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豪華客船
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命からがら逃げ帰ったと思っていた藤堂だが、世間はそれほど騒がしくなかった。
数日たっても発砲事件の報道はされない。
利休は生きているのか殺されたのか、一般人の自分には手がかりを探すことはできない。
落胆してマンションの部屋から出ない生活をしていた時、杏里から連絡がきた。
「…もしもし」
『私の仕事絡みだけどクルーズ船のチケットあるから気晴らしに来ない?』
気安い口調に何故か腹が立つ。とてもそんな気分じゃない。
断ろうとすると信じられない言葉が返ってきた。
『利休からのお誘いよ。正確にはその叔父さんからだけど』
「生きて…っ、利休は無事なのか!?」
だらしなく寝転んでいたソファから急いで身を起こす。
『たまたま隣のビルから見てた子に聞いたけど、なんか屋上で揉めてたんだって?藤堂さんも危ない事するのね』
どこから見ていたのか、それよりも噂ゲームの情報の速さに驚いた。
今度こそ殺されるのだろうか。
『私と織田さん、渡辺で行くわ。公海上の無法地帯だからいろんな遊びが楽しめるよ』
何故かスーツで来いと言われて急いで身なりを整えて荷物を鞄に詰め込み教えられた港に着くと、映画で見たような豪華客船がそびえるように停泊していた。
「久しぶり」
下で待っていてくれた杏里が髪の短い軍人のような織田を連れて手をふっている。
出港まで時間がないと急かされて説明は中ですると言われてついていく。
「狼と取引があるんだけど、それが終われば自由時間。ギャンブルでもドラッグでも好きに遊んで」
違法な遊びには全く興味がない。それより招待してくれたという利休はどこにいるのかが気になる。
「とはいっても取引相手は軍にもマークされている組織だから注意してね」
そんな危険な相手に、一般人の自分は真っ先に殺されるか相手にされないか、どちらかだ。
某映画で見たような船内は着飾った客たちがごったがえしていた。
全員が裏社会の人間だと思うと全身に緊張が走る。
「あ」
杏里が指差す方向を見た。
広いフロアに続く階段を、黒いスーツの集団が降りてきた。
祐樹を先頭に、となりに利休、後ろに今井を連れて、あとは知らない部下の一団が颯爽とした足取りでフロアに現れて中心を進んでいく。
圧倒的な存在感に客たちはざあっと引いて道を作った。
利休は黒いジャケットにスカートのようなズボンを合わせた格好で祐樹の後に続く。
さすがに血の繋がった人間を殺すことは出来なかったのだろうか。
「これじゃ日本の裏社会が海外マフィアにあっさり制圧されるのもわかるわね」
ちらりと織田を見て杏里が呟く。
織田は連中から目をそらさない。
リーダー気取りの中野を連れてこなかった理由がわかった気がした。
井の中の蛙は全てが薄っぺらく、とても立ち打ちできそうにない。
そんなことを考えていると、杏里がネクタイを直してくれる。
「これでOK。行きましょう」
「え…、俺?」
「恐れ多くもあなたは狼の幹部のご指名だもの」
言われるままに着いていくしかない。
19世紀西洋の調度品に囲まれた高級船室に通されると、狼の構成員を背後に控えさせ、豪華なソファに利休を横に座らせて中心にゆったり座っている上原祐樹がいた。
「ご無沙汰です杏里サン」
何故か片言で挨拶して祐樹は対面の椅子を杏里にすすめた。
どうしていいかわからず焦っていると織田がさり気なく杏里の背後に誘導してきた。
ここで立っていろってことか。
続けて渡辺がブリーフケースを持ってやってくる。
利休を見るが、藤堂に顔を向けることはなく静かな表情で座っている。
後ろの男たちが頑丈そうな箱をテーブルに持ち上げて蓋を開けると無造作にハンドガンが詰め込まれていた。
すっと織田が前に出て中身を取り出して、慣れた手つきでマガジンを確認してから構える。
「グリップが歪んでいる」
織田はひとつひとつ丁寧に見定めて「不良品」と良質な製品を分けて並べていった。
まさかクレームがくるとは思わなかったのか、柔和な表情を浮かべていた上原祐樹の顔が曇る。
「前よりいい人材を連れてきましたね」
「私は銃器はわからないので専門家に任せることにしました」
「なるほど。正しい判断です」
少しだけ空気がピリつく。
一通り検分が終わると杏里は後ろにいる渡辺にケースをテーブルに運ばせた。
中に入っているのは黄金の延べ棒で、藤堂は初めてみる代物だった。
「杏里サンはこれから何を?」
「ひととおり船内を見てきます」
「ではまた」
交渉成立の握手を交わしていると、織田は購入した銃器をキャリーケースに入れて運ぶ準備をしていた。
部屋を出る杏里について藤堂もそれに続く。
やはり利休はこちらを見ることなく狼の幹部としての態度を崩さなかった。
「ありがとね…」
少し歩いてから杏里は壁に手をついて荒く呼吸を乱した。
「狼は私を殺そうとしてた。利休くんに助けてもらったわ。藤堂さんにもね」
何のことかわからず呆然と立っていると、背後から人の気配がして織田と渡辺が銃を構えて振り返った。
「物騒だな」
そこには両手を軽く上げて笑う今井がいた。
「ボスがそちらの色男に話があるそうなんで、同行願いますか?」
意味深な笑みを浮かべて今井は藤堂を見る。
「俺が見ておくし悠人もいるから厄介事にはならないよ。どうせ問題が起きたら俺が片付けないといけないんだから何も起こさせない」
綺麗に切りそろえられた髪から見える眉が困ったように曲がり、今井は苦笑いしていた。
「行ってくる」
「一応ボディガードをつけたいんだけど」
即座に杏里が間に入る。
「プライベートな事なので。ラウンジにいるので人目もあるし大丈夫です」
数日たっても発砲事件の報道はされない。
利休は生きているのか殺されたのか、一般人の自分には手がかりを探すことはできない。
落胆してマンションの部屋から出ない生活をしていた時、杏里から連絡がきた。
「…もしもし」
『私の仕事絡みだけどクルーズ船のチケットあるから気晴らしに来ない?』
気安い口調に何故か腹が立つ。とてもそんな気分じゃない。
断ろうとすると信じられない言葉が返ってきた。
『利休からのお誘いよ。正確にはその叔父さんからだけど』
「生きて…っ、利休は無事なのか!?」
だらしなく寝転んでいたソファから急いで身を起こす。
『たまたま隣のビルから見てた子に聞いたけど、なんか屋上で揉めてたんだって?藤堂さんも危ない事するのね』
どこから見ていたのか、それよりも噂ゲームの情報の速さに驚いた。
今度こそ殺されるのだろうか。
『私と織田さん、渡辺で行くわ。公海上の無法地帯だからいろんな遊びが楽しめるよ』
何故かスーツで来いと言われて急いで身なりを整えて荷物を鞄に詰め込み教えられた港に着くと、映画で見たような豪華客船がそびえるように停泊していた。
「久しぶり」
下で待っていてくれた杏里が髪の短い軍人のような織田を連れて手をふっている。
出港まで時間がないと急かされて説明は中ですると言われてついていく。
「狼と取引があるんだけど、それが終われば自由時間。ギャンブルでもドラッグでも好きに遊んで」
違法な遊びには全く興味がない。それより招待してくれたという利休はどこにいるのかが気になる。
「とはいっても取引相手は軍にもマークされている組織だから注意してね」
そんな危険な相手に、一般人の自分は真っ先に殺されるか相手にされないか、どちらかだ。
某映画で見たような船内は着飾った客たちがごったがえしていた。
全員が裏社会の人間だと思うと全身に緊張が走る。
「あ」
杏里が指差す方向を見た。
広いフロアに続く階段を、黒いスーツの集団が降りてきた。
祐樹を先頭に、となりに利休、後ろに今井を連れて、あとは知らない部下の一団が颯爽とした足取りでフロアに現れて中心を進んでいく。
圧倒的な存在感に客たちはざあっと引いて道を作った。
利休は黒いジャケットにスカートのようなズボンを合わせた格好で祐樹の後に続く。
さすがに血の繋がった人間を殺すことは出来なかったのだろうか。
「これじゃ日本の裏社会が海外マフィアにあっさり制圧されるのもわかるわね」
ちらりと織田を見て杏里が呟く。
織田は連中から目をそらさない。
リーダー気取りの中野を連れてこなかった理由がわかった気がした。
井の中の蛙は全てが薄っぺらく、とても立ち打ちできそうにない。
そんなことを考えていると、杏里がネクタイを直してくれる。
「これでOK。行きましょう」
「え…、俺?」
「恐れ多くもあなたは狼の幹部のご指名だもの」
言われるままに着いていくしかない。
19世紀西洋の調度品に囲まれた高級船室に通されると、狼の構成員を背後に控えさせ、豪華なソファに利休を横に座らせて中心にゆったり座っている上原祐樹がいた。
「ご無沙汰です杏里サン」
何故か片言で挨拶して祐樹は対面の椅子を杏里にすすめた。
どうしていいかわからず焦っていると織田がさり気なく杏里の背後に誘導してきた。
ここで立っていろってことか。
続けて渡辺がブリーフケースを持ってやってくる。
利休を見るが、藤堂に顔を向けることはなく静かな表情で座っている。
後ろの男たちが頑丈そうな箱をテーブルに持ち上げて蓋を開けると無造作にハンドガンが詰め込まれていた。
すっと織田が前に出て中身を取り出して、慣れた手つきでマガジンを確認してから構える。
「グリップが歪んでいる」
織田はひとつひとつ丁寧に見定めて「不良品」と良質な製品を分けて並べていった。
まさかクレームがくるとは思わなかったのか、柔和な表情を浮かべていた上原祐樹の顔が曇る。
「前よりいい人材を連れてきましたね」
「私は銃器はわからないので専門家に任せることにしました」
「なるほど。正しい判断です」
少しだけ空気がピリつく。
一通り検分が終わると杏里は後ろにいる渡辺にケースをテーブルに運ばせた。
中に入っているのは黄金の延べ棒で、藤堂は初めてみる代物だった。
「杏里サンはこれから何を?」
「ひととおり船内を見てきます」
「ではまた」
交渉成立の握手を交わしていると、織田は購入した銃器をキャリーケースに入れて運ぶ準備をしていた。
部屋を出る杏里について藤堂もそれに続く。
やはり利休はこちらを見ることなく狼の幹部としての態度を崩さなかった。
「ありがとね…」
少し歩いてから杏里は壁に手をついて荒く呼吸を乱した。
「狼は私を殺そうとしてた。利休くんに助けてもらったわ。藤堂さんにもね」
何のことかわからず呆然と立っていると、背後から人の気配がして織田と渡辺が銃を構えて振り返った。
「物騒だな」
そこには両手を軽く上げて笑う今井がいた。
「ボスがそちらの色男に話があるそうなんで、同行願いますか?」
意味深な笑みを浮かべて今井は藤堂を見る。
「俺が見ておくし悠人もいるから厄介事にはならないよ。どうせ問題が起きたら俺が片付けないといけないんだから何も起こさせない」
綺麗に切りそろえられた髪から見える眉が困ったように曲がり、今井は苦笑いしていた。
「行ってくる」
「一応ボディガードをつけたいんだけど」
即座に杏里が間に入る。
「プライベートな事なので。ラウンジにいるので人目もあるし大丈夫です」
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