毒姫達の死行情動

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破滅の街 離別戦

生離死別の幽域《ラスト・エンゲージ》

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「その力は……?」

「お前が至ることは未来永劫として無い」

 以前は飲まれかけた力。内から次々に生まれ続ける殺意が身体という器を犯す。肉体や意志の主導権を奪われる気配は無く、夜羅は自分の意志で力の使役を続ける。脇差にこびり付く毒蟲を殺めた際の血液。切っ先より滴った一滴が地に落ちると同時に、夜羅の姿が文字通り消失した。現れた先は東雲の懐。だが、東雲は遅れを取らずに明確に動きを追っていた。返り討ちにせんと振り下ろされた断鎌は手応えを示さない。

「──ッ!!」

 身体を半透明に透けさせた夜羅をすり抜け、刃先は地面に突き刺さった。その際、質量に押し潰された地が捲れ上がり、細かい瓦礫が互いの視界を濁す。

現世うつしよ常世とこよの狭間……それこそが私の神域」

 腰を低く落とした夜羅は重心を乗せた脇差を薙ぐ。咄嗟に身を捻った東雲の左腕が宙を舞い、それは致命傷を避けた重過ぎる代償だった。

「ふふふ……腕一本。次はどこを切り落としましょう?」

 夜羅に付き従う五体の霊魂が、愉悦を代弁して小刻みに震える。身体が透けた今の彼女には雨ですら干渉出来ずにすり抜けていた。蝕む激痛に醜悪な顔を晒す東雲は、靴底に込められた魔力を爆発させ戦線の離脱を試みる。だが功は奏さない。突如として湧き上がった、分厚い蒼白の柱が行き先を拒むように羅列した。

「逃がす訳ないでしょう」

 一際大きく蠢く殺意。眩いネオンの光を放つ柱が伸縮を繰り返し等間隔で増え続ける。まるで死に際に視る明媚めいびな光景。二人を拘束するように三百六十度を囲った柱は、次いで上方へと伸びた。そして角度を変え中央部分で衝突、成されたのはまるで檻。逃げ場は無いと語るように、繋がった柱同士が複雑に捻れ合った。

「さあ、どちらかが死ぬまで踊り狂いましょう『生離死別の幽域ラスト・エンゲージ』」

 幻想的な景色のなか、残った右腕で断鎌を握り直した東雲は、辺りを一頻ひとしきり確認すると逃げ場は無いと悟る。幽域内には二人だけが存在し、何者にも介入の余地が無いことは明らかだった。

「残念ながら、毒蟲も内部へ至ることは叶いません。正真正銘、貴方と私……二人だけの世界です」

 内部へと身体を捻じ入れようと試みる毒蟲が、柱に触れては溶解を繰り返す。壊れた機械人形さながら同じ動作を延々と繰り返す毒蟲達は、その身を以てして生離死別の幽域ラスト・エンゲージの堅牢さを代弁した。

「一応、聞いておくよ。この幽域から解放される条件は?」

「決まっているでしょう、どちらかの死です」

 夜羅の足元より漏れ出る魔力が幽域へと吸収されていく。まるで流星群のように至る方向へ伸びる魔力を目の当たりにし、考察を終えた東雲が喉を鳴らして嗤った。

「見たところ、この幽域は君の魔力を吸い続けることで維持されている。もちろん魔力が尽きればこの魔法も効力を無くす……違うかい?」

「一つ補足をしましょう。この幽域は、私の魔力を死ぬまで吸い続けます。つまりどちらとも生き残り時間が経過した場合……私は魔力を完全に吸い取られ死亡するという仕掛けです」

「私を逃がさない為だけにこの魔法を使役したと? それとも君に、私を確殺する自信でもあるのかな?」

「……これ以上は無駄話です」

 手中の脇差を回転させ華麗に捌いた夜羅。粘り気を宿した殺意が全身を縁取るように護る。傷だらけの彼女は勝負を急ぎ大きく前へと踏み出した。激痛の蝕む身体を本能で否定し、肉体の限界を超えた動きが繰り出される。靴底を滑らせ東雲の懐へと飛び込み、眼光すら置き去りにする一太刀。

「君の敗けだよ、稀崎」

 的確に喉笛を狙った脇差が虚空を切る。目を見開いた夜羅は、眼前で起こり得た事象に絶句した。自身と同じく身体を透けさせる東雲。周囲に付き従う五体の霊魂までもが同じだった。

「まさ……か……」

「何故、自身の力が模倣されることを予測しなかった? 君の敗因は、その得体の知れない力に頼り切りおごったこと。確かにその力は脅威だ。並の能力者なら手も足も出ないだろう。だが、模倣してしまえばその数倍の力を私は有する」

 全身に視線を這わせた東雲は哄笑こうしょうする。何者にも干渉を赦さない半透明の体躯。それは雨や塵一つですら例外ではなかった。

「これで互いに干渉は出来ない。さて私は……君が魔力を枯渇させ、無様に這いつくばさまを眺めさせてもらおうか」

 口角を強く噛んだ夜羅は激昂する。口内に広がる血の味すら忘却するほどに。自身の持ち得る切り札の模倣に、絶望に近い感情が胸中で渦巻いていた。

「それにしても凄まじい能力だね。たかが一人の能力者が扱える力ではない。まさに無敵だ」

「此処まで来て……こんなこと……!!」

 我武者羅に振り回される脇差が無情にも対象をすり抜ける。想いをこぼし、涙を散らし、血液を滴らせながらの攻撃が数分間続く。何度やっても結果は同じであり、東雲に対する一切の干渉が遮断されていた。

「無駄だよ。この力を使役する君が一番よく解っているはずだ」

「柊……夜葉……ごめんなさい……」

 訥々とつとつと紡がれる弱々しい言の葉に、東雲に付き従う霊魂が小刻みに震える。それはまるで、夜羅を蔑み嘲笑うような挙動だった。後方へと跳んだ夜羅が膝を付いて崩れ落ちる。それでも幽域による魔力の吸収は止まらない。彼女の身体からは絶えず光の帯が放出され、無情にも幽域へと捧げられていた。ついには、透けていたはずの夜羅が実体化し始める。

「此処で死ねば、柊が殺される瞬間を目の当たりにしなくて済む。君は幸せ者だよ、稀崎」

 東雲は断鎌の刃先を地に引き摺りながら夜羅への距離を埋める。鈍い金属音に紛れた汚い笑みが語るは蔑如べつじょ。心底憐れむような視線が向けられた。自身に降り注ぐ視線を獰猛な獣の如く見上げる夜羅。眼前で高々と振り上げられた断鎌が、静止画のコマ送りさながらやけに遅く映る。死を前にした彼女の口元では、歯を覗かせた醜悪な笑みが浮かべられていた。

「幸せ者はお前だよ、東雲」

 潜んでいた殺気が瞬間的に爆ぜる。腹の底から咆哮し立ち上がった夜羅は、東雲に付き従う五体の霊魂のうち一つを貫き刺した。そして続け様にもう一体を切り裂く。短い声を漏らし激痛に表情を歪ませた東雲。理解が及ばず見開かれた双眸そうぼう。支えを無くした身体は為す術なく崩れ落ち、意志とは反して無抵抗のまま地に屈した。

「私の力が模倣されることを予測しなかった? まさか。戦いにおいてそんな馬鹿げた判断はしませんよ。予測どころか、貴方に故意的に模倣させたのです」

「故意的だと……?」

「熟練度まで思いのままだと、柊にそう言ったそうですね。私は貴方の完璧な模倣能力に目を付けた」

 要領を得ない言い回し。眉を顰める東雲に更なる言葉が投げ掛けられる。

「貴方はこの力を無敵だと言いましたが、そんな訳ないでしょう? 周囲を付き従う霊魂達に一時的に身体を預けているだけですよ。確かに知らない者には無敵に見えるかもしれませんが、相手が私である以上、それは何の意味も為さない」

「取り乱していたのは演技だったという訳か」

「ええ。取り乱したフリをして無様に刃を振るい、絶対に貴方への攻撃が届かないことを意識体に刷り込んだ。無防備に近付いて来るこの瞬間の為にね」

 切り裂かれたことにより東雲の周囲を漂う霊魂は三つに減少。力無く浮遊する霊魂が、まるで弱り切った命の灯火さながら明滅した。

「霊魂は五つ。両腕、両脚、そして心臓にそれぞれリンクしています」
 
 先程切り裂かれた霊魂は二つ。両脚が動かないことを確認した東雲は「なるほど」と小さく毒づく。傷跡は存在しないものの、という概念が否定されているのか、指一本動かせない状況だった。

「さすがはタナトスを纏めていただけのことはありますね。確かに貴方は完璧な模倣能力を誇り、真正面から正攻法で殺り合えば恐らく勝ち目は無い。ですが完璧過ぎるが故に……弱点まで模倣してしまうとは」

 悪魔のように不気味に微笑んだ夜羅は三つ目の霊魂を突き刺す。左腕部分とリンクしていたのか、既に左腕の無い東雲には何ら異常は無かった。

「さあ? 残るは右腕と心臓の霊魂ですよ。まあ、私には視えていますが」

「若い小娘が随分と下衆な趣味をお持ちのようだね。人をなぶり殺すことがそんなにも愉しいか」

なぶり殺す? 笑わせないで下さい。私の兄や優來、そして夜葉を奪った貴方達への報復としては……こんなもの痛みにすら入らない」

 四つ目の霊魂が突き刺された。迸る、この世のものとは思えない激痛。ついに断末魔の叫びをあげた東雲は表情を強ばらせて地を転がる。万に一つも生き残れない。到底覆しようのない事実は、東雲の胸中に突如として恐怖心を芽生えさせた。

「貴方は蓮城や桐華の能力を模倣しておくべきでした。あの二人の能力は、貴方よりも余程凶悪ですから。“君の敗因は、その得体の知れない力に頼り切り驕ったこと”貴方はそう言いましたね。貴方の敗因は、タナトスに敗北は無いと過信し、蓮城や桐華の能力を模倣しなかったことです」
  
 手中の脇差を捌きながら「そしてもう一つ」と続けた夜羅は冷酷な瞳で東雲を見下ろす。

「相手が私であったこと」

 表情を歪めた東雲は、苛立ちと恐怖が混じり合ったような唸り声を発する。未だ抵抗しようと藻掻いていることは明白で、動作の制約を受けていない胴体だけが小刻みに動いていた。

「夜葉は既に久遠 アリスと化しているだろう。此処で私を屠ったところで、この国が迎える結末は何一つ変わらない」

 最後の一つ、心臓とリンクした霊魂が弱々しく揺蕩たゆたう。それは僅かに鼓動を刻んでおり、今にも消え入りそうな心音が発せられていた。

「それでも私達は最期まで抗います。明けない夜が無い事を……証明せねばなりませんから」

 切っ先を霊魂へと向ける夜羅。鋭利に研ぎ澄まされた刃が雨に濡れて不気味に煌めく。刃先から垂れた一滴の雨粒が、悲しき戦いの結末に嘆く涙のようだった。

「何か言い残すことは?」

「いずれお前達は死──」

 躊躇いの無い刺突。紡ぎ終える前に霊魂を突き刺した夜羅は狂った笑みを浮かべる。視覚化していた殺意は消失し、戦闘による消耗が一気に押し寄せた。

「聞く訳ないでしょう」

 左右にふらつきながら重心の定まらない足取りが続く。目的地は地下シェルターであり、弥夜の元へ向かうという本能だけが先走っていた。

「能書きの続きは……あの世で垂れていて下さい」

 前へと向く意識。だが、想い届かず崩れ落ちる。開いた傷口より垂れる赤が、色白の脚を伝って地へと落ちた。それでも夜羅は、痛みすら忘却して地を這う。生きるという約束を果たしたと伝える為に。

 稀崎 夜羅。

 酷使された身体は時間切れと言わんばかりに動きを止める。見渡しの悪い建物の柱へともたれ掛かった夜羅は、抗うことも叶わず静かに重い瞼を閉ざした。
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