海に抱かれる

希京

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海の上

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ラウンジを出ると船が止まっているように感じて窓の外を見た。
「この船はどこに向かっているんだ?」
「一応香港に立ち寄るけど上陸はしない。そこからUターンして横浜に帰るって聞いてる。客はずーっと船内で遊ぶの。ここは今どこの国の領海でもないからカジノやドラッグパーティ、人身売買なんかやってるよ。映画館や大浴場もあるから僕はそっちで遊んでるけど」
映画や小説でしか見聞きしたことがない世界がここにある。
さらっと説明する利休にも驚いたが、彼にはこれが普通の感覚なんだろう。そう思うと藤堂はますます距離を感じて自信が無くなっていく。
「つまんない?」

藤堂の表情が曇るのを見て、不安そうに上目遣いで聞いてきた。
「頭が理解出来てないだけさ。俺は映画でも見ていようかな」
「僕も一緒にいていい?」
「むしろ一緒にいてくれよ。そんな話聞いたら怖くて廊下も歩けない」
正直な感想だったが一緒にいていいと言われて利休は嬉しそうに腕を組んできた。
「僕の部屋があるフロア、狼の連中がうろうろしてて気が休まらないから藤堂さんの所にいてもいい?」
「上手に事を運ぶねえ」
「迷惑だったら別にいいけど」

ふいと顔をそむける可愛い顔を見ながら、乗船する前にもらったパンフレットを胸ポケットから取り出した。
「俺の部屋がどこかわからん。杏里はどこ行ったんだろう」
「乗務員さん見つけて予約状況を確かめてもらお。杏里は今頃パーティでぶっ飛んでる最中だと思う。彼女ゴリゴリのヤク中や。キメないと龍神の声が聞こえないんだって」

利休に引っ張られるように廊下を進みながらとんでもない真実を聞いて驚くとともに悪寒が走った。そんな危ない教祖を崇め奉っている宗教は一体どんなものなんだろうか。
「触らぬ神に祟りなし。ここはその悪い遊びのフロアと狼の連中が宿泊している部屋の階」
階段を降りて長い廊下を指差しながら説明される。
「藤堂さんたちの部屋は多分この下の階だと思う」
途中でほかの客たちの好奇心を目線を受けながら腕を引っ張られてフロントに到着した。藤堂の部屋を確認してもらってからキーを受け取って、今度はエレベーターでひとつ上の階に進んだ。
「ひとりだったら迷子になるな。ずっと一緒にいてくれよ」
正直な感想を呟いただけだったが利休は嬉しそうに頷く。
こんな普通の自分のどこがよかったのか。でもそういう事に明確な理由なんてないだろう。

エレベーターの扉が開き、自分の部屋番号を探しながら進んでいく。
「あった」
フロアの真ん中くらいの所にある部屋にようやくたどり着いてドアを開けると、中は広々として眺めもいい。都内で同じような部屋に泊るとしたら一流ホテルの最上階くらいしかない。
ダブルベットなのが事の展開を予測されていたようで恥ずかしくなるが利休は嬉しそうな顔で腕を離してベッドにダイブした。
「叔父さんの仕事、儲かるんだな」
すでに運び込まれていた自分の荷物をソファに置いて整理し始めた藤堂を、利休はベッドの上からじっと眺めている。

その視線に気がついて顔を上げるとうつ伏せに寝転んで顎の下に手を置いてこちらを見ている利休と目が合った。
「疲れたんなら寝ていいよ。夜になったら起こすから」
「…ひとりで寝るのやだ」
誘ったのに動こうとしない藤堂の態度に不機嫌になり、利休はため息をついて起き上がりジャケットだけ脱いでベッドの端に投げてから寝転んだ。
情緒不安定な男だと思っていたが、空気を読めない人間が気に食わないようで思惑が通じないとすぐに機嫌が悪くなる。

ボスの甥ということでわがままが通る環境で育ったんだろう。そして祐樹は利休が藤堂から離れないことをすでに読んでいてこの部屋を選んだ。それくらい頭の回転が早く寛容でないとこの男にはついて行けない。
脱いだジャケットと外したネクタイをソファの背にかけてベッドに近づくと、酔いのせいか利休は横向きで静かな寝息を立てて眠っていた。

片足を乗せて静かにベッドに登って起こさないように後ろから腕を回して抱きしめると利休は目を開けた。
「寝るんなら俺は外にいようか?そのほうがゆっくり出来るだろう?」
藤堂はわざとつれない事を言って腕に力を込めた。
「知らない」
酔いも手伝って気持ちをコントロールできないのか冷たくあしらうと泣き出す。
「ごめん、嘘だよ」
「聞こえない」
肩を震わせて静かに泣いている利休の体をさらに力強く抱きしめてやると、藤堂の思惑が理解できなくて戸惑っている様子がわかる。
「めんどくさい奴」
冷たい事を言うつもりはなかったのに、酔いのせいかあの夜の屋上で無理やり抱いた時と同じ心の中にある加虐心に火がついた。

ついに声を出してすすり泣く利休の震える体を自分のほうへ向けさせる。
「僕…、部屋に戻る」
「どうして?」
「喧嘩したくない」
顔を藤堂の胸に押し当ててうつむいている利休の顎に指を添えて強引に上を向かせた。
「だったら俺の言うこと聞け」
優しい声色で子どもに言い聞かせるように言うと、涙で濡れている瞳でまばたきした。

「ごめん…。俺酔ってる」
指を離して頭を軽く抱きしめると、利休も腕を回してきて布が擦れる音がして足を絡めてくる。
「僕も酔ってる」

もどかしげに身じろぎする利休のズボンを上から触ると、硬く勃っているそれが刺激を欲していた。
「これはどういう事?」
「だって…」

ゆっくりと下着の中に手を入れて上下に手を動かすと利休の腕が力なくベッドに落ちた。
「俺のこと気に入ってるのは体目的?」
「ちが…う…僕は……」

ダブルベッドの上で同じ快楽を貪る。
体を交わらせると相手の心がわかる時がある。利休はわがままだが自分の心に素直で裏がない。
相手を泣かせて気持ちが昂ぶる自分のほうが醜い人間に思えて、それを否定するように激しく腰を動かしてさらに甘い悲鳴を出させていた。












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