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私は過去を超える
お前は生きろ
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濡れた衣服を再び洗濯機に放り込んだ夜羅はすぐに手当の用意をする。慌ただしく救急箱を運んだかと思えば中身をブチ撒ける勢いで広げた。
「あの蛇のパーカー借りるぞ」
「手当が済んだらお好きにどうぞ」
上は下着のみ、下は以前と同じもこもこの毛並みが愛らしいショートパンツ。それ以外は何も纏わない茉白は、散らばった救急箱の中身を困り顔で見つめていた。
「こんなもん能力者だったらすぐ治るだろ」
「あくまで菌が入らないように。撃たれたのは貴女の不注意ですが、殴られたのは私のせいですから。撃たれたのは貴女の不注意ですが」
「二回も言うな」
夜羅は意外にも不器用なのか、用意された包帯や消毒液が辺りに散乱している。だが熱意はあるらしく、何とかしようと試みる気概は感じられた。
「痛ッ!!」
「すみません、痛みますか?」
「痛い訳ないだろ」
「凄まじい手のひら返しですね」
ガーゼに染み込ませた消毒液を傷口に当て包帯を巻き直す。嫌がっていた茉白ではあるが、説得の甲斐もあってか次第に大人しくなった。
「傷が癒えたら救いの街へ行きましょう」
「弥夜はいつ殺されるか解らないんだ。悠長に休んでなんかいられるかよ」
「一理あります、けれど一理しかない。そんな傷で行ったところで何になりますか? 制圧されて全滅が目に見えています」
一通りの手当を受けた茉白はお礼を言うと視線を落とす。ぐうの音も出ないのか、パーカーに袖を通した彼女は三角座りをすると自身の膝元に顔を埋める。隣で女の子座りをする夜羅の太ももの上で、ひよこのぬいぐるみが縄張りを主張していた。
「夜葉が鉄パイプで殴られそうになった時、私思ったんです。貴女を此処で失ってはならないと。ううん……失いたくないと」
「あんな鉄くずで殴られたところで大したこと無いだろ。うちを甘く見るな」
「そうじゃないのです。貴女が乱暴された時、何故だか凄く嫌な気持ちになったのです。少し前までは貴女を殺す為に追い回していたというのに、一体全体どういう因果でしょう」
僅かに皮肉の篭った笑みが浮かぶ。目まぐるしく変わる環境の変化に、何処か不思議な心地良さを覚えて。茉白は、弥夜と似たことを言う夜羅に対して気まずくなったのか目を逸らした。
──失いたくない。
弥夜にも言われた言葉だった。親からすら掛けて貰えなかった言葉が、脳内で何度も何度も反芻された。
「例え一時的な相棒だとはいえ、私としたら仲間意識でも芽生えさせてしまったのでしょうか?」
「……うちに聞くな」
「貴女が手を出さずに、私が自分で答えを見付けるのを待ってくれたことが嬉しかった。私を失う訳にはいかないと言ってくれたことが嬉しかった」
温かい感情が広がる不思議な感覚。これまでは感じることすらなかった想いが心の奥底に積み重なってゆく。ふと、表情を緩めていた夜羅の視線が茉白の足先に落ちた。
「そういえば、可愛いネイルをしていますね」
茉白の足先は彩られており、白をベースに色とりどりの花が描かれたネイルが施されている。所々に散りばめられたビジューストーンが、仄かに煌めいて心地の良いアクセントを醸していた。
「あまりジロジロ見るな、自信は無い」
手で足先を隠した茉白は身体の向きを変える。横を向いてしまった彼女に対し、夜羅は優しい笑みを浮かべた。
「とても素敵だと思いますよ。自分で塗ったのですか?」
「……悪いかよ」
「もしかして可愛いものが好きだったりします?」
「うちが可愛いものを好きだったら、何か文句でもあんのか?」
「いいえ? 特には。今度私にもしてくれますか?」
「戦いが終わって落ち着いたらな」
ちゃっかり約束を取り付けた夜羅は意地悪げな顔で口元に手を当てる。にやにやする目元が胸中を代弁していた。
「人を見た目で判断するなとは、まさにこのことですね」
「どういう意味だよ」
ひよこのぬいぐるみを無理矢理に取り上げた茉白は自身の胸元で優しく抱き締める。ふわふわとした弾力が肌に触れて心地良さを齎した。
「まあ冗談はさておき、これからの行動を決めねばなりませんね」
仕切り直した夜羅がテレビをつけると、ショッピングモールで流された映像が何度も放送されており、その度に弥夜の戦う姿が繰り返されている。毒蟲を使役した能力の使用から蓮城に切り裂かれるまで。最後の瞬間だけは二人して目を逸らした。
「見ての通りまさに四面楚歌、反乱因子は完全に潰したいのでしょうね」
「うち等をこうして見せしめにすることで、救いの街に不満を抱く者も居なくなるだろうな」
「周りは敵だらけ、殺されるのも時間の問題ですね」
「お前は生きろ、稀崎」
「え……?」
小さな独白に、怪訝そうな表情が浮かべられる。普段の茉白からは考えられない弱々しい声色だった。
「ようやく過去を超えたんだ、その目で色んな景色を見て回ればいい。うちにとっては生きる価値の無い世界でも……お前にとってはそうでないかもしれないだろ」
「言ったでしょう。親友の優來や兄を亡くした時点で、この世界に生きる価値などとうに無い。貴女も貴女ですよ? 死ぬと解っていながら救いの街へ行くことを諦めない。本当に柊が好きなのですね」
否定もせず、茉白は無言のままひよこのぬいぐるみを強く抱き締めて顔を埋める。ぺちゃんこになったひよこが助けを求めるように瞳を淀ませた。
「一緒に生きようだとか生意気抜かす奴が、真っ先に囚われて死にかけてるんだ」
「生きていると解った以上は柊の救出が最優先。ただし一つ条件があります。解っているとは思いますが、蓮城を殺すのは私です」
「……どのみち皆殺しなんだ、好きにしろ」
ぺちゃんこになったひよこを取り返した夜羅はベッドに座り込む。それからしばらく話し込み方向性を決めた二人は、昨日と同じくベッドで眠りにつくと更けていく夜に身を浸した。
──その日、夜葉 茉白は姿を消した。
「あの蛇のパーカー借りるぞ」
「手当が済んだらお好きにどうぞ」
上は下着のみ、下は以前と同じもこもこの毛並みが愛らしいショートパンツ。それ以外は何も纏わない茉白は、散らばった救急箱の中身を困り顔で見つめていた。
「こんなもん能力者だったらすぐ治るだろ」
「あくまで菌が入らないように。撃たれたのは貴女の不注意ですが、殴られたのは私のせいですから。撃たれたのは貴女の不注意ですが」
「二回も言うな」
夜羅は意外にも不器用なのか、用意された包帯や消毒液が辺りに散乱している。だが熱意はあるらしく、何とかしようと試みる気概は感じられた。
「痛ッ!!」
「すみません、痛みますか?」
「痛い訳ないだろ」
「凄まじい手のひら返しですね」
ガーゼに染み込ませた消毒液を傷口に当て包帯を巻き直す。嫌がっていた茉白ではあるが、説得の甲斐もあってか次第に大人しくなった。
「傷が癒えたら救いの街へ行きましょう」
「弥夜はいつ殺されるか解らないんだ。悠長に休んでなんかいられるかよ」
「一理あります、けれど一理しかない。そんな傷で行ったところで何になりますか? 制圧されて全滅が目に見えています」
一通りの手当を受けた茉白はお礼を言うと視線を落とす。ぐうの音も出ないのか、パーカーに袖を通した彼女は三角座りをすると自身の膝元に顔を埋める。隣で女の子座りをする夜羅の太ももの上で、ひよこのぬいぐるみが縄張りを主張していた。
「夜葉が鉄パイプで殴られそうになった時、私思ったんです。貴女を此処で失ってはならないと。ううん……失いたくないと」
「あんな鉄くずで殴られたところで大したこと無いだろ。うちを甘く見るな」
「そうじゃないのです。貴女が乱暴された時、何故だか凄く嫌な気持ちになったのです。少し前までは貴女を殺す為に追い回していたというのに、一体全体どういう因果でしょう」
僅かに皮肉の篭った笑みが浮かぶ。目まぐるしく変わる環境の変化に、何処か不思議な心地良さを覚えて。茉白は、弥夜と似たことを言う夜羅に対して気まずくなったのか目を逸らした。
──失いたくない。
弥夜にも言われた言葉だった。親からすら掛けて貰えなかった言葉が、脳内で何度も何度も反芻された。
「例え一時的な相棒だとはいえ、私としたら仲間意識でも芽生えさせてしまったのでしょうか?」
「……うちに聞くな」
「貴女が手を出さずに、私が自分で答えを見付けるのを待ってくれたことが嬉しかった。私を失う訳にはいかないと言ってくれたことが嬉しかった」
温かい感情が広がる不思議な感覚。これまでは感じることすらなかった想いが心の奥底に積み重なってゆく。ふと、表情を緩めていた夜羅の視線が茉白の足先に落ちた。
「そういえば、可愛いネイルをしていますね」
茉白の足先は彩られており、白をベースに色とりどりの花が描かれたネイルが施されている。所々に散りばめられたビジューストーンが、仄かに煌めいて心地の良いアクセントを醸していた。
「あまりジロジロ見るな、自信は無い」
手で足先を隠した茉白は身体の向きを変える。横を向いてしまった彼女に対し、夜羅は優しい笑みを浮かべた。
「とても素敵だと思いますよ。自分で塗ったのですか?」
「……悪いかよ」
「もしかして可愛いものが好きだったりします?」
「うちが可愛いものを好きだったら、何か文句でもあんのか?」
「いいえ? 特には。今度私にもしてくれますか?」
「戦いが終わって落ち着いたらな」
ちゃっかり約束を取り付けた夜羅は意地悪げな顔で口元に手を当てる。にやにやする目元が胸中を代弁していた。
「人を見た目で判断するなとは、まさにこのことですね」
「どういう意味だよ」
ひよこのぬいぐるみを無理矢理に取り上げた茉白は自身の胸元で優しく抱き締める。ふわふわとした弾力が肌に触れて心地良さを齎した。
「まあ冗談はさておき、これからの行動を決めねばなりませんね」
仕切り直した夜羅がテレビをつけると、ショッピングモールで流された映像が何度も放送されており、その度に弥夜の戦う姿が繰り返されている。毒蟲を使役した能力の使用から蓮城に切り裂かれるまで。最後の瞬間だけは二人して目を逸らした。
「見ての通りまさに四面楚歌、反乱因子は完全に潰したいのでしょうね」
「うち等をこうして見せしめにすることで、救いの街に不満を抱く者も居なくなるだろうな」
「周りは敵だらけ、殺されるのも時間の問題ですね」
「お前は生きろ、稀崎」
「え……?」
小さな独白に、怪訝そうな表情が浮かべられる。普段の茉白からは考えられない弱々しい声色だった。
「ようやく過去を超えたんだ、その目で色んな景色を見て回ればいい。うちにとっては生きる価値の無い世界でも……お前にとってはそうでないかもしれないだろ」
「言ったでしょう。親友の優來や兄を亡くした時点で、この世界に生きる価値などとうに無い。貴女も貴女ですよ? 死ぬと解っていながら救いの街へ行くことを諦めない。本当に柊が好きなのですね」
否定もせず、茉白は無言のままひよこのぬいぐるみを強く抱き締めて顔を埋める。ぺちゃんこになったひよこが助けを求めるように瞳を淀ませた。
「一緒に生きようだとか生意気抜かす奴が、真っ先に囚われて死にかけてるんだ」
「生きていると解った以上は柊の救出が最優先。ただし一つ条件があります。解っているとは思いますが、蓮城を殺すのは私です」
「……どのみち皆殺しなんだ、好きにしろ」
ぺちゃんこになったひよこを取り返した夜羅はベッドに座り込む。それからしばらく話し込み方向性を決めた二人は、昨日と同じくベッドで眠りにつくと更けていく夜に身を浸した。
──その日、夜葉 茉白は姿を消した。
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