毒姫達の死行情動

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救いの街 攻街戦

地上八十階での開戦

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「いやあ、驚いた驚いた。まさか能力者だったなんてね」

 余裕を絵に書いたような表情でソファに深く腰掛け直した東雲は、煙草の火を消すとテーブルの上で指を絡ませて手を組んだ。

「しかし君達は若い、若過ぎる」

「何が言いたいの? この期に及んでまだ話を続けるつもり?」

「此処へ来るのなら、もう少し救いの街について調べておくべきだったね」

 懐より光沢を放つ一枚の黒いカードを取り出した東雲は、そのまま親指と人差し指で摘むと裏表を見せ付けるように提示する。

「入口のゲートを潜る際に、専用の機械がこのIDカードを検知するシステムになっている。所持していない者が通過した際は、警報が鳴り即座に私の元へと通知が来るんだ」

「……最初から気付いてた訳かよ。道理でこの広さの中、ピンポイントでうち等の所へ来れた訳だ」

「立て続けに鼠が入り込むとは私も少し驚いているがね。それで? 君達の目的は何だい?」

 腹のうちを探るような視線が二人へと向けられる。東雲の顔面に貼り付いているのは、人を根本から侮辱するような嫌な笑みだった。

「お母さんを返して。此処に囚われているのは間違いないの」

「返せないねえ。それは無理なお願いだ」

「だったら今すぐ死ぬか? 殺し合わせて生き残った者を手駒にするんだろ? お前等の企みは知ってる。言い逃れは出来ない」

 吐き捨てた茉白は月を描くような流れる動作で刀を抜き、切っ先を東雲の顔面へと突き付ける。刀身は妖しく煌めき、まるで彼女達の憎悪を代弁していた。

「なるほど、君達は知り過ぎた者達か。たかが小娘だと思って少し侮っていたよ」

 目付きを変えた東雲は小さく息を吐き出すと静かに瞑目する。そして軽く手を上げると何かを合図するように入口の扉へと視線を向けた。

「……殺せ」

 その一言で勢い良く開け放たれた扉より、茉白が感知していた六人が姿を見せる。各々の瞳に宿る殺意。瞬く間に包囲網が敷かれた。

「お前が死んでろ!!」

 だが、六人の誰よりも早く茉白が行動を起こす。蹴り上げられたテーブルが東雲の視界を遮り、灰皿から飛び出した煙草の吸殻が宙を舞う。誰もが吸殻へと注意を向けた一瞬の隙に、茉白の魔力が予兆無しで急激に跳ね上がった。

「弥夜、巻き込まれるなよ。『侵食する黯毒の黎明ナイト・オブ・ヴェノム』」

 紡がれた茉白の能力名。

 刀よりドス黒い猛毒が滴る。滴り落ちた猛毒は波紋の如く拡がりを見せ、地より漆黒の蛇が無数に湧き上がった。張り裂けんばかりに大口を開ける蛇。身を捻らせ荒れ狂う眷属達は巨大な窓すら粉砕し、勢いを衰えさせぬまま人という人を喰らい尽くす。

「茉白!! 危ないよ!!」

 間一髪、蛇の分厚い身体をやり過ごした弥夜は、倒れたテーブルの後ろで頭を押さえて身を潜める。僅かに蛇が触れたテーブルの端が、さらさらと灰のように崩壊し始めた。

「そのまま隠れてろ」

 蛇に首筋を噛み砕かれた者、胴体を穿たれその身に風穴を抱える者。様々な死を受け入れた者達の終着点は灰だった。辺りには、先程まで人だったであろう者達の灰が舞い、暖かい日差しに照らされた景色を僅かに濁らせる。

「若くして随分と危険な子だ……相当強い」  

「次はお前だよ東雲」

 何らかの方法で蛇を退けた東雲は未だ余裕の表情を浮かべる。蛇の猛攻をやり過ごしたのか六人の内の一人が生き残っており、扉付近で様子を伺う金髪の若い男が妙な威圧感を放っていた。

如月きさらぎ、デイブレイクについて調べろ。こいつ等が何者か突き止めるんだ。後は……もう一匹の鼠の動向も探れ」

 如月と呼ばれた若い男は通信機のようなものでコンタクトを取り始める。小声で何かを話しているが、皮肉にも二人の耳には届かない。

「無駄だよ? 私達の情報はどこにも無い」

「どうしてそう言えるのかな?」

「弥夜!! 時間稼ぎに乗るな新手が来るぞ!!」   

 飛び出した茉白は如月目掛けて刀を振るうも、唐突に吹き荒れた突風が容易く行動を制する。呼吸もままならないほどの風圧に宛てがわれ、茉白は身体をくの字に曲げて引き摺られるように地を転がった。

「茉白!!」

 大理石の上を滑った茉白は身体を何度も打ち付ける。やすりのような鋭利な風が何度も肌を撫でては通り抜けた。

「……大したこと無い」

 口角より垂れた血。一部始終を見ていた東雲は、何かを思い出したように下卑た笑みを浮かべた。

「言い忘れたが、外へと逃げても無駄だよ? ここら一帯にいる者は全て……我々還し屋の者だからね」

「敵の城に真っ向から乗り込んでるんだ、そのくらいしてもらわないと面白くないだろ」

「ほう? 随分と肝の据わったお嬢さんだ。君達は何故、還し屋に牙を剥く? 我々は世界を在るべき姿へと還し、導く為の組織だというのに」

「導く? 笑わせんなよ」

 鼻で笑った茉白は猛毒の滴る刀を突き付ける。口角に付着した血が、二股に別れた蛇の舌で舐め取られた。

「世の中には二種類の人種しか存在しない。もちろんそこに導く者など含まれない。一つは支配する側。もう一つは……解るか?」

「簡単だよ、支配される側だろう? 危険の無い救いの街に住まわされたいと考える時点で、無意識に支配される側になっていると愚かな者は気付かない。そこのテーブルの後ろに隠れている君のお友達のようにね」

「ハズレだ東雲、答えを教えてやるよ。もう一つは──」

 刀を振り上げた茉白は、無駄の無い美しい太刀筋で切っ先を落とす。目視不能の速さを誇る刃は音をも置き去りにした。

「支配という権限を振り翳した豚共に……抗って喰い殺す側だ」

 だが刀は東雲を切り裂く寸前で動きを止める。茉白の意思で止めていないことを証明しているのは、振り下ろそうと小刻みに震える細腕だった。

「どうしたんだい? 私を殺したいのなら刀を振り下ろすといい。その力に触れれば私も灰になってしまうのだろう? さあ、早く」

 両手を広げて無抵抗の意思を見せ付ける東雲。見開かれた目が低俗な挑発の意を代弁した。

「……くそが」

 露になる苛立ち。風の抵抗のような手応えを感じた茉白の視線は如月へと突き刺さる。当の本人は、小娘など眼中に無いと言わんばかりに通信機に耳を傾けていた。

「東雲様、解析班からの応答がありました。もう一匹の鼠についてですが、現在D区画で交戦中とのことです」

「交戦中? 鎮圧は早そうか?」

「いえ、被害は甚大だそうで。ですがご心配には及びません……蓮城れんじょうを向かわせました」

「そうか。それならば時間の問題だろう。殺しても構わんと伝えておけ。後はデイブレイクの情報を急げ」

 言い終えるや否や立ち上がった東雲は、二人に蔑むような視線を向けると入口の扉へと向かう。去り行く背に怒りを孕んだ視線が突き刺さった。
 
「おい、逃げんのか?」

「逃げる? 心外だね。相手にする価値も無いと言えば馬鹿な君達にも解るだろう。ああ、そうそう。そういえば君達は、季節外れの雪を見たことはあるかい?」
 
 ネクタイを正す仕草を見せた東雲は煙草に火をつけると、煙を吐き出しながら惰性で如月へと視線を向けた。

「遊んでやれ、如月」

「……了解」

 静かで落ち着き払った声。場に残された三人を煽るように、粉砕された窓から冷たい風が差し込む。大人しくなっていた灰が再び舞い、視界の中の景色が濁り始めた。

「あの人はいつも面倒事を押し付ける。こんな餓鬼二人の相手なんて、仕事をしている方がマシだよ」

 感情に感化され鈍い色を放つ翡翠ひすいの瞳。如月は躊躇うこと無く弥夜の隠れるテーブルに向けて手を翳す。手中より放出された風の刃は、即座に間へと割り込んだ茉白により切り裂かれた。

「随分と汚い真似をするんだな。お前、それでも男か?」

 裂けた風は、茉白の左右を通過して背後の壁を抉り切る。時差を生じて垂直な切り口を晒した壁が、風の刃の切れ味を言わずと物語った。

「汚い? 効率的と言ってくれ」

「確かに、弱い方から狙うのは戦いにおける定石だ」

 弱い方、という言い回しに弥夜はテーブルの後ろで頬を膨らませる。そっと顔を覗かせた弥夜は、如月と目が合うとすぐに引っ込んだ。

「でもなあ如月、失敗したら意味ないんだよ」

 地面に落ちていた灰皿が蹴り上げられた。軌道上には如月の顔面。灰皿は直線的な距離を描き対象へと向かうも、吹きすさんだ風により真っ二つに割れた。

「うちから目を逸らしたら喰われるぞ」

 如月の眼前には、既に体勢を低くして刀を引く茉白の姿。全身に殺意が纏われており、彼女の背後ではまるで不可視の大蛇が咆哮をあげているようだった。

「速さを以てして自分に近付いてくる物体があれば、誰だって反射的に見るだろう?」

「せいぜい余裕ぶっこいてろ金髪野郎!!」 

 一閃。振り抜かれた刀は如月の胴体と下半身を分断する。だが、切り口より晒された体内は人とは大きく掛け離れており、核のような丸い物体が詰められていた。あくまで冷静に思考する茉白。地に落ちた胴体に視線をやった彼女は、殺したはずの如月の視線が動いたことに気付く。

「無理無理、殺せないよ。今の僕は本体じゃないから。さて、早く逃げた方がいいかもね? この身体は自爆する為の個体だから」

「最初からフロアごと吹き飛ばすつもりだった訳かよ」

「だから自爆だと知らせることがせめてもの慈悲さ。この前……身体を気遣ってくれたお礼にね。借りは返したよ」

 妙な言い回しに眉を顰めた茉白は、如月の身体より激烈な魔力が溢れ出したことに気付く。跳ね上がる鼓動が胸を圧迫して警鐘を鳴らした。

「弥夜!! 窓から飛び降りろ!!」

「え!? 飛び降りるって八十階だよ!?」

「いいから!! パズルみたいにバラバラになりたいのか!!」 

「パズル!? えっ!? でも……!!」

「……うちを信じろ!!」

 力強く頷いた弥夜は、震える脚を無理矢理に律して粉砕された窓より身を投げた。臓器が口から飛び出る感覚と、未だかつて味わったことの無い浮遊感。瞳の水分は即座に乾き視界が曖昧となる。彼女は声をあげることもままならず、迫り来る死の絶景に固く目を閉じた。
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