毒姫達の死行情動

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救いの街 救出戦

たった一人の侵入者

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 深夜二時。雷雨は嘘のように収まり、冷たさを増した風が鳴くように建物の隙間を吹き抜ける。深夜にも関わらず建ち並ぶ民家やビルからは光が漏れ出しており、人の活動が止まっていないことは明白だった。一つの組織として機能する救いの街。道路には車やバイクが普段通り走っており、ヘッドライトやブレーキランプがまたたく星の如く至るところで明滅する。重苦しい雲は密度を減らし、一切の欠けが無い満月が淡い光を降らせていた。

「相変わらずゴミみたいな街だな」

 現れたのはたった一人の侵入者。夜葉よるは 茉白ましろはビルの屋上に立ち、感情の無い深紫の瞳で地上を見下ろす。屋上に至るまでに無数の戦闘が繰り広げられたのか、刀には未だ新しい血がこびり付いていた。咥えられた煙草より紫煙が燻る。茉白が見下ろすのは、平和を象徴する如く翼のオブジェクトが取り付けられた灰色のビル。そこは弥夜が囚われている場所であり、以前二人が訪れた場所だった。茉白が選んだのは救いの街への正面突破。夜羅から盗んだIDカードを利用し、車ではなく徒歩での侵入を試みていた。

「蛆虫みたいに湧きやがって」

 ビルの入口付近では見張りであろう者達が数十人で辺りを伺っている。戦闘を起こしたことで茉白の侵入は即座に周知され、救いの街内部は小娘一人を探す作業に追われていた。洗濯したての、まだ少し濡れた制服が風に靡く。刹那、屋上の扉を強く開け放ち入って来た男。追っ手の存在に気付いた茉白は目を細めて魔力を絞り出した。

「見つけたぞ、夜葉 茉白」

 茉白は夢を見た。夜羅と眠った僅か数時間の間に。

 夢の中では弥夜が暴行される瞬間が何度も何度も繰り返された。その度に血を吐き、嘔吐えずき、見ていられらない光景が永遠と垂れ流された。感情のダムは容易く倒壊し、心と一緒に全てが流れ出す。底に残っていた殺意だけが胸の奥にいつまでもへばり付いていた。

「邪魔すんな、今のうちは手加減出来ないぞ」

 足元より嬉々として姿を見せる毒蛇。ねじれ、しなり、不規則に伸縮する毒蛇は反応すら許さずに命を喰らう。雲散霧消した灰は、先程までは人であったモノの成れの果て。静かに息を吐き出し心を鎮めた茉白は、屋上の縁に両足を揃えて立つと髪を耳にかけた。

 表情を変える眼下の世界。
 吸い込まれそうな感覚に身を浸す。

 まるで自殺前の人みたいだな、と僅かな皮肉が笑みとなって口元に現れた。吸っていた煙草を投げ捨て、そのまま両手を広げると月に抱擁するように身を投げる。
 
 反転する世界。

 堕ちてゆく視線、急激に近付き始める地面、そんな状況下でありながら茉白は心の底から嗤っていた。投げ捨てた煙草すら追い越して、華奢な身体に伸し掛る風の抵抗。落下の最中、無数の蛇を顕現させた茉白は地上に向けて解き放つ。牙を剥き出し毒を滴らせ、暴れ狂う眷属達は無差別に地上を喰い荒らした。華麗な着地を決めた茉白は蛇を利用して衝撃を和らげる。そして、ゆっくりと顔を上げた。

 予想通りの四面楚歌。
 流された視線は無数の敵を捉えた。

 斬撃を飛ばした茉白は一点突破をし、蛇の如く地を縫うように駆ける。すれ違いざまに次々と敵を屠り、瞬く間に目的地の入口へと辿り着いた。最早誰にも止めることは敵わない。暴れ狂う毒蛇は獰猛で、近付くもの全てが例外なく灰と化した。走る度に瞳の残光が深紫を残し、更にその周囲では檻から解き放たれた獣の如く蛇達が暴れ回る。たった一人の少女に、人類の理想郷である救いの街は翻弄されていた。入口前に陣取る数十人も例外では無い。壁面や地を自由に踏破し、 変幻自在な動きは付け入る隙を与えない。不規則に蛇行する走りや軌道の読めない猛毒の刀を駆使し、僅か数分足らずで見張りを蹂躙。体勢を落とし靴底を滑らせながら刀を薙いだ茉白は、恐怖におののく最後の一人を切り裂いた。ふわりと舞う灰を気にも留めず、そのままビル内部へと足先が向く。迷いなく向かわれたのは左側最奥のエレベーターだった。

『入口から向かって、左側一番奥のエレベーターにだけ特殊な仕掛けがあるの。一階のボタンから二十センチ下に見えないボタンがあり、それを押せば地下へと繋がる。柊 弥夜はそこに居るよ』

 ──だったな。

 廃学校での如月きさらぎの言葉通りに何も無い箇所を押した茉白。小さな電子音が二度鳴ると、エレベーターは地下へと下降を始める。数分間の下降後、開いた扉から覗く景色は無機質な白亜の空間だった。先の見えない細い一本道がいざなうように奥へと続いている。仄かな光を齎す薄暗い照明。侵入を想定していない場所なのか敵の数は極小数であり、長い通路を突っ切った茉白は重厚な扉の前で立ち止まった。センサー感知式の開閉扉であることを察した茉白は、扉上部に取り付けられたカメラに気付く。

「本当に監視カメラだらけだな」

 何処へ居たって見られている。そう判断した彼女は、大きく蛇の舌を突き出して挑発する。

「来てやったよ、蛆虫共」

 緩徐に開きゆく扉から漏れ出る闇。通路の白亜とは相反して照明は無く、辛うじて見える程度の薄暗さが広がる。茫洋な敷地の内部には、僅かな光源となる円錐状の転送装置が等間隔に並んでおり、地上にあるものと同じで以前二人が見たものだった。孤独な靴音だけが何重にも反響する。海上都市の地下となれば周囲は海。空気は薄く、苛立ちからか目を細めた茉白は小さく舌打ちをした。
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