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救いの街 救出戦
虚焔降り頻る並行領域
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先に飛び出したのは茉白であり、小細工なしの最短距離で蓮城との距離を埋める。視界が霞むほど巻き上がる砂埃。頼もしい相方の背を左右六つの瞳で追った弥夜は、口元に手を当てて純粋な驚きを示した。
「……速っや」
毒を一滴舐め取る前の動きとは雲泥の差であり、翻弄する華麗な動きは尽く蓮城の虚を衝く。そんな茉白の速さを、弥夜は遅れることなく完全に捉えていた。
「来いよ蓮城!!」
真正面から斬り掛かった茉白。振られた刀の速さを代弁するように短い風切り音が鳴る。眼前に捻じ入れた大剣で辛うじて受け止めた蓮城は、あまりの重さに無意識に後退った。音を立てて滑る靴底。茉白は既に背後に陣取っており、逆袈裟の要領で下方から切っ先を突き上げる。僅かに胴体を掠った刀は皮膚を裂き赤黒い血を巻き上げた。
「──ッ!!」
痛みなど無視して、徐々に灰になりゆく身体に意識を向ける蓮城。視界を遮る灰を手で振り払い、食い縛られた歯が苛立ちを語る。
「どうした? うち等を殺すんだろ?」
吐き捨てると同時に縫うように地を駆ける茉白。彼女の軌道を追うように湧き上がった蛇達が、ありとあらゆる方向から蓮城へと喰らい付く。
「小賢しい餓鬼が……!!」
「その餓鬼に圧されてどんな気持ちだ」
蛇は蓮城へと届く前に炎に焼かれ消失。だがそれすらも囮だった。本命は頭上。刀を振り下ろした茉白は耳を劈く金属音に見舞われる。蛇の処理を即座に終わらせた蓮城は、頭上に大剣を添えることで防御を間に合わせた。
「遅い」
「わざと反応させたんだよ蛆虫が」
刹那。がら空きの腹部を、擦れ違い様に弥夜の断鎌が捕らえる。凄まじい質量を持つ得物にも関わらず軽々と片手で振り抜かれた。
「私から注意を逸らしたら駄目だよ?」
飛び散る鮮血が地に斑模様を刻み独特の臭いが充満する。追撃を試みた弥夜は右脚を軸にして断鎌を薙いだ。だがその一振りは届かない。否、切り裂かれた蓮城が炎へと姿を変えて静かに消失した。少し離れた位置で身体が再形成され、一部始終を見ていた二人は警戒心を強める。
「本当に生きて帰れるとでも思っているのか? お前たち雑魚が何人束になろうと俺には届かん」
純白の瞳が薄暗い中でネオンの光を発する。目の前に大剣を突き立てた蓮城は、両手で柄を強く握りながら口角を三日月のように吊り上げた。
「『虚焔降り頻る並行領域』」
存在している全ての音が消えた。ただ無音で巻き上がる色を失くした炎。まるで静止画を繋ぎ合わせたように徐々に増えゆく炎は辺り一面に華の如く咲き誇った。
「ようやく本気かよ」
蓮城は言葉一つ発しない。髪やスーツの裾を靡かせて、色を失くした炎の中心部で不気味に瞳を煌めかせている。言葉の代弁と言わんばかりに、風に似た殺気が二人の間を吹き抜けた。
「茉白、油断しないで……こいつかなり強いよ。感じる魔力量が常軌を逸してる」
ショートブーツの靴先で地を叩く弥夜。乾いた音に応えるように、何処からともなく無数の毒蟲が姿を見せる。暗闇の至る所で瞳を光らせる毒蟲達は、今か今かと合図を心待ちにしていた。
「食べていいよ。皮膚も内蔵も眼球も歯も、好きなだけ貪っておいで」
合図に共鳴するように甲高い鳴き声をあげた毒蟲達は我先にと飛び掛かった。十六本の鎌のような脚を使役して地を這う個体、蝙蝠のような羽を使役して空中より喰らい付く個体、蜘蛛のように分厚い糸を放出して動きを止めることを試みる個体。様々な個性を持った毒蟲達は各々に各々の欲求を押し付ける。
「え……?」
だが、飛び掛かった毒蟲が一瞬にして生を手放す。蓮城の、たった一振りの大剣によって。振り抜かれた大剣は目の前の毒蟲一匹を切り裂き、かと思えば他の個体達も連動するように爆ぜた。両断された体躯を燃やす炎は瞬く間に死骸を消し炭と化す。
「気を付けろ弥夜」
「……大丈夫、ある程度の仮説は立てた」
状況把握に動く六つの瞳。独立した炎は周囲の景色を反射しながら音も無く静かに燃えている。まるで鏡に囲まれていると錯覚するような歪な景色だった。
「炎に映る全ての景色が蓮城の領域であり攻撃範囲。私はそう推測する」
「つまり逃げ場無しかよ」
「逃げる気なんて無いくせに」
炎を掻い潜り不規則に蛇行する茉白は予測出来ない身のこなしで距離を埋める。遅れて軌道を辿る風圧が炎を煽り速さを言わずと物語った。まさに飢えた毒蛇。間合い内に蓮城を捕らえた茉白は即座に背後へと回り刀を引く。肩越しに振り返った蓮城と突き刺すような視線が交差した。瞬間、挟み撃ちの要領で反対側に迫る弥夜。ほぼ同時に得物を振り抜いた二人は木霊した金属音に目を見開いた。蓮城は茉白の刀を止めたにも関わらず、倣うように断鎌も制止した。即座に周囲を見渡した弥夜は炎に映る蓮城が断鎌を止めていることに気付く。
「茉白!!」
振り上げられた大剣が茉白の胴体を裂くも、直前で重心を後方に引いた為に傷は浅い。身体の前に断鎌を添えた弥夜は、迸った衝撃に予想通りだと口角を緩めた。
「ふーん……」
何かに気付きつつも茉白を抱きかかえて離脱した弥夜は、少し離れた位置に着地すると体勢を立て直す。そのまま脳内を整理すると小さな唸り声を発した。
「これは厄介だねえ」
「炎が鏡のように景色を映してる。炎に反射した事象がそのまま反映される感じか」
弥夜の腕から開放された茉白が周囲を見渡す。相も変わらず色を無くした炎は静かに燃えており、その全てに二人の姿が映り込んでいた。
「いや、もっとタチが悪いかも。映る景色は各々に独立していて、蓮城が別の選択をした並行世界になっている気がするの。だから一太刀で毒蟲は全滅したし、一太刀で私達二人とも止められた」
「つまり、独立した炎の個数分だけ選択肢が存在するという訳か」
「恐らく。いくら二対一とはいえ分が悪いかも」
弥夜の六つの重瞳が忙しなく動く。それぞれが別々に動き凄まじい早さで情報の収集が行われるも、茉白が鼻で笑ったことにより瞳の動きが止まった。
「攻撃したことを把握されなければいいだけだろ。把握出来ていなければ止めるという選択には至らない。それはどの世界線においても同じのはずだ」
「さっすが私の相方、超賢い」
「馬鹿にしてるだろ」
「まさか? あながち間違いじゃないよ。確かに考えとしては馬鹿げているけれど恐らくそれが正攻法。あるいは……把握されないのは不可能に近いから選択しきれないほどの手数で攻めるか」
「そっちの方が単純でいい」
左手をふわりと水平に持ち上げる茉白。緩徐な動作に応えるように蛇が肩から手先へと巻き付き、小さな手中にもう一本の刀を具現化させた。
「わお、二刀流なんだ」
控えめにはしゃぐ弥夜の背後で揺れる尻尾。棘を宿す毒々しい三つ又の尻尾は先端より液体を滴らせ、地に落ちる度に硬い地面を溶解させていた。
「やめておけ餓鬼共。抵抗しなければ楽に死なせてやる」
「言ってろよ蓮城!!」
目を見開き魔力を跳ね上げた茉白が咆哮する。視界が曖昧になるほどの蛇が一斉に蓮城の元へと飛び掛かり、その合間を蛇の如く駆ける茉白は両手の刀に毒を滴らせる。
「無駄だ、いかなる事象も虚焔の前では無意味」
蛇が焼き切られた直後に跳躍し、真正面から刀を振り下ろす茉白。初撃は防がれ、即座に身を捻っての二撃目が牙を剥く。だがそれすらも届かない。炎に映った蓮城が二撃目を止めており茉白は大きく舌打ちをする。その背後で大鎌を振り抜いた弥夜は、止められたことを認識すると同時に尻尾を叩き付けた。
「やっと捕まえた」
蓮城の左腕に突き刺さった尻尾が心音を刻むように鼓動する。毒を流し込まれ麻痺する腕を躊躇いなく切り落とす蓮城。宙を舞った左腕に無意識に注意が向く最中、弥夜の背後に視線をやった茉白が無我夢中で地を蹴った。
「油断するな弥夜!!」
叫び声よりも僅かに早く、空気を取り込み膨張する炎。茉白が弥夜を抱きかかえたと同時に、数ある炎の内の一つが灼熱と爆音を撒き散らして爆ぜた。塗り潰されたように色を失くす視界。低速再生のような景色が脳裏に残る。吹き飛ばされる際、茉白は自身が下となって地に身体を強く打ち付けた。
「茉白、大丈夫!?」
「自分の心配してろ、こっちは問題無い」
手を取り立ち上がった茉白は制御が効かない足元を無理矢理に律する。未だ熱を帯びたままの華奢な体躯が悲鳴をあげていた。間髪入れずに背後で湧き上がる悍ましい殺気。先に反応した弥夜は振り返り様に断鎌を薙ぐ。鈍い金属音と共に腕を伝う衝撃が脳へと駆け上がった。
「──ッ!!」
衝突する得物越しに双方の視線が交わる。互いに殺意を宿しており暗闇の中で瞳の残光が尾を引いた。
「ねえ。私と殺ろうよ、蓮城」
「どっちも殺す。どのみち弱者は淘汰されるんだ」
「へえ、なら優來も淘汰されたと?」
「お前の妹も無様に死んださ。愚かにも俺達の正体を知り過ぎた」
刹那、弥夜の殺意が蓮城のそれを遥かに上回る。
「私はお前を絶対に赦さない」
牙を剥き出しにして大剣を弾き返した弥夜。がら空きになった懐に毒を滴らせた鋭利な尻尾が潜り込む。だが、左手を突き出した蓮城は炎を放ち尻尾を焼き払った。どうして切り落とされたはずの左腕が存在するのかと、一瞬の思考を巡らせた弥夜は即座に後悔する。意識を回帰させると同時に、眼前に迫る大剣が瞳に映った。
「ぼうっとするな死にたいのか!!」
割り込んだ茉白が大剣を受け止める。瞬間的に空間を彩った無数の火花が消えるよりも早く、地より現れた蛇が牽制し蓮城を遠ざけた。
「執拗い奴等だ」
後方へ飛んだ際に薙がれた大剣より三日月形の斬撃が放たれる。左右に躱した二人を分断するように色を失くした炎が立ち込めた。茉白は蓮城を引き付けようと先に動くも、感じた違和感により膝をつく。海上都市の地下、周囲は海。密室での炎を扱う者との長期戦は、本来必要不可欠である酸素を枯渇させる。それは弥夜も同じであり、息苦しそうに歯を食い縛っていた。
「弥夜、転送装置を使って地上に出るぞ!! 今は蓮城を殺すことは諦めろ!!」
僅かな焦燥を押さえながら、周囲を見渡した茉白は考える間も無く叫ぶ。無言で頷いた弥夜は力を振り絞り転送装置へと走った。
「無駄だ、転送装置の外からでは行き先は把握出来ない。お前達が何処の区画に転移するのか口にした瞬間、後を追い殺してやる」
蓮城のみ酸素枯渇による影響は受けておらず、純白の瞳は真っ直ぐに分断された二人を映していた。 個別撃破を狙っているのか、このまま戦闘を続けても不利であることは明白だった。
「茉白、何処の区画へ行くの!?」
入ったのは別々の転送装置。行き先を決して口にしてはならない。そんな状況下で僅か数秒で弥夜との想い出を遡った茉白は皮肉に口元を緩めた。
「弥夜……今度はビビんなよ」
一瞬動きを止める弥夜。だが何かを察した彼女は確信を持った笑みを見せると大きく頷く。
「さっすが私の相方、超天才」
躊躇い無く押されたボタンは反応し、転送装置は地上へと繋がる。その反対側で茉白もまた地上へと姿を消した。
「区画の数からして合流出来る確率は八分の一。自ら戦力の分散を計るとは愚かな奴等だ」
場に残されたのは静寂と転送装置の淡い光。戦いの傷跡に興味すら示さず、炎を消失させた蓮城は逃げた鼠を追うべくその場を後にした。
「……速っや」
毒を一滴舐め取る前の動きとは雲泥の差であり、翻弄する華麗な動きは尽く蓮城の虚を衝く。そんな茉白の速さを、弥夜は遅れることなく完全に捉えていた。
「来いよ蓮城!!」
真正面から斬り掛かった茉白。振られた刀の速さを代弁するように短い風切り音が鳴る。眼前に捻じ入れた大剣で辛うじて受け止めた蓮城は、あまりの重さに無意識に後退った。音を立てて滑る靴底。茉白は既に背後に陣取っており、逆袈裟の要領で下方から切っ先を突き上げる。僅かに胴体を掠った刀は皮膚を裂き赤黒い血を巻き上げた。
「──ッ!!」
痛みなど無視して、徐々に灰になりゆく身体に意識を向ける蓮城。視界を遮る灰を手で振り払い、食い縛られた歯が苛立ちを語る。
「どうした? うち等を殺すんだろ?」
吐き捨てると同時に縫うように地を駆ける茉白。彼女の軌道を追うように湧き上がった蛇達が、ありとあらゆる方向から蓮城へと喰らい付く。
「小賢しい餓鬼が……!!」
「その餓鬼に圧されてどんな気持ちだ」
蛇は蓮城へと届く前に炎に焼かれ消失。だがそれすらも囮だった。本命は頭上。刀を振り下ろした茉白は耳を劈く金属音に見舞われる。蛇の処理を即座に終わらせた蓮城は、頭上に大剣を添えることで防御を間に合わせた。
「遅い」
「わざと反応させたんだよ蛆虫が」
刹那。がら空きの腹部を、擦れ違い様に弥夜の断鎌が捕らえる。凄まじい質量を持つ得物にも関わらず軽々と片手で振り抜かれた。
「私から注意を逸らしたら駄目だよ?」
飛び散る鮮血が地に斑模様を刻み独特の臭いが充満する。追撃を試みた弥夜は右脚を軸にして断鎌を薙いだ。だがその一振りは届かない。否、切り裂かれた蓮城が炎へと姿を変えて静かに消失した。少し離れた位置で身体が再形成され、一部始終を見ていた二人は警戒心を強める。
「本当に生きて帰れるとでも思っているのか? お前たち雑魚が何人束になろうと俺には届かん」
純白の瞳が薄暗い中でネオンの光を発する。目の前に大剣を突き立てた蓮城は、両手で柄を強く握りながら口角を三日月のように吊り上げた。
「『虚焔降り頻る並行領域』」
存在している全ての音が消えた。ただ無音で巻き上がる色を失くした炎。まるで静止画を繋ぎ合わせたように徐々に増えゆく炎は辺り一面に華の如く咲き誇った。
「ようやく本気かよ」
蓮城は言葉一つ発しない。髪やスーツの裾を靡かせて、色を失くした炎の中心部で不気味に瞳を煌めかせている。言葉の代弁と言わんばかりに、風に似た殺気が二人の間を吹き抜けた。
「茉白、油断しないで……こいつかなり強いよ。感じる魔力量が常軌を逸してる」
ショートブーツの靴先で地を叩く弥夜。乾いた音に応えるように、何処からともなく無数の毒蟲が姿を見せる。暗闇の至る所で瞳を光らせる毒蟲達は、今か今かと合図を心待ちにしていた。
「食べていいよ。皮膚も内蔵も眼球も歯も、好きなだけ貪っておいで」
合図に共鳴するように甲高い鳴き声をあげた毒蟲達は我先にと飛び掛かった。十六本の鎌のような脚を使役して地を這う個体、蝙蝠のような羽を使役して空中より喰らい付く個体、蜘蛛のように分厚い糸を放出して動きを止めることを試みる個体。様々な個性を持った毒蟲達は各々に各々の欲求を押し付ける。
「え……?」
だが、飛び掛かった毒蟲が一瞬にして生を手放す。蓮城の、たった一振りの大剣によって。振り抜かれた大剣は目の前の毒蟲一匹を切り裂き、かと思えば他の個体達も連動するように爆ぜた。両断された体躯を燃やす炎は瞬く間に死骸を消し炭と化す。
「気を付けろ弥夜」
「……大丈夫、ある程度の仮説は立てた」
状況把握に動く六つの瞳。独立した炎は周囲の景色を反射しながら音も無く静かに燃えている。まるで鏡に囲まれていると錯覚するような歪な景色だった。
「炎に映る全ての景色が蓮城の領域であり攻撃範囲。私はそう推測する」
「つまり逃げ場無しかよ」
「逃げる気なんて無いくせに」
炎を掻い潜り不規則に蛇行する茉白は予測出来ない身のこなしで距離を埋める。遅れて軌道を辿る風圧が炎を煽り速さを言わずと物語った。まさに飢えた毒蛇。間合い内に蓮城を捕らえた茉白は即座に背後へと回り刀を引く。肩越しに振り返った蓮城と突き刺すような視線が交差した。瞬間、挟み撃ちの要領で反対側に迫る弥夜。ほぼ同時に得物を振り抜いた二人は木霊した金属音に目を見開いた。蓮城は茉白の刀を止めたにも関わらず、倣うように断鎌も制止した。即座に周囲を見渡した弥夜は炎に映る蓮城が断鎌を止めていることに気付く。
「茉白!!」
振り上げられた大剣が茉白の胴体を裂くも、直前で重心を後方に引いた為に傷は浅い。身体の前に断鎌を添えた弥夜は、迸った衝撃に予想通りだと口角を緩めた。
「ふーん……」
何かに気付きつつも茉白を抱きかかえて離脱した弥夜は、少し離れた位置に着地すると体勢を立て直す。そのまま脳内を整理すると小さな唸り声を発した。
「これは厄介だねえ」
「炎が鏡のように景色を映してる。炎に反射した事象がそのまま反映される感じか」
弥夜の腕から開放された茉白が周囲を見渡す。相も変わらず色を無くした炎は静かに燃えており、その全てに二人の姿が映り込んでいた。
「いや、もっとタチが悪いかも。映る景色は各々に独立していて、蓮城が別の選択をした並行世界になっている気がするの。だから一太刀で毒蟲は全滅したし、一太刀で私達二人とも止められた」
「つまり、独立した炎の個数分だけ選択肢が存在するという訳か」
「恐らく。いくら二対一とはいえ分が悪いかも」
弥夜の六つの重瞳が忙しなく動く。それぞれが別々に動き凄まじい早さで情報の収集が行われるも、茉白が鼻で笑ったことにより瞳の動きが止まった。
「攻撃したことを把握されなければいいだけだろ。把握出来ていなければ止めるという選択には至らない。それはどの世界線においても同じのはずだ」
「さっすが私の相方、超賢い」
「馬鹿にしてるだろ」
「まさか? あながち間違いじゃないよ。確かに考えとしては馬鹿げているけれど恐らくそれが正攻法。あるいは……把握されないのは不可能に近いから選択しきれないほどの手数で攻めるか」
「そっちの方が単純でいい」
左手をふわりと水平に持ち上げる茉白。緩徐な動作に応えるように蛇が肩から手先へと巻き付き、小さな手中にもう一本の刀を具現化させた。
「わお、二刀流なんだ」
控えめにはしゃぐ弥夜の背後で揺れる尻尾。棘を宿す毒々しい三つ又の尻尾は先端より液体を滴らせ、地に落ちる度に硬い地面を溶解させていた。
「やめておけ餓鬼共。抵抗しなければ楽に死なせてやる」
「言ってろよ蓮城!!」
目を見開き魔力を跳ね上げた茉白が咆哮する。視界が曖昧になるほどの蛇が一斉に蓮城の元へと飛び掛かり、その合間を蛇の如く駆ける茉白は両手の刀に毒を滴らせる。
「無駄だ、いかなる事象も虚焔の前では無意味」
蛇が焼き切られた直後に跳躍し、真正面から刀を振り下ろす茉白。初撃は防がれ、即座に身を捻っての二撃目が牙を剥く。だがそれすらも届かない。炎に映った蓮城が二撃目を止めており茉白は大きく舌打ちをする。その背後で大鎌を振り抜いた弥夜は、止められたことを認識すると同時に尻尾を叩き付けた。
「やっと捕まえた」
蓮城の左腕に突き刺さった尻尾が心音を刻むように鼓動する。毒を流し込まれ麻痺する腕を躊躇いなく切り落とす蓮城。宙を舞った左腕に無意識に注意が向く最中、弥夜の背後に視線をやった茉白が無我夢中で地を蹴った。
「油断するな弥夜!!」
叫び声よりも僅かに早く、空気を取り込み膨張する炎。茉白が弥夜を抱きかかえたと同時に、数ある炎の内の一つが灼熱と爆音を撒き散らして爆ぜた。塗り潰されたように色を失くす視界。低速再生のような景色が脳裏に残る。吹き飛ばされる際、茉白は自身が下となって地に身体を強く打ち付けた。
「茉白、大丈夫!?」
「自分の心配してろ、こっちは問題無い」
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「──ッ!!」
衝突する得物越しに双方の視線が交わる。互いに殺意を宿しており暗闇の中で瞳の残光が尾を引いた。
「ねえ。私と殺ろうよ、蓮城」
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「へえ、なら優來も淘汰されたと?」
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刹那、弥夜の殺意が蓮城のそれを遥かに上回る。
「私はお前を絶対に赦さない」
牙を剥き出しにして大剣を弾き返した弥夜。がら空きになった懐に毒を滴らせた鋭利な尻尾が潜り込む。だが、左手を突き出した蓮城は炎を放ち尻尾を焼き払った。どうして切り落とされたはずの左腕が存在するのかと、一瞬の思考を巡らせた弥夜は即座に後悔する。意識を回帰させると同時に、眼前に迫る大剣が瞳に映った。
「ぼうっとするな死にたいのか!!」
割り込んだ茉白が大剣を受け止める。瞬間的に空間を彩った無数の火花が消えるよりも早く、地より現れた蛇が牽制し蓮城を遠ざけた。
「執拗い奴等だ」
後方へ飛んだ際に薙がれた大剣より三日月形の斬撃が放たれる。左右に躱した二人を分断するように色を失くした炎が立ち込めた。茉白は蓮城を引き付けようと先に動くも、感じた違和感により膝をつく。海上都市の地下、周囲は海。密室での炎を扱う者との長期戦は、本来必要不可欠である酸素を枯渇させる。それは弥夜も同じであり、息苦しそうに歯を食い縛っていた。
「弥夜、転送装置を使って地上に出るぞ!! 今は蓮城を殺すことは諦めろ!!」
僅かな焦燥を押さえながら、周囲を見渡した茉白は考える間も無く叫ぶ。無言で頷いた弥夜は力を振り絞り転送装置へと走った。
「無駄だ、転送装置の外からでは行き先は把握出来ない。お前達が何処の区画に転移するのか口にした瞬間、後を追い殺してやる」
蓮城のみ酸素枯渇による影響は受けておらず、純白の瞳は真っ直ぐに分断された二人を映していた。 個別撃破を狙っているのか、このまま戦闘を続けても不利であることは明白だった。
「茉白、何処の区画へ行くの!?」
入ったのは別々の転送装置。行き先を決して口にしてはならない。そんな状況下で僅か数秒で弥夜との想い出を遡った茉白は皮肉に口元を緩めた。
「弥夜……今度はビビんなよ」
一瞬動きを止める弥夜。だが何かを察した彼女は確信を持った笑みを見せると大きく頷く。
「さっすが私の相方、超天才」
躊躇い無く押されたボタンは反応し、転送装置は地上へと繋がる。その反対側で茉白もまた地上へと姿を消した。
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