毒姫達の死行情動

文字の大きさ
37 / 71
私は過去を超える

お前は生きろ

しおりを挟む
 濡れた衣服を再び洗濯機に放り込んだ夜羅はすぐに手当の用意をする。慌ただしく救急箱を運んだかと思えば中身をブチ撒ける勢いで広げた。

「あの蛇のパーカー借りるぞ」

「手当が済んだらお好きにどうぞ」

 上は下着のみ、下は以前と同じもこもこの毛並みが愛らしいショートパンツ。それ以外は何も纏わない茉白は、散らばった救急箱の中身を困り顔で見つめていた。

「こんなもん能力者だったらすぐ治るだろ」

「あくまで菌が入らないように。撃たれたのは貴女の不注意ですが、殴られたのは私のせいですから。撃たれたのは貴女の不注意ですが」

「二回も言うな」

 夜羅は意外にも不器用なのか、用意された包帯や消毒液が辺りに散乱している。だが熱意はあるらしく、何とかしようと試みる気概は感じられた。

「痛ッ!!」 

「すみません、痛みますか?」

「痛い訳ないだろ」 

「凄まじい手のひら返しですね」

 ガーゼに染み込ませた消毒液を傷口に当て包帯を巻き直す。嫌がっていた茉白ではあるが、説得の甲斐もあってか次第に大人しくなった。

「傷が癒えたら救いの街へ行きましょう」

「弥夜はいつ殺されるか解らないんだ。悠長に休んでなんかいられるかよ」

「一理あります、けれど一理しかない。そんな傷で行ったところで何になりますか? 制圧されて全滅が目に見えています」

 一通りの手当を受けた茉白はお礼を言うと視線を落とす。ぐうの音も出ないのか、パーカーに袖を通した彼女は三角座りをすると自身の膝元に顔をうずめる。隣で女の子座りをする夜羅の太ももの上で、ひよこのぬいぐるみが縄張りを主張していた。

「夜葉が鉄パイプで殴られそうになった時、私思ったんです。貴女を此処で失ってはならないと。ううん……失いたくないと」

「あんな鉄くずで殴られたところで大したこと無いだろ。うちを甘く見るな」

「そうじゃないのです。貴女が乱暴された時、何故だか凄く嫌な気持ちになったのです。少し前までは貴女を殺す為に追い回していたというのに、一体全体どういう因果でしょう」

 僅かに皮肉の篭った笑みが浮かぶ。目まぐるしく変わる環境の変化に、何処か不思議な心地良さを覚えて。茉白は、弥夜と似たことを言う夜羅に対して気まずくなったのか目を逸らした。

 ──失いたくない。

 弥夜にも言われた言葉だった。親からすら掛けて貰えなかった言葉が、脳内で何度も何度も反芻はんすうされた。

「例え一時的な相棒だとはいえ、私としたら仲間意識でも芽生えさせてしまったのでしょうか?」

「……うちに聞くな」

「貴女が手を出さずに、私が自分で答えを見付けるのを待ってくれたことが嬉しかった。私を失う訳にはいかないと言ってくれたことが嬉しかった」

 温かい感情が広がる不思議な感覚。これまでは感じることすらなかった想いが心の奥底に積み重なってゆく。ふと、表情を緩めていた夜羅の視線が茉白の足先に落ちた。

「そういえば、可愛いネイルをしていますね」

 茉白の足先は彩られており、白をベースに色とりどりの花が描かれたネイルが施されている。所々に散りばめられたビジューストーンが、仄かに煌めいて心地の良いアクセントを醸していた。

「あまりジロジロ見るな、自信は無い」

 手で足先を隠した茉白は身体の向きを変える。横を向いてしまった彼女に対し、夜羅は優しい笑みを浮かべた。

「とても素敵だと思いますよ。自分で塗ったのですか?」

「……悪いかよ」

「もしかして可愛いものが好きだったりします?」

「うちが可愛いものを好きだったら、何か文句でもあんのか?」

「いいえ? 特には。今度私にもしてくれますか?」

「戦いが終わって落ち着いたらな」

 ちゃっかり約束を取り付けた夜羅は意地悪げな顔で口元に手を当てる。にやにやする目元が胸中を代弁していた。

「人を見た目で判断するなとは、まさにこのことですね」

「どういう意味だよ」

 ひよこのぬいぐるみを無理矢理に取り上げた茉白は自身の胸元で優しく抱き締める。ふわふわとした弾力が肌に触れて心地良さを齎した。

「まあ冗談はさておき、これからの行動を決めねばなりませんね」

 仕切り直した夜羅がテレビをつけると、ショッピングモールで流された映像が何度も放送されており、その度に弥夜の戦う姿が繰り返されている。毒蟲を使役した能力の使用から蓮城に切り裂かれるまで。最後の瞬間だけは二人して目を逸らした。

「見ての通りまさに四面楚歌、反乱因子は完全に潰したいのでしょうね」

「うち等をこうして見せしめにすることで、救いの街に不満を抱く者も居なくなるだろうな」

「周りは敵だらけ、殺されるのも時間の問題ですね」

「お前は生きろ、稀崎」

「え……?」

 小さな独白に、怪訝そうな表情が浮かべられる。普段の茉白からは考えられない弱々しい声色だった。

「ようやく過去を超えたんだ、その目で色んな景色を見て回ればいい。うちにとっては生きる価値の無い世界でも……お前にとってはそうでないかもしれないだろ」

「言ったでしょう。親友の優來ゆらや兄を亡くした時点で、この世界に生きる価値などとうに無い。貴女も貴女ですよ? 死ぬと解っていながら救いの街へ行くことを諦めない。本当に柊が好きなのですね」

 否定もせず、茉白は無言のままひよこのぬいぐるみを強く抱き締めて顔を埋める。ぺちゃんこになったひよこが助けを求めるように瞳を淀ませた。

「一緒に生きようだとか生意気抜かす奴が、真っ先に囚われて死にかけてるんだ」

「生きていると解った以上は柊の救出が最優先。ただし一つ条件があります。解っているとは思いますが、蓮城を殺すのは私です」

「……どのみち皆殺しなんだ、好きにしろ」

 ぺちゃんこになったひよこを取り返した夜羅はベッドに座り込む。それからしばらく話し込み方向性を決めた二人は、昨日と同じくベッドで眠りにつくと更けていく夜に身を浸した。






 ──その日、夜葉 茉白は姿を消した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...