毒姫達の死行情動

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救いの街 攻街戦

宣戦布告

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「こんにちは、お嬢さん方」

「おじさん、こんにちは」

 互いに腹を探り合うような上辺だけの挨拶。あくまで冷静に切り替え、落ち着いた様子で対応したのは弥夜だった。男は三十代後半であろう容姿をしており、切れ長の茶色い瞳は形容し難い威圧感を宿す。一緒に機械の画面を覗き込んだ男は、次に二人の顔を交互に正視した。

「こんな所でどうしたんだい? 一応、此処は立ち入り禁止のはずなんだけどね」

 すっと染み入るような落ち着き払った声だが、有無を言わさない圧を孕んでいる。目の奥がやけに据わっており、二人は警戒心をより一層強めた。
 
「すみません、あまりの広さに迷ってしまいまして。一番大きな建物に来れば何とかなるかなと思ったのですが」

 あからさまな困り顔をする弥夜。「お前は詐欺師かよ」と皮肉った茉白のお尻が、男には見えない位置で抓られた。

「そうだったんだね。君達二人は救いの街の住人かい?」

「いえ、違います」

「だったら何故、こんな所にいるのかな?」
 
 冷や汗を流した弥夜は「えへへ」と苦笑いをして誤魔化すと、茉白に肩を組んで無理矢理に後ろを向かせた。男はそんな二人の様子を怪訝そうな顔で窺う。

「どうしよう茉白、何とかしてよ」
 
 男には聞こえないと思われる声での相談。明らかに怪しいが、それを諸共せずに作戦タイムと称した密談が行われる。

「はあ? お前が違いますとか言うからだろ」

「咄嗟に言っちゃったんだもん。ねえ茉白、どうしようどうしようどうしよう。相方だったら何とかしてよ」

 目をぐるぐると回す弥夜は矢継ぎ早にまくし立てる。呆れた様子で煙草を取り出そうとした茉白の腕が「今は我慢して!!」という弥夜の叱咤と共に制された。

「都合の良い時だけ相方にすんな」

「ねえ、絶対怪しまれてるよこれ」

「お前のせいだろ……ああ、もう解ったよ」

 ため息をついた茉白は振り返り、無理矢理に作ったぎこちない笑みを浮かべる。吊り上がっているのは口角だけで目は笑っていない。まさに貼り付けられたような笑みだった。

「課外授業だよ」

「課外授業? 今日はそんな予定は無かったはずだけれどね。良かったら学校名を教えてくれるかい?」

「忘れた。ややこしい名前なんだ」

 考え得る最低な言い訳だ、と弥夜は内心肩を落とす。だが以外にも男からすれば愉快だったようで、先程までの疑いの眼差しが嘘のように晴れていた。

「ははは、面白いお嬢さんだ。都合が悪いのなら訳は聞かないでおくよ。せっかく来たんだし、良ければ街を一望してみるかい? このビルの最上階はね? ある程度の権限がある者しか入れないんだ」

「えっと、おじさんは此処の方なんですか?」

「ああ、申し遅れたね。私は東雲しののめという者だよ。救いの街を護衛する、還し屋の最高責任者にあたるんだ」

「いきなり親玉かよ」

「ちょっと茉白……!!」

 東雲には聞こえていなかったようで、弥夜は高鳴った鼓動を無理矢理に鎮めて胸を撫で下ろした。

「東雲さん、宜しくお願い致します」

 深々と頭を下げた丁寧な会釈。今は少しでも情報が欲しいと考える弥夜は、東雲に案内をしてもらう選択が最適解だと踏んだ。

「それじゃあ、二人ともついておいで」

 搭乗した硝子張りのエレベーターが控えめな駆動音で上昇し、地上の景色が瞬く間に遠ざかる。最上階は八十階であり、昇る最中、二人は気圧の変化に耳を押さえた。

「君達は、この街に興味があるのかい?」

「はい。無尽蔵な土地を用いた、広大で美しい海上都市……まさに人類の理想郷だと思います」
  
「ははは、そう言ってもらえると嬉しいよ」

「今日という日に感謝しています」

 音符が見えるほどに弾む語尾。少し高めの余所よそ行きの声で意気揚々と皮肉が紡がれる。隣で聞いていた茉白は興味無さげに鼻で笑った。

「ほら、どうぞ」

 やがて到着のベルが鳴り、開いた扉より豪華な景色が覗く。黒い大理石の床が何処までも続き、二人は純白の両開き扉の先へと案内された。部屋内は一面の巨大な窓になっており、緩やかに描かれたアーチが高貴さに拍車を掛けていた。

「救いの街で一番高い所から見る景色を是非楽しんで欲しい。小さな悩み事くらいならどうでもよくなってしまうよ」

 二人を窓際に誘導した東雲はネクタイを正すと白い革張りソファへと腰掛ける。そのまま胸ポケットから煙草を取り出し火をつけた。

「超綺麗だね」

「見れてどうする? 遊びに来たんじゃないだろ」

「そんなの解ってるもん」

 眼下に広がる絶景。海の青と街の白が溶け合い、そこに陽の光が射すことで美麗さが増す。まるで、時刻によって表情を変える一枚のアート。上から見下ろすことで人の流れを掌握したような不思議な感覚に遭うも、今の二人にとってはどうでもよかった。区画の位置把握だけに注力する二人は、様々な情報を得る為に美しい眺めに視線を釘付けにする。だが建ち並んだ豪邸やビルに法則性は皆無であり、視覚による情報は得られなかった。

「それにしても足が震えるよ。高い所は恐くて苦手なの」

「こんなもん余裕だろ」
 
「苦手なものは人それぞれだよ? 茉白こそ、虫を見て顔を青ざめさせていたくせに」
   
「素手で掴んだお前も大概だろ」

「本当は食べたかったんだけどね。凄く美味しそうだったから」

 冗談には聞こえない弥夜の爆弾発言。本人は至って真剣な表情をしており、銀色の瞳が眼下の絶景を映して煌めいている。

「はあ? 正気かよ」

 それからしばらくの間、東雲には聞こえない声で他愛も無い会話が交わされる。アーチ状の窓から差し込む陽の光が、少し冷える部屋内を優しく包み込んでいた。

「二人とも満足したらソファに座ってくれていいよ。こんな経験はもう二度と出来ないだろうから、きっと君達の人生を豊かにしてくれるはずだ」

「ありがとうございます、学校をサボった甲斐がありました」

「ははは、課外授業ではないとは思っていたけれどサボって来たのかい。それだけの価値があると思って貰えたのなら僕も嬉しいよ。でも、明日からは真面目に行くんだよ」

「お気遣い感謝します」

 東雲と向き合う形でソファへと腰掛けた二人は一息つく。いつもの如くソファに脚を上げようとした茉白を事前に察知した弥夜は、太ももに優しく手を置いて先回りで牽制した。

「おい、救いの街における区画の並びを教えろ」

 茉白はそう吐き捨てると煙草を取り出し火をつける。声をあげて驚いた東雲ではあるが、特に水を差す訳でも無く、灰皿の位置を茉白の方へ寄せる気遣いを見せた。

「ちょっと!? 目上の人だよ!?」

「知るか」 

「いいんだよ。学生時代は少し荒れているくらいで丁度いい。気持ちはよく解るよ」

「話が解るみたいだな東雲」

「こら茉白、東雲だよ」

 慌てふためきながら代わりに謝罪した弥夜は小さく会釈をする。「気にしなくていいよ」と優しい笑みを浮かべた東雲は静かに窓の外へと視線をやった。

「知りたいのは区画の振り分けかい? この建物が現段階における救いの街の中心部だということはご存知かな?」

「いえ、初耳です」

「この建物の北側がA区画、後は時計回りにHまで。簡単な割り振りだよ。後はそうだね、解析班という全ての根源となる部署がC区画にあることくらいかな? 一階にあった巨大な機械や、至る場所に仕掛けられた監視カメラもそこで管理しているんだ」

「そうだったのですね、ありがとうございます」

「でも、それを聞くということは何処か狙っている場所でもあるのかい?」

「それが……居住権が当たらなくて。住みたいと思って、昔から機会がある度に応募はしているのですが」

 東雲は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。惰性で吐き出された煙草の煙が、高さのある天井付近で留まりながら静かに消え入った。

「それは申し訳ないね。能力者の驚異から解放される暮らしに希望者が殺到してしまってね。安全な地となれば、やはり応募の数も手に追い切れない」

「もちろん存じています」

「今後も救いの街は大きくなるから、また大規模な募集があった際には是非希望して欲しい。これも何かの縁だ、君達の名前を覚えていたら優遇させてもらうよ。えっと……名前は聞いていなかったね」

 二人の顔を交互に見て口篭る東雲。何と呼べばいいか逡巡するも、弥夜がおもむろに立ち上がった。

「申し遅れました、私達二人の名称は『デイブレイク』と申します。怪しい者では御座いません」

「二人の名称? デイブレイク? 君達は何か自警団でもやっているのかな?」

 刹那、弥夜の表情が冷たいものへと変貌。併せて渦巻く殺意の螺旋。眼光は射抜く程の鋭さを放ち、顎を引いた彼女は八重歯を覗かせて不敵にわらった。

「お前等還し屋を殺す為の組織だよ、うじ虫共が」

 先程までの柔らかい口調とは打って変わって、感情を宿さない低い声色で紡がれた。場の雰囲気が突如として張り詰める。東雲は純粋な驚きを見せており、二人を見据えたまま言葉を詰まらせた。待ってましたと言わんばかりに含み笑いをした茉白は「よく言ったな弥夜」と吐き捨て足を組む。彼女もまた獲物を射殺すような目をしていた。

「おい東雲、いつまで猫被ってるつもりだ? 化けの皮はとっくに剥がれてんだよ。さっさと掛かって来いよ」

 そのまま立ち上がり具現化させた刀の柄に手を掛ける。そして眼前から注意を逸らすことなく視線を左右に動かした。

「部屋の外に六人、うち等がこの部屋に入った後すぐに配置したのも解ってる。気付かないとでも思ったか?」

 緊張の糸は未だ張り詰めたまま。唐突に、拍手の要領で手を数度打ち鳴らした東雲。乾いた音が、今この状況下に相応しくない軽快さを齎した。
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