毒姫達の死行情動

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救いの街 救出戦

形成逆転

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「ねえ、東雲、蓮城。還し屋達の囚われた肉親は誰一人生きていないことも、タナトスの本拠地が特別警戒区域アリスにあることも私は知っている。そしてお前達の目的も全て把握した」

「ほう、我々の目的とは?」

 東雲は惰性で吸っていた煙草の火を揉み消すと、真っ直ぐに弥夜へと向き直り興味を示す。既に手負いの弥夜は口角の血を袖で拭った。

「この世界に二度目の命の再分配を起こすことであり、殺す対象は全ての能力者。能力を持たない者だけを残し、自分達が牛耳る世界を創る。それを安全な所から見守る為にこの広大な地下シェルターが造られた」

 聞き入る東雲の表情は何一つ変わらない。だが、情報の信憑性が高いと理解している弥夜は八重歯を覗かせて不気味に微笑んだ。

「私達を此処で逃がしたらやばいよ? 特別警戒区域アリスに乗り込んで、お前達の切り札である久遠くおん アリスの首をねる。そうすれば計画は水の泡」

「弥夜、何処から情報を得た?」

「拘束されながら戦ってたの。小さな虫を使役して、それを救いの街中にネットワークとして張り巡らせた。なかなか襤褸ぼろは出なかったけれど……ようやく掴んだ」

 情報を集めていたであろう小さな羽虫が飛来する。可愛い声を発しながら舌を突き出した弥夜は、その上に止まった羽虫を咀嚼して飲み込んだ。

「虫を普通に食ってんなよ」

「体内に戻って来ただけだよ。もしかして欲しかった?」

「そんな訳ないだろ」

 これまでのやり取りか返ってきたようで嬉しかったのか、優しく微笑んだ弥夜が茉白の頬をつつく。ぷにぷにとした頬が弾力を以てして指先に応えた。

「蓮城、こいつら二人を救いの街から逃すな。全勢力を持って必ず殺せ」

「……了解。解析班に応援を要請します」

 通信機に小声で何かを話す蓮城は即座に顔色を変える。額に滲む冷や汗が胸中を物語っており、耳元に当てられていた通信機が静かに遠ざかった。

「東雲様、解析班が通信不能です」

「そんなはず無いだろう」

 不測の事態に苛立つ東雲。蓮城の持つ通信機を取り上げようと試みた際、辺りにノイズのような不快な音が響き渡る。それは次第に大きさを増し、徐々に人の声が混じり始めた。

『夜葉に解析班の場所を聞いておいて良かった。システムはハッキングさせていただきました。今までの会話は全て、貴方達が私達にしたように、様々な手段で人々に届けました。それが何を意味するか解りますか?』

 至る場所に取り付けられたスピーカーから響く声に真っ先に反応を示したのは弥夜だった。上がった口角が言わずとも感情を代弁する。

「この声は夜羅だね、来てくれてたんだ」

「あの馬鹿……」 

 夜羅の声の背後では爆発音や怒号のようなものが絶えず飛び交っている。救いの街からすれば明らかな異常事態であり、多人数が戦闘を行っているのは想像に容易かった。

『真実を知った還し屋や能力者達が次々と乗り込んで来ています。それもそうですよね? 騙され、利用され、挙句の果てには殺されようとしているのですから。タナトス……貴方達の目論見は此処で終わる』

 含み笑いをした茉白は刀の切っ先を東雲へと向ける。転送装置の薄暗い明かりを反射する刀身が妖しく煌めいた。

「……だそうだ。お前等を此処で殺して、この巫山戯ふざけた物語も幕引きだ」

「上はすぐに制圧する。蓮城、お前は此処で二人を始末しろ」

 捨て台詞を残した東雲が転送装置を利用し姿を消す。残された蓮城は大剣を肩に担ぐと、大きく首を回して臨戦態勢をとった。無言で視線を合わせる茉白と弥夜。二人は小さく頷き合うと同時に魔力を練り上げた。



「『侵食する黯毒の黎明ナイト・オブ・ヴェノム』」


「『灼け爛れた蠱毒のカオス・オブ・千蟲夜行ナイトパレード』」



 激烈な魔力にあてがわれてなお、蓮城は表情一つ変えない。周囲に湧き上がった色を失くした炎が、不気味過ぎるほど静かに燃えていた。

「おいで」

 囁くような呼び掛け。弥夜の魔力により具現化した毒蟲が、可愛げな鳴き声を発しながら主の元へと現れる。満月に似た円状の三ツ目、その内部で不規則に動く真黒の瞳。毒蟲は十六本の強靭な脚を持ち、口元には鋏のような二本の牙が蠢く。そして、無数の硬い毛に覆われた翼が大きく開いた。蜘蛛クモ蟷螂カマキリ蝙蝠コウモリを掛け合わせたような歪な体躯は、粘液にまみれて鈍い光沢を放つ。弥夜の背中の火傷同様、全身が焼け爛れたように変色していた。毒蟲は、一本一本に鋭い鎌のような刃を宿した脚を不規則に動かし弥夜へ頬ずりする。受け入れた彼女もまた、可愛げな笑顔で頬を擦り付け返した。まるで無邪気な少女がペットと戯れるような光景。ぞっとした茉白は無意識のうちに一歩距離を置く。それを見てか、愛らしい声で鳴く毒蟲が弥夜に何かを語り掛けた。

「ん? うん、大丈夫だよ。茉白も貴女のことが大好きだってさ」

 再び鳴いた毒蟲が心底嬉しそうに真黒の瞳を見開く。強靭な脚が不規則に稼働する度に床が陥没するも、毒蟲は気にした様子もなく茉白へと身を寄せた。

「おい弥夜こっち来たぞ!! 何とかしろ!!」

「えへへ、大丈夫だよ」

 毒蟲は茉白の顔に頬擦りをすると、愛おしそうに背の翼を羽ばたかせた。頬を粘液まみれにされ項垂うなだれる茉白。次いで蓮城の方を向いた毒蟲は、あからさまに表情を変えると低く唸って威嚇をする。

「またその気色悪い化け物か。焼き殺してやる」

「無理だよ、私の血肉となるから」

 毒蟲へと喰らい付いた弥夜は飛び散る液体を零さないように啜る。脚を喰らい、眼球を喰らい、翼を喰らい、その度に歪な咀嚼音が周囲に響き渡った。体内を駆け巡り犯す猛毒。愉悦の笑みが零れ、押し寄せる快感に恍惚なる表情が浮かぶ。喰らう度に弥夜より発せられる魔力は上昇し、以前の如く容姿に変化が訪れる。

「茉白。私のこと……気持ち悪い?」

 自身と同じ問い掛けをする弥夜に対して鼻で笑った茉白は、瞳孔が縦に長い蛇の目を見せ付けるように強調する。

「うちの次に可愛い」

「さっすが私の相方、超優しい」

 弥夜の銀色の瞳は重瞳ちょうどうと呼ばれる現象を通り越し、人では有り得ない三つに増殖していた。左右で計六個の瞳が、規則性すら無視して不規則に蠢く。特徴的な八重歯は更に発達し、まるで牙のように、可愛らしい小さな口元に歪さを添えていた。そして最も目を惹く変化は背後で不気味に揺れる尻尾。毒々しい色をした深紫の尻尾は棘を宿し、三つ又に別れた先端より液体が滴っていた。全てがあの時と同じ。蓮城と戦闘を行った際と同じ姿だった。死した毒蟲の触角を引き抜いた弥夜は、手に纒わり付く粘液を愛おしく思いながら魔力を流し込む。

「貴女のことは未来永劫忘れない。『四肢裂きの断鎌ワスレナグサ』」

 魔力に感化された触角の終着点は漆黒の断鎌。身長よりも遥かに高い断鎌は、深緑の血管を無数に宿し歪な鼓動を刻んでいる。

「受けた痛みは痛みで返す」

 凛と立つ弥夜は断鎌の柄で地を軽く叩く。たったそれだけで亀裂が迸ったかと思えば、硬い地面が何かに削られたように大きく陥没した。

「そんな重い武器振れんのかよ」

「任せて? 私、こう見えてめちゃくちゃ強いから」

「足引っ張んなよ」

 毒蛇と毒蟲という歪な姿を晒す二人の少女。視線を合わせ微笑み合う二人は初の共闘に鼓動を昂らせた。
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