毒姫達の死行情動

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救いの街 救出戦

今度は私も一緒に戦う

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 どれくらい進んだか把握し兼ねる頃、囚われた弥夜が映っていた場所へと辿り着く。四肢を鎖に繋がれた相方はぐったりとしており、俯いた状態で浅い呼吸を繰り返していた。その左右には男が一人ずつ陣取っており、茉白の存在に気付くや否や手中の得物を煌めかせた。

「……弥夜!!」

 自身を呼ぶ芯のある声に、顔を上げた弥夜は目を見開く。拷問を受けたのか全身が傷だらけであり、纏われる衣服も破けて肌が露出していた。

「茉白……どうして……」

 揺らぐ銀色の瞳。二度と会うことは無いと思っていたのか、弥夜は静かに涙を零す。赤い目の女に撃ち抜かれた左肩に包帯を巻き、夜羅の一件で殴られた為に傷だらけの茉白。そんな彼女を見た弥夜は苦しげで、酷く儚げな表情を見せた。

「お前を助けに来た」

 殺意のみを宿した瞳が暗闇で揺らめく。肌を突き刺すような魔力に身構えた男達は瞬く間に斬り伏せられ、舞い上がった灰は音も無く暗闇に溶けた。

「そんな傷だらけになってまで……」

「人のこと言える立場かよ」

 周囲を見渡し残党が居ないことを確認した茉白は鎖に手を伸ばすも、首を横に振った弥夜が手足をバタつかせて触るなと語った。

「これに触れちゃ駄目。魔力がほとんど練れなくなる」

「なら切り捨てればいいだろ」

 狙いを定めて振り上げられた刀よりも早く弥夜が声を上げる。視線は茉白の背後へと向いており明白な焦燥が伺えた。

「おや? 見たことのある鼠が紛れ込んでいるみたいだね」
 
 背後から二つの靴音。現れたのは憎むべき東雲しののめ蓮城れんじょうであり、転送装置の淡い光が二人の表情を不気味に照らす。

「ああ、その鎖は魔力で出来ているから切れないよ。それにしても、まさか国民の殺意を掻い潜って乗り込んで来るとは驚いたよ。だが、残念ながら無駄足だ」

 東雲は煙草に火をつけると満足気に煙を燻らせる。煙越しに交差した視線はほんの一瞬だが、弥夜を傷付けた映像が脳内で再生されるには十分過ぎる猶予だった。

「東雲……死ねよ蛆虫が!!」

 怒りに身を任せて真正面から突っ込む茉白。蹴られた地面は砂埃を巻き上げ速さを物語る。体勢を落としたまま距離を埋める茉白は、余裕綽々と煙草を吹かす東雲の喉元だけを狙っていた。

「蓮城、始末しろ」

「……了解」

 割って入った蓮城は大剣を水平に添える。茉白の振り下ろした刀は止められ、薄暗い空間内に火花が迸った。重い衝撃により小刻みに揺れる互いの腕。色の失くした炎を宿す大剣は透けており、向こう側の景色を鮮明に映し込んでいた。

「お前を殺すのはうちじゃないんだよ蓮城!!」

 咆哮さながら叫ぶ茉白は前へと身を捻じ入れようと試みる。鼻先が触れそうな距離で互いに譲らない鍔迫り合いが続き、歪に擦れ合う金属音が嫌に響いた。

「こっちは仕事なんでね。そういう訳にもいかないんだ」

 大剣の質量を利用して力で押し切る蓮城。衝撃を引き付けながら左下方へと逃した茉白は、顔面目掛けて右脚を振り上げる。

「遅い」

 器用にかわして後方へと身を退く蓮城。併せて逆袈裟の要領で振り上げられた刀は、色を失くした炎の衝撃波を形成する。地を這う炎の軌道上には囚われた弥夜。表情を歪ませた茉白は、即座に弥夜を護るように身体を捩じ込む。

「下衆野郎が──!!」

 衝撃波は往なされ左右後方へと割れる。それは茫洋な空間の、何処まで続くか解らない暗闇の中に消え入った。衝撃波の重さに手が僅かに痙攣するも、茉白は何度か手を開閉させることで自身の身体を黙らせた。

「逃げて茉白……戦っちゃ駄目」

「そこで見てろ、すぐに終わる」

「ねえどうして……勝手なことをしたのは私なのに……!!」

「どっちかがピンチなら助ける、それが相方だろ」

 未だに収まらない涙が次々と地に落ちる。「ありがとう」と消え入るような声で紡いだ弥夜は、眼前で凛と立つ頼もしい背中に全てを託した。

「一人で此処へ乗り込んで来たということは、生き残る気なんて無いのだろう?」

 憐れむような含み笑いを浮かべる東雲は舐め回すように二人を見据える。だが魔力を練り上げる素振りすら無く、気怠そうにネクタイの位置を正した。

「弥夜を助けるまでは死んでも生きてやるよ。その後はタナトスを皆殺しだ」

「捨て身の覚悟というやつかい? 相変わらず威勢の良いお嬢さんだ」
  
「……言ってろよ!!」  

 東雲目掛けて放たれた斬撃。地を削り瓦礫すら巻き込んだ猛毒が牙を剥く。当の本人は動く素振り一つ見せず、地より湧いた炎に飲み込まれた斬撃は音もなく消失した。

「お前の相手は俺だ、夜葉」

 横槍を入れた蓮城は背後からの殺気に気付き咄嗟に振り返る。今の斬撃は囮。地を這わせ二匹の蛇を放っていた茉白は、手繰り寄せることで背後からの奇襲を試みる。寸前で躱す蓮城を越え、蛇は勢いを衰えさせること無く弥夜へと向かう。まるで最初からそれが狙いだったと言わんばかりに、蛇は弥夜を拘束する鎖へと喰らい付いた。だが木霊したのは舌打ち。淡い輝きを放った鎖が蛇を拒絶するように消失させた。

「言った筈だよ、その鎖は切れないと。君は柊を助けることは愚か、此処で惨めに死ぬんだ」

 煙草の煙を吐き出す東雲に対し、茉白は小さく俯き立ち尽くす。激しい戦闘で乱れた髪が表情を覆い隠していた。小刻みに揺れる華奢な身体。この場に相応しくない歪んだ口元が、彼女がわらっていることを証明していた。

「茉白……?」

「笑わせんなよ、糞共が」

 握られた刀に毒が滴る。ドス黒い液体を指先で拭った茉白は、二又の舌を突き出し舐め取った。脈打つ身体は即座に異変を主張する。体内に紛れ込んだたった一滴の猛毒が茉白に変化を齎した。

 左目から口角にかけて侵食する蛇模様。蛇柄と呼称されるそれは純白であり、色白の肌に歪に馴染んでいた。蛇の目と蛇の鱗を宿した、若き少女にしてはグロテスクな身形みなり。静かに振り返った茉白は、自身の姿を包み隠さずに弥夜と視線を合わせる。

「弥夜。うちのこと……気持ち悪いか?」

 大きく首を横に振る弥夜。

「ううん、超可愛い」

 返答は、聞き慣れたいつもの言葉。相変わらずの感性に小さく微笑んだ茉白は刀を軽く一振りしてみせる。少し遅れて、四肢を拘束する四本の鎖が音を立てて切り裂かれた。純粋な驚愕を見せる東雲と蓮城。茉白の隣に並んだ弥夜は両脚で強く地を踏み締めた。

「ありがとう茉白」

「相方をこんな風にされて黙っていられるほど、うちは温厚じゃない」

「さっすが私の相方、超かっこいい」

「無駄口を叩く暇があるのなら下がってろ。巻き込まれて灰になるなよ」

「ううん。今度は私も一緒に戦う。茉白と……一緒に戦う」

 今度は背中に託すだけじゃないと、強い決意と共に鋭さを帯びる銀色の瞳。視線を合わせた二人は無邪気な少女のように微笑み合う。靴先を揃えて凛と並び立つ両者は、反撃の狼煙を上げるため顎を引き臨戦態勢をとった。
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