毒姫達の死行情動

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歪に軋む歯車

撃ち抜かれた代償

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 戦闘や連日の疲労も相まって死んだように眠っていた弥夜だが、身体に肉薄する温もりが微睡みの淵より意識を徐々に回帰させる。名残惜しげに瞼が開き、真っ暗な世界が終わりを告げた。

「茉白……?」

 先に起きていた茉白の呼吸は荒く、心地良かった温もりが高熱であることに気付いた弥夜は飛び起きる。太ももを枕にして眠る弥夜を起こさないようにと、茉白は身動き一つとっていなかった。

「寝過ぎだ、またよだれまみれだろ」

「涎のことはいいから!! 凄い熱だよ茉白!!」

 額に当てられた手のひらが明らかな高熱を主張する。周囲を見渡した弥夜は綺麗に畳んで積まれたタオルを濡らし、無理矢理ベッドに寝かせた茉白の額に乗せた。

「風邪引いただけだ」

「ごめん、私が茉白の上で寝たから」

「ただの偶然だ。こんなもん一日寝れば治るだろ、傷を癒す時間に丁度いい」

 いつものように振る舞う茉白を見て僅かに胸を撫で下ろす弥夜。荒かった呼吸も落ち着きを取り戻し容態が安定し始めた。

「市販の風邪薬ならありましたよ」

 引き出しを漁っていた夜羅が水と錠剤を差し出す。お礼を言い服用した茉白が、熱を孕んだ艶やかな吐息をついた。

「稀崎、早く行って来い。うちは少し休ませてもらうから弥夜を連れて行け」

 カーテンの隙間から覗く景色は深い夜闇であり、昨夜の満月が嘘のように分厚い雲に覆われている。外の景色をチラ見した夜羅が呆れたように眉をひそめた。

「こんな状況で行けと?」

「ただの風邪だ、寝てれば治る」

「悪化されると面倒なので」

「お前等に移って寝込まれた方が面倒だ。それに、今こうしている間にもゆずりはは襲われているかもしれないだろ。もしも戦闘になった時の為に弥夜と一緒に行け。うちの相方は強いから大丈夫だ。それと……」

 目を伏せた茉白は何かを言い淀み一呼吸置く。珍しく弱々しい彼女の姿に二人の真剣な眼差しが向いた。

「万が一うちに何かあれば……その時は躊躇ためらい無く殺せ」

 寝返りをうって背を向けた茉白は布団を勢い良く頭まで被る。そのまま芋虫のように丸まってしまい、これ以上は取り合わないという意思表示が明白に行われた。

「茉白? どういうこと?」

 顔を見合わせた弥夜と夜羅は首をかしげ合う。軽く咳き込んだ茉白が手でシッシと追い払う素振りを見せた。

「さっさと行け。帰りにスポーツドリンクでも買って来てくれ。金は弥夜が払う」

「行こう、夜羅。安全を確認したらすぐに帰って来ればいい」

「そうですね。夜葉、すぐに戻ります」

 支度を済ませて足早に部屋を後にした二人。気配が無くなったことを確認した茉白は、ベッドから転がり落ちると脂汗の滲む額に手を当てて苛立ちを露にする。

「──ッ!!」

 激痛を主張する左肩部分の包帯が乱暴にほどかれる。遊園地での戦闘の際、タナトスの女から銃弾を受けた箇所だった。能力者の治癒速度は早い為に傷は塞がり始めているが、傷跡を囲うように気泡を孕んだ真黒の液体が付着していた。間違い無く何らかの毒だ、と認識した茉白の脳内に言葉が蘇る。



『さて、貴女はどれくらい耐えるかしら?』



 女の台詞が何度も揺り返した。

「……あのクソ女」

 ふらつきながらもキッチンへと辿り着いた茉白は、シンクに左腕を捻じ入れて傷跡を洗い流す。冷えた水が意識を幾らか鮮明に覚醒させるも、刻まれた毒跡が消えることは無い。思考を朦朧とさせる高熱。壁に倒れ込むように凭れ掛かってずり落ちた茉白は、立てた膝の間に頭を落とした。

「弥夜、稀崎……」

 うちはもう一緒に戦えないかもしれない、そんな想いが無意識の内に胸中に湧く。痛みを堪えて立ち上がった茉白はカーテンを開ける。分厚い雲の向こう側で光を主張する満月が、雲を通して穢れた夜闇を仄かに彩っていた。特別警戒区域アリスにて、弥夜と出会った日の記憶が唐突に蘇る。いきなり抱き付かれたこと、勝手に名前を呼び捨てにされたこと、煙草を注意されたこと、距離感の解らない奴だということ、運転が下手くそなこと。それから稀崎との戦闘を経てラブホテルに泊まらされ、如月きさらぎの屋台のぬいぐるみを見て、事務所でお弁当を作ってくれて、救いの街へと乗り込んで──。まるで過去を追体験するように無限に連鎖していく記憶の断片。無意識に頬を伝う涙。自身が涙していたことに目を見開いた茉白は歯を食い縛りながら啜り泣いた。

「……くそが、うちも一緒に戦わせろよ。護らせろよ。最期まで一緒に居て、一緒に過ごして死ぬんだろうが」

 初めて死を恐れた。
 初めて先を望んだ。

 初めて──抗えぬ痛みに意識を手放した。
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