毒姫達の死行情動

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百面相の道化師

過去のトラウマ

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 「ぬいぐるみが爆発したのなら弥夜の事務所も消し飛んだな」

 事務所のある方角へと視線が向けられるも、至る箇所から炎や黒煙が上がっており判断には至らない。茉白は苛立ちからか歯を食いしばった。

「してやられました。盗聴器を餌に、まさか頭部に本命の小型爆弾が仕込んであるとは」

 景色を侵食しながら燃え盛る炎は徐々に領域を拡大させている。肌を焼く灼熱の痛みは命の危機を主張し、足早にその場を後にした二人は如月を追う。だが、互いに真逆へ歩もうとした為に一度足が止められた。

「おい、こっちだろ」

 顎で道の先を示しながら、真っ黒にこびりついた汚れを落とすため制服が何度もはたかれる。目を丸くした夜羅が驚きの表情を浮かべた。

「正気ですか? 如月は爆発に紛れて向こうに行きましたが、貴女は一体何を見ていたのです? 毒蛇と呼ばれていながらその目は節穴か何かですか?」

「お前ほんっと性格悪いよな」

「貴女よりマシですが」

 舌打ちをしつつも従われたのは夜羅の意見であり、二人は爆破により荒れ果てた地を抜ける。未だ悲鳴をあげながら逃げ惑う人々があちらこちらで見受けられた。
 
「霊魂で追跡していますが途轍もない速さで移動しています。あまり離れると探知の範囲外になるので、こちらも何か移動手段を用意しましょう」

「あれでいいだろ」

 爆破の影響から少し離れた場所で指差されたのは中型バイク。靴底に魔力を集めて駆けた茉白は、停止していたバイクの運転手を引き摺り下ろした。食って掛かろうとする運転手に、蛇の舌を突き出して能力者であることを見せ付ける。過程を無視した端的な脅迫。茉白はそのまま後部座席に座ると、シートを何度も叩いて夜羅を運転席へと誘導する。

「貴女の性格の悪さも大概ですね」

 命の危険を感じたのか逃げ去る運転手とすれ違いながら、夜羅はやれやれと首を振りバイクに跨る。足先が辛うじて地面へと触れ、跨った際の振動で車体が僅かに揺れた。

「いいから早く運転しろ」

「無免許運転をさせた者も共犯になりますよ」

「シラを切る。お前だけ連行されろ」

「ほら、性格の悪さが滲み出ています」

 仕返しと言わんばかりに合図無しの急加速。熱を帯びたエンジンをマフラーが音として代弁する。後ろに放り出されそうになった茉白は、即座に夜羅の腰にしがみ付いた。

「不快なので気安く触らないでいただけますか?」

「合図くらいしろサイコ女!!」

「早く運転しろと言ったのは貴女でしょう毒蛇」

 声すら背後に置き去りにされるほどの速さで景色が流れる。靡くサイドテールが、後部席に乗る茉白の顔を何度も打ち付けた。運転技術に関しては目を見張るものがあり、信号無視を繰り返しつつも衝突をすることは無い。車の間をすり抜けては、急なカーブでさえ車体を的確に倒して華麗に捌いていた。

「夜葉!! 後ろから何者かが迫って来ます!!」

 ミラーを確認した夜羅が声を荒らげる。迫り来るのは男が二人乗ったバイクであり、肌を撫でるあからさまな殺意を持っていた。

「あの野郎、応援でも呼びやがったか」

 バイクの扱いには手馴れているのか、運転手の男は夜羅に引けをとらないテクニックを見せる。後ろの男の両手にはピストルが握られており、二人へと向いている銃口が火を噴いた。ミラーで見ていた夜羅は軌道を予測。車体を傾け最小限の動きで躱す。

「ただの実銃かよ、めやがって」

 遠心力にふらつきながらも日本刀を具現化させた茉白は、片手で夜羅にしがみ付いたまま再び放たれた銃弾を的確に切り裂く。半分に割れた鉛玉が勢い良く前方に流れ、建物の強化硝子を容易く粉砕した。

「大したものですね」

「あんな子供騙し通用するかよ」

「なら適当に殺して下さい、運転の邪魔です」

「お前に言われなくてもそのつもりだ」

 振り抜かれた猛毒の滴る刀は斬撃を形成し、猛スピードで走行する背後のバイクに直撃。躱そうと試みる男達だが間に合うはずもなく瞬く間に灰と化す。風に拐われた灰は即座に雲散霧消し、男達は文字通り存在そのものを否定された。

「……くっだらねえ」

 前へと視線を戻した時、視界が暗闇へと切り替わる。トンネル内に入った二人は何処までも続く闇に目を細めた。その際、夜羅の身体が僅かに脈打ち、小刻みな揺れがしがみ付く茉白に伝わった。

「おい稀崎!!」

「すみません、大丈夫です」

 暗闇を切り裂くライトだけが道を提示する。立ち込めるは湿気を含んだ嫌な匂い。年季の入ったトンネルは至る所がひび割れており、壁面には垂れた液体が変色して乾いたシミがへばり付いていた。
 
「もう少しです。後五百メートル程の場所で如月の移動反応が止まりました」

 その発言と共に、何度も明滅したライトが故障の為か消灯する。明かりを無くしたトンネル内は、底無しの闇の如く粘り気のある空気が流れた。

「……きゃあっ!!」

 普段からは考えられないような声をあげた夜羅は、身体を震わせてハンドルから手を離す。そのまま耳を塞いで運転席でうずくまった。

「おい!!」

 腹の底から叫び、前方へと手を伸ばす茉白。後部座席から無理やり体勢を前のめりにし、かろうじてハンドルを握る。操縦を失い壁へと衝突しかけたバイクはすんでのところで元の軌道へと回帰した。

「どうした何があった!!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 茉白の胸元で抱かれながら震える夜羅。呪詛のように繰り返される謝罪が、光の無いトンネル内で歪に響く。夜羅からの反応に期待は出来ないと、茉白はアクセルを強く握った。音の無い暗闇を裂く排気音。救いの街で見せた蛇の目が先の景色を詮索するように見開かれる。線状の瞳孔が暗闇の中で不気味に煌めいた。

「稀崎、もう平気か?」

 程なくしてトンネルを抜け、急激に開ける景色。不規則な形で散りばめられた雲を避けるように、隙間に浮いた三日月が淡い光を齎す。熱くなった感情を冷ますように冷たい風が吹き抜けた。

「すみません、もう大丈夫です」

 ハンドルを握る手に夜羅の手が重なる。そこに先ほどまでの震えは無い。安堵した茉白は胸を撫で下ろすと、バトンタッチと言わんばかりにアクセルから手を離した。

「トラウマか?」

「……まあ、そんなところです」

 体勢を戻した茉白は再び腰にしがみ付くと同時に、凄まじい浮遊感に遭う。バイクは道を外れて崖から飛び出しており、瞬く間に重心が曖昧となってゆく。バイクから放り出された二人は心臓が締め付けられる感覚の中、どちらからともなく視線を合わせた。

「夜葉……!!」

「……くそが」

 夜羅を引き寄せて力強く抱き抱えた茉白は、腕を伸ばし無数の蛇を具現化する。肩から螺旋を描くように具現化した蛇は、近くの木に巻き付いて二人の落下速度を著しく低下させた。鞭のようにしなる木が軋む音を発する。全ての衝撃を往なすことは叶わず、夜羅を抱いたままの茉白は地面に背を打ち付けた。

「サーカスじゃねえっての!!」

 幸い大事には至っておらず、舌打ちをして立ち上がった茉白は夜羅に手を差し出す。少し離れた位置ではバイクが大破し、揺らめく炎が立ち込めていた。

「助かりました、ありがとうございます」

 そう言いながら、汚れた茉白の背を優しくはたく夜羅。衣服の上からでも分かる細過ぎる体躯に、夜羅は下敷きにしてしまった申し訳なさを感じつつも頭を下げた。

「身体は大丈夫ですか?」

「何ともない。爆発から護ってもらった借りは返したぞ」

「貸した覚えなどありませんが? 貴女と貸し借りなどごめんこうむります」

「気が合うな、うちもだ」

 この期に及んで皮肉合戦。鼻で笑い煙草に火をつけた茉白は、身体の可動域を確かめながら辺りを見回し情報の収集に努めた。
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