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急展開
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1時間経っても利休は部屋に戻ってこない。
女の準備、いや男だが、いつも女性的な服を着ているので準備に時間がかかるんだろうと気長に待っていたがさすがに遅いと思い、藤堂は立ち上がった。
もしかしたら聞き間違いで先にレストランに行ったかもしれない。
ボタンを締めながらスマホを取り上げようとした時、ドアを激しくノックされて足が止まった。
「…誰だ?」
藤堂はドア越しに見えない相手に声をかけた。
「織田だ。話がある」
予想外の人物の登場に戸惑いながら緊迫している声にドアを開けるしかない。
「すまん」
織田は無駄のない動きで中に入り、ドアを施錠した。
6歳年上の沈着冷静な男がひたいに汗をかいて慌てているのを見て何かとんでもない事が起きたのは予想できるが、つい先日まで普通のサラリーマンだった藤堂の想像力では詳細は思いつかない。
部屋に入るよう勧めるがここでいいと言って、狭い空間で男二人顔を突き合わせて話すことになった。
「利休のクーデターが成功した」
「…え?」
「狼のボスは利休に暗殺されて海に消えた。ほかの連中も同じ運命だ」
この男はいきなりやってきて何を言っているのだろう。
常識で凝り固まった思考の藤堂には映画のレビューを聞いているかのような気分になる。
「利休ひとりでやったのか?」
「いや、新義和会という多国籍組織が関与している。利休が沈(シム)とかいうボスを味方につけて行動に移した。
監視していた渡辺は巻き込まれる前に自分の部屋に戻るしかなかったそうだ。だから連絡が遅くなって俺もさっき話を聞いたばかりだ」
やはり現実感がない。
感情が正常に動かない。だが時間の経過とともに情報はゆっくり脳に浸透していく。
「俺達も殺されるのか?」
「わからない。とりあえず単独行動はやめて人が多い場所にいるか、部屋から出ないことだ。それでも完璧ではないが無事に日本に帰れる事を祈ろう」
「杏里に仲介を頼めないか?」
「今頃ラリって神サマの声を聞いてるだろうよ」
そういえば杏里はヤク中だと利休が言っていたのを思い出す。彼女もドラッグパーティを楽しみにしていたようでそわそわしていた。
「織田さんは何でここに来たんだ?俺を盾にするつもりか?」
「利休は情なんて持ち合わせていないからあんたの存在は盾にはならない。叔父でも殺す男だ。あんたもうまく利用されて…」
話しているうちに興奮してきた織田が早口でまくしたてるが、藤堂は今まで不思議だった事の答えがわかった気がして冷静だった。
「渡辺は俺の部屋にいる。あんたはどうする?ひとりは危険だ」
「ここで利休を待つよ」
「戻ってくるわけないだろう。もし現れたらそれはあんたを消す時だ」
「それでもいい。決着をつける」
心底呆れたといわんばがりの顔をしている織田に、藤堂は弱々しい笑みを浮かべて目をそらした。
別れの言葉を探していると、ベッドに置きっぱなしだったスマホが鳴った。
ふたり目を合わせて頷く。
藤堂が取りに行って、予想どおりの名前が表示されているのを確認してから通話にした。
「もしもし」
『……』
向こう側からすすり泣きが聞こえる。
『藤堂さん…お別れだ』
「そんな大事な話を電話でするのか」
『会いたいよ、会いたい。でも今は危ないから』
「新しいボスに見つかったらやばいの?」
『…』
沈黙が答えなんだろう。
『軽蔑してくれていいよ。僕の武器はこの女みたいな顔しかない。それを使って登りつめてやる』
見た目に惑わされて利休がそんな野心を持っているとは思わなかった。
「わかった。頑張れ」
『藤堂さん…』
「なんだよ」
『…藤堂さん……』
か細かった声は泣き声に変わって聞き取りにくくなり、やがて大きな声で泣き出した。
「あんたとはここまでだ」
冷たく突き放して通話を切る。
「割り切るの早いな」
相手が利休とわかっていて、織田は素直な感想を口にした。
「俺も情は薄いほうだ」
精一杯格好つけて未練がない風をよそおったが、本当はすぐに気持ちを切りかえられるほど器用ではない。
話を続けようとすると織田のすぐとなりのドアが激しく叩かれた。
「開けて!藤堂さん!!開けてよ!!」
間違いなく利休の声だった。
銃を構えながらドアと藤堂を交互に見て戸惑う織田に、唇に人差し指を当てて静かにするように依頼する。
「…いないの?」
利休はしばらくドアを叩いて藤堂の名前を呼んでいたが返事はない。諦めたのかやがてすすり泣きが聞こえてきて、ふたりはどうしていいかわからなくなり目を合わせる。
「好き…藤堂さん……好き…」
短い沈黙の後、ドアに体をつけて呟いている声がした。
突然の愛の告白に織田は構えていた銃を下に向けてドアから離れた。
もし気があるようなジェスチャーだとしても、自身の野望には何の役にも立たない藤堂をここまでして引き留めようとする理由がわからない。
「俺がここにいるの邪魔だな」
「単独行動は危険なんだろう?」
その夜は扉を開けず織田と部屋に閉じこもり、藤堂は部屋を移動するために荷物をまとめた。
少しだけ眠り、明け方になって部屋を移動するためにドアを開けようとしたが、何かに抑えられているような感じがして開かない。
ゆっくりドアを押していくと、人間の足が見えた。
人がひとり通れるくらいの隙間を作って廊下に出ると、白いワンピースのような服を着て、素足をさらしたまま体を丸めて眠っている利休がいた。そんなに無我夢中で自分の立ち位置を忘れてここまで来たのだとしたら少しはうぬぼれていいのかもしれない。
「後は自己責任だぞ」
苦笑いして去っていく織田の後ろで、利休を抱き起こして部屋に戻る藤堂の姿があった。
女の準備、いや男だが、いつも女性的な服を着ているので準備に時間がかかるんだろうと気長に待っていたがさすがに遅いと思い、藤堂は立ち上がった。
もしかしたら聞き間違いで先にレストランに行ったかもしれない。
ボタンを締めながらスマホを取り上げようとした時、ドアを激しくノックされて足が止まった。
「…誰だ?」
藤堂はドア越しに見えない相手に声をかけた。
「織田だ。話がある」
予想外の人物の登場に戸惑いながら緊迫している声にドアを開けるしかない。
「すまん」
織田は無駄のない動きで中に入り、ドアを施錠した。
6歳年上の沈着冷静な男がひたいに汗をかいて慌てているのを見て何かとんでもない事が起きたのは予想できるが、つい先日まで普通のサラリーマンだった藤堂の想像力では詳細は思いつかない。
部屋に入るよう勧めるがここでいいと言って、狭い空間で男二人顔を突き合わせて話すことになった。
「利休のクーデターが成功した」
「…え?」
「狼のボスは利休に暗殺されて海に消えた。ほかの連中も同じ運命だ」
この男はいきなりやってきて何を言っているのだろう。
常識で凝り固まった思考の藤堂には映画のレビューを聞いているかのような気分になる。
「利休ひとりでやったのか?」
「いや、新義和会という多国籍組織が関与している。利休が沈(シム)とかいうボスを味方につけて行動に移した。
監視していた渡辺は巻き込まれる前に自分の部屋に戻るしかなかったそうだ。だから連絡が遅くなって俺もさっき話を聞いたばかりだ」
やはり現実感がない。
感情が正常に動かない。だが時間の経過とともに情報はゆっくり脳に浸透していく。
「俺達も殺されるのか?」
「わからない。とりあえず単独行動はやめて人が多い場所にいるか、部屋から出ないことだ。それでも完璧ではないが無事に日本に帰れる事を祈ろう」
「杏里に仲介を頼めないか?」
「今頃ラリって神サマの声を聞いてるだろうよ」
そういえば杏里はヤク中だと利休が言っていたのを思い出す。彼女もドラッグパーティを楽しみにしていたようでそわそわしていた。
「織田さんは何でここに来たんだ?俺を盾にするつもりか?」
「利休は情なんて持ち合わせていないからあんたの存在は盾にはならない。叔父でも殺す男だ。あんたもうまく利用されて…」
話しているうちに興奮してきた織田が早口でまくしたてるが、藤堂は今まで不思議だった事の答えがわかった気がして冷静だった。
「渡辺は俺の部屋にいる。あんたはどうする?ひとりは危険だ」
「ここで利休を待つよ」
「戻ってくるわけないだろう。もし現れたらそれはあんたを消す時だ」
「それでもいい。決着をつける」
心底呆れたといわんばがりの顔をしている織田に、藤堂は弱々しい笑みを浮かべて目をそらした。
別れの言葉を探していると、ベッドに置きっぱなしだったスマホが鳴った。
ふたり目を合わせて頷く。
藤堂が取りに行って、予想どおりの名前が表示されているのを確認してから通話にした。
「もしもし」
『……』
向こう側からすすり泣きが聞こえる。
『藤堂さん…お別れだ』
「そんな大事な話を電話でするのか」
『会いたいよ、会いたい。でも今は危ないから』
「新しいボスに見つかったらやばいの?」
『…』
沈黙が答えなんだろう。
『軽蔑してくれていいよ。僕の武器はこの女みたいな顔しかない。それを使って登りつめてやる』
見た目に惑わされて利休がそんな野心を持っているとは思わなかった。
「わかった。頑張れ」
『藤堂さん…』
「なんだよ」
『…藤堂さん……』
か細かった声は泣き声に変わって聞き取りにくくなり、やがて大きな声で泣き出した。
「あんたとはここまでだ」
冷たく突き放して通話を切る。
「割り切るの早いな」
相手が利休とわかっていて、織田は素直な感想を口にした。
「俺も情は薄いほうだ」
精一杯格好つけて未練がない風をよそおったが、本当はすぐに気持ちを切りかえられるほど器用ではない。
話を続けようとすると織田のすぐとなりのドアが激しく叩かれた。
「開けて!藤堂さん!!開けてよ!!」
間違いなく利休の声だった。
銃を構えながらドアと藤堂を交互に見て戸惑う織田に、唇に人差し指を当てて静かにするように依頼する。
「…いないの?」
利休はしばらくドアを叩いて藤堂の名前を呼んでいたが返事はない。諦めたのかやがてすすり泣きが聞こえてきて、ふたりはどうしていいかわからなくなり目を合わせる。
「好き…藤堂さん……好き…」
短い沈黙の後、ドアに体をつけて呟いている声がした。
突然の愛の告白に織田は構えていた銃を下に向けてドアから離れた。
もし気があるようなジェスチャーだとしても、自身の野望には何の役にも立たない藤堂をここまでして引き留めようとする理由がわからない。
「俺がここにいるの邪魔だな」
「単独行動は危険なんだろう?」
その夜は扉を開けず織田と部屋に閉じこもり、藤堂は部屋を移動するために荷物をまとめた。
少しだけ眠り、明け方になって部屋を移動するためにドアを開けようとしたが、何かに抑えられているような感じがして開かない。
ゆっくりドアを押していくと、人間の足が見えた。
人がひとり通れるくらいの隙間を作って廊下に出ると、白いワンピースのような服を着て、素足をさらしたまま体を丸めて眠っている利休がいた。そんなに無我夢中で自分の立ち位置を忘れてここまで来たのだとしたら少しはうぬぼれていいのかもしれない。
「後は自己責任だぞ」
苦笑いして去っていく織田の後ろで、利休を抱き起こして部屋に戻る藤堂の姿があった。
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