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内輪話
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今井の案内で船内の最上階にあるラウンジに向かう。
重厚な扉を開けると、そこは大人の社交の場といった高級感あふれる空間だった。
赤いソファに仕切られる席にバーカウンターも併設されている一角から、勢いよく立ち上がって満面の笑みで走ってくる利休に抱きつかれた。
「やっと話せる!ずっと我慢してたんやから」
胸に顔をこすりつけられて藤堂も思わず笑みをこぼす。
「悠人、声が大きい。席に戻れ」
後ろから今井が指摘するように、室内は静かで上品ぶった客たちが酒を楽しんでいた。
今井が進む方向を見ると、ソファに座る男の姿が見える。
確認するまでもなくその人物が上原祐樹だということはわかった。
「どうぞ」
髪を崩してネクタイを外した祐樹がリラックスした表情で座るようにうながしてくる。
対面に座って射すくめるような視線を受けるのはつらいが、利休が藤堂の体に腕をまわして抱きついたまま隣に陣取ったので仕方なく腰を下ろした。
「この前は悪かったね。お詫びもかねて誘ったんだけど迷惑だった?」
祐樹自らワインを注いでグラスを藤堂の前に滑らせる。
酒の知識など皆無だが、この状況で判断すると高級ワインなんだろうと思う。
「…いただきます」
「はっきりしておきたい事もあってな」
祐樹はとなりに置いてあるワイングラスを藤堂の隣から動かない利休の前に滑らせてワインを注ぎ足した。
ぎこちない藤堂とは対照的に、悠然とした動きで祐樹はワイングラスを口に含む。
利休はジュースでも飲むように一気に飲み干した。
「酒の勢いで悠人に手を出したのか。君はそうだったかもしれないが悠人は本気だ。聞こえたと思うが最後の銃声はこいつが自分の喉元に銃口を当てて頭を吹き飛ばそうとした音だ。もちろん止めたが」
「……」
初めていく真実に藤堂はまばたきを繰り返した。無理やり襲った自分に好意を持つとは。
「俺に命をかけてくれたって事ですか」
目を閉じて腰に腕をまわして抱きついている利休に視線を落としてから、改めて祐樹を見た。
「気にせんでいいよ。無意識に体が動いただけやもん」
「お前がよくても狼としての面子がある。幹部がチンピラにやられたなんて事があれば下に示しがつかない」
利休がしたように藤堂は注がれたワインを勢いよく飲みきってグラスを置いた。
「遊びだったのか、本気だったのか知りたい」
「俺の勘違いで傷つけてしまった。でもいつかはこうなる予感はあった。それしか言えない…」
「そんなもんやって。祐樹は神経質なんよ」
だいぶ酔っているのか利休の体は熱く、真実を知りたくない感じで話に割り込んでくる。
「一夜の夢だったらそれまでということで悠人にはっきり言ってくれ」
「大人なんだからそんなん全部はっきりさせんでもええやん」
言葉では突き放した感じで言うが、利休は藤堂に抱きついて離れない。
「気持ちは本当です。嘘はない。ただ」
「ただ?」
「俺と住んでいる世界が違う。何かあったとき彼を守る力がない。一緒にいるのは彼を危険にさらすだけだと思うと感情だけで無責任なことは言えない」
「なるほど」
何度も小さく頷きながら祐樹は藤堂の言葉を聞く。
本心を聞くのが怖かったのか利休は藤堂の胸に顔を強く当てて目を閉じていた。
「これくらい自分で確かめろ悠人。両思いでよかったな」
足を組んだまま背もたれに深く体重を預けて祐樹は天井を見上げた。
「さっきの商談より気疲れした」
冗談っぽく言って笑う祐樹の言葉に、利休は少しだけ腕の力を抜いた。
「ありがと…。気持ち聞けたからもういいよ。藤堂さんの言う通り僕とつるんでたら危ない」
ゆっくり立ち上がって利休は叔父の座るソファに移る。
「一番簡単な解決法は君が強くなることなんだが。ここだけの話、悠人に部下をつけて別動隊を作ろうと思っている」
テーブルに肘をついて祐樹が前のめりになった。
「教祖サンについていた織田数馬、彼は承諾してくれた。警察の元特殊部隊だから即戦力になるだろう」
短髪に締まった体、独特の目の動きを軍人っぽいとは思っていたが警察関係者だったか。
「何か武道とかやってた?」
「高校まで合気道をしてました」
「十分だ。あとは射撃訓練をしてくれれば悠人のボディガードを頼める」
「ちょっと待って。勝手に話進めんとって。藤堂さんを巻き込むのやめてよ」
藤堂は整えていた髪を指でくしゃくしゃと乱した。
不機嫌になったと思ったのか利休は不安そうに藤堂を見ている。
「ほんとに…今の話はいいから…」
泣き出しそうな利休に藤堂は精一杯笑顔を作って目を細める。
「どこの国にも属さないこんな海の上に俺を誘ったのは問答無用でトレーニングさせる気だったんでしょう?」
「話が早くて助かる」
「やめて…。ほんとにダメ…。死んじゃう」
「俺はかわいい甥の恋の行方を応援しているだけさ。口実があればずっと一緒にいられるだろ?こんな事も自分で言い出せないんだから悠人もいちから鍛え直せ」
「だって…、嫌われたくないんだもん」
ついに溢れ出した涙を見られたくなかったのか利休は祐樹の肩に顔をうずめて隠してしまう。
先程の颯爽とした姿とかわいい仕草のギャップに藤堂もつい顔をほころばせた。
「俺の脳内プランを話しただけで何も決まっていない。話半分に頭のどこかに入れておいてくれ。ただ退屈な人生にはならないと思うぞ」
にやりと笑って祐樹は立ち上がり距離を取って控えていた今井とラウンジを後にした。
「利休、大丈夫か?」
「ごめんね…ごめん、あの人の話は聞かなかったことにして」
「まだワイン残ってるからいただこうよ」
正しい注ぎ方を知らないので無造作にボトルを掴んでゆっくり注いだ。
「後で船の中散策しよう。こんな贅沢初めてだ。叔父さんに感謝するよ」
「…僕は…、藤堂さんとふたりきりになりたい」
握りしめた両手を膝に置いて、うつむいたまま利休は呟いた。
重厚な扉を開けると、そこは大人の社交の場といった高級感あふれる空間だった。
赤いソファに仕切られる席にバーカウンターも併設されている一角から、勢いよく立ち上がって満面の笑みで走ってくる利休に抱きつかれた。
「やっと話せる!ずっと我慢してたんやから」
胸に顔をこすりつけられて藤堂も思わず笑みをこぼす。
「悠人、声が大きい。席に戻れ」
後ろから今井が指摘するように、室内は静かで上品ぶった客たちが酒を楽しんでいた。
今井が進む方向を見ると、ソファに座る男の姿が見える。
確認するまでもなくその人物が上原祐樹だということはわかった。
「どうぞ」
髪を崩してネクタイを外した祐樹がリラックスした表情で座るようにうながしてくる。
対面に座って射すくめるような視線を受けるのはつらいが、利休が藤堂の体に腕をまわして抱きついたまま隣に陣取ったので仕方なく腰を下ろした。
「この前は悪かったね。お詫びもかねて誘ったんだけど迷惑だった?」
祐樹自らワインを注いでグラスを藤堂の前に滑らせる。
酒の知識など皆無だが、この状況で判断すると高級ワインなんだろうと思う。
「…いただきます」
「はっきりしておきたい事もあってな」
祐樹はとなりに置いてあるワイングラスを藤堂の隣から動かない利休の前に滑らせてワインを注ぎ足した。
ぎこちない藤堂とは対照的に、悠然とした動きで祐樹はワイングラスを口に含む。
利休はジュースでも飲むように一気に飲み干した。
「酒の勢いで悠人に手を出したのか。君はそうだったかもしれないが悠人は本気だ。聞こえたと思うが最後の銃声はこいつが自分の喉元に銃口を当てて頭を吹き飛ばそうとした音だ。もちろん止めたが」
「……」
初めていく真実に藤堂はまばたきを繰り返した。無理やり襲った自分に好意を持つとは。
「俺に命をかけてくれたって事ですか」
目を閉じて腰に腕をまわして抱きついている利休に視線を落としてから、改めて祐樹を見た。
「気にせんでいいよ。無意識に体が動いただけやもん」
「お前がよくても狼としての面子がある。幹部がチンピラにやられたなんて事があれば下に示しがつかない」
利休がしたように藤堂は注がれたワインを勢いよく飲みきってグラスを置いた。
「遊びだったのか、本気だったのか知りたい」
「俺の勘違いで傷つけてしまった。でもいつかはこうなる予感はあった。それしか言えない…」
「そんなもんやって。祐樹は神経質なんよ」
だいぶ酔っているのか利休の体は熱く、真実を知りたくない感じで話に割り込んでくる。
「一夜の夢だったらそれまでということで悠人にはっきり言ってくれ」
「大人なんだからそんなん全部はっきりさせんでもええやん」
言葉では突き放した感じで言うが、利休は藤堂に抱きついて離れない。
「気持ちは本当です。嘘はない。ただ」
「ただ?」
「俺と住んでいる世界が違う。何かあったとき彼を守る力がない。一緒にいるのは彼を危険にさらすだけだと思うと感情だけで無責任なことは言えない」
「なるほど」
何度も小さく頷きながら祐樹は藤堂の言葉を聞く。
本心を聞くのが怖かったのか利休は藤堂の胸に顔を強く当てて目を閉じていた。
「これくらい自分で確かめろ悠人。両思いでよかったな」
足を組んだまま背もたれに深く体重を預けて祐樹は天井を見上げた。
「さっきの商談より気疲れした」
冗談っぽく言って笑う祐樹の言葉に、利休は少しだけ腕の力を抜いた。
「ありがと…。気持ち聞けたからもういいよ。藤堂さんの言う通り僕とつるんでたら危ない」
ゆっくり立ち上がって利休は叔父の座るソファに移る。
「一番簡単な解決法は君が強くなることなんだが。ここだけの話、悠人に部下をつけて別動隊を作ろうと思っている」
テーブルに肘をついて祐樹が前のめりになった。
「教祖サンについていた織田数馬、彼は承諾してくれた。警察の元特殊部隊だから即戦力になるだろう」
短髪に締まった体、独特の目の動きを軍人っぽいとは思っていたが警察関係者だったか。
「何か武道とかやってた?」
「高校まで合気道をしてました」
「十分だ。あとは射撃訓練をしてくれれば悠人のボディガードを頼める」
「ちょっと待って。勝手に話進めんとって。藤堂さんを巻き込むのやめてよ」
藤堂は整えていた髪を指でくしゃくしゃと乱した。
不機嫌になったと思ったのか利休は不安そうに藤堂を見ている。
「ほんとに…今の話はいいから…」
泣き出しそうな利休に藤堂は精一杯笑顔を作って目を細める。
「どこの国にも属さないこんな海の上に俺を誘ったのは問答無用でトレーニングさせる気だったんでしょう?」
「話が早くて助かる」
「やめて…。ほんとにダメ…。死んじゃう」
「俺はかわいい甥の恋の行方を応援しているだけさ。口実があればずっと一緒にいられるだろ?こんな事も自分で言い出せないんだから悠人もいちから鍛え直せ」
「だって…、嫌われたくないんだもん」
ついに溢れ出した涙を見られたくなかったのか利休は祐樹の肩に顔をうずめて隠してしまう。
先程の颯爽とした姿とかわいい仕草のギャップに藤堂もつい顔をほころばせた。
「俺の脳内プランを話しただけで何も決まっていない。話半分に頭のどこかに入れておいてくれ。ただ退屈な人生にはならないと思うぞ」
にやりと笑って祐樹は立ち上がり距離を取って控えていた今井とラウンジを後にした。
「利休、大丈夫か?」
「ごめんね…ごめん、あの人の話は聞かなかったことにして」
「まだワイン残ってるからいただこうよ」
正しい注ぎ方を知らないので無造作にボトルを掴んでゆっくり注いだ。
「後で船の中散策しよう。こんな贅沢初めてだ。叔父さんに感謝するよ」
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握りしめた両手を膝に置いて、うつむいたまま利休は呟いた。
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