
「…せっかく東京に来たのに…。もっと窮屈になるなんて」
目尻を指で押さえている姿が窓に写る。
その姿を見るとさすがにこれ以上厳しい事は言えなくなったのか車内は静かになった。
行き先は当然のように男が所有する高級マンションで、地下駐車場に車は滑り込んでいく。
車が停まると護衛でついて来ていた連中がほかの車から降りてきてボスのドアを開ける。
一部始終を見ていたはずなのに男たちは何の表情も顔に出していなかったが、祐樹に支えられて車から降りてきた美しい利休の顔や腕の擦過傷を見るとさすがに息を呑んだ。
ひと目を気にする体力もなくなって、祐樹にすがるように体重を預けて歩く。
人が車に跳ねられる情景を思い出すと吐き気をもよおして、エレベーターの中で座り込んだ。
「飲みすぎか?」
「…やばいかも……」
的はずれな事を言われても、言い返す気力がない。
ため息をついて祐樹は利休を抱きかかえて、部下が廊下を走り急いで部屋のロックを解除してドアを開けて待っていた。
祐樹たちが部屋に入ると、ドアの外で護衛のため男は立っている。
水のシャワーで擦りむいた傷を流してから頭から水を浴びると気持ち悪さが少し引いていく気がした。
暑くてドライヤーを使うのが嫌だったので、脱衣所でタオルで念入りに髪をふいていると鏡に祐樹が映る。
「横着しないでちゃんと髪乾かせ」
小言を言われるのがうっとおしくて、むっとした顔をして利休はリビングに移動した。
子どもっぽい態度にジャケットを脱ぎながら祐樹は苦笑いするしかなくて、入れ違いにバスルームに消えた。
「どうだった?」
にやにやしながら中野に聞かれるが、特に何もなかったので言うこともない。
仲間の中心に座る優男も下衆な勘ぐりをするのかと思うとうっとおしく思う。
「どうって何も…。下まで送ってきただけ」
杏里の横に座り直して外の暑さで吹き出した汗をエアコンの涼しさで飛ばしていく。
カウンターには氷が溶け切った自分の水割りグラスと利休が飲んでいたロックグラスが置かれたままだった。
水滴のついたグラスが汗だくの体と同一視する。
並んでいるふたつのグラスが彼に置き去りにされた自分のようで、再会できるか不安になってきた。
利休もまた外の熱気で飲んだ酒が汗になって体の線にそって流れていく。
「あっつ…」
せっかくほろ酔いで気分がよかったのに一気に酔いが覚めてしまって、もう1軒行こうか帰ろうか悩む。
店は涼しくても外に出ればまた暑いから同じ事の繰り返しだと思って、帰ろうとタクシーを探していると目の前に見覚えのある黒塗りの車が行く手を阻むように停まった。
助手席から男がひとり降りてくる。
「悠人」
ひとこと名前を呼んで後部座席のドアを開けた。
「……」
迎えにくるなんて珍しい。タクシーを拾う手間が省けたと思いながらドアをくぐって車内に入る。
「今帰ろうと思ってたところ」
静かに走り出した車内でとなりに座る男を見る。
この暑さの中きっちりスーツを着て、後ろに流している黒髪も一切の乱れもない。
濃いグレーの生地にストライプの線が入るオーダーの高級スーツと、藤堂たちが着ていた大量生産の安物のスーツと無意識に比べてしまう。
前髪が少しだけ前に崩れているのが珍しいなと思ってなんとなく指を伸ばすと、その手を掴まれた。
「ハメを外しすぎだ。そんな事をさせるために預かっているんじゃない」
ポケットからスマホを取り出して画面を利休に見せる。
そこには店で藤堂と並んで酒を飲んでいる画像が映し出されていた。
噂ゲームがここまで広がっている事に利休は驚く。
「この男は誰だ」
掴んでいた手を離して画面を顔に突きつけてきた。
「知らん。初めて会った。勝手に隣に座ってきたから適当に話してた」
「チンピラ中野考に群がる黒の会メンバー藤堂信二。元々は普通の会社員で退職後フラフラしている無職。犯罪歴はなし」
助手席から説明が聞こえてくる。
「黒の会って、なにそのダッサイ名前」
「組に属さない半グレ集団で名前は俗称、まわりが勝手にそう呼んでいるだけのチンピラ集団だ。後々どこかに所属するかもしれないと警察にマークされている」
スラスラと情報が出てくるということは結構有名な連中だったのか。
そんなに悪い集団には見えなかったけどと思いながら座り直していると横から強い視線が突き刺さる。
「くだらない連中と関わって俺の面子を潰すな」
「ボスとチンピラじゃ釣り合わないってこと?」
利休の言葉を挑発と取ったのか、突然胸ぐらを掴んで引き寄せられた。
「何すっ…」
男の肩に手を置いて離れようとする利休の動きを抑えて強引に唇を奪ってくる。
口の中を男の舌が蠢く。
その感覚に利休の力が抜けていき、反抗するために掴んでいた肩にすがらなければ体が崩れていきそうだった。
体を離されて元の位置に強引に戻された。
「僕は…あんたのオモチャじゃない……」
ふらつく体を自力で支えながら利休が言うが、キスしてきた男はもう関心がないのか目線は窓の外に向けられている。
信号に近づいて減速する車を感じながら利休はさりげなくドアのロックを確認した。
「馬鹿野郎!赤でも突っ切れ!」
助手席から運転手の若い男に怒声が飛ぶ。
「す…すいません!でも前の車が…っ」
言い争っている隙に利休はドアを開けて外に飛び出した。
「悠人!」
本名を呼ぶ声と急ブレーキの音が交差する中道路に転がる。
急いで立ち上がろうとしてアスファルトに両手をついた。
後続の車がけたたましいクラクションを鳴らす。
「どこへ行く?」
顔を上げると、隣に座っていた男がポケットに手を突っ込んで立っている。
微笑を浮かべているが目は笑っていない。
その目に睨まれて動けなくなった利休の体を軽々と抱き上げて後部座席に押し込むと、自身も横に座った。
運転していた若い男は口から血を吐いてぐったりしている。
驚いて声が出ない利休をそのままに、助手席の男が青年を車から蹴落とした。
またクラクションが鳴り響き、青年の体がボールのように飛んでいくのが窓から見えた。
「失敗したら命で償わせる」
助手席にいた男が運転を変わって車がゆっくり走り出す。
「やりすぎだよ祐樹…」
利休は隣の男を名前で呼んだ。
「お前も例外じゃないぞ」
うなだれている利休を見ながら祐樹は足を組む。
「…せっかく東京に来たのに…。もっと窮屈になるなんて」
目尻を指で押さえている姿が窓に写る。
その姿を見るとさすがにこれ以上厳しい事は言えなくなったのか車内は静かになった。
行き先は当然のように男が所有する高級マンションで、地下駐車場に車は滑り込んでいく。
車が停まると護衛でついて来ていた連中がほかの車から降りてきてボスのドアを開ける。
一部始終を見ていたはずなのに男たちは何の表情も顔に出していなかったが、祐樹に支えられて車から降りてきた美しい利休の顔や腕の擦過傷を見るとさすがに息を呑んだ。
ひと目を気にする体力もなくなって、祐樹にすがるように体重を預けて歩く。
人が車に跳ねられる情景を思い出すと吐き気をもよおして、エレベーターの中で座り込んだ。
「飲みすぎか?」
「…やばいかも……」
的はずれな事を言われても、言い返す気力がない。
ため息をついて祐樹は利休を抱きかかえて、部下が廊下を走り急いで部屋のロックを解除してドアを開けて待っていた。
祐樹たちが部屋に入ると、ドアの外で護衛のため男は立っている。
水のシャワーで擦りむいた傷を流してから頭から水を浴びると気持ち悪さが少し引いていく気がした。
暑くてドライヤーを使うのが嫌だったので、脱衣所でタオルで念入りに髪をふいていると鏡に祐樹が映る。
「横着しないでちゃんと髪乾かせ」
小言を言われるのがうっとおしくて、むっとした顔をして利休はリビングに移動した。
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