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55.選んだ未来 3
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『決めたか』
赤い光が、アイリーンに問う。
『おまえの命が尽きる前に答えを出せ』
「……教えて、竜神。僕は本当に竜神の花嫁なの? 僕は、本当はあなたに嫁がなくちゃいけないの?」
『そうだ。おまえは、我が妻の魂を持つ者。そして竜族の行く末を決める者』
「あなたの妻の魂? 僕は……違う。僕は……ジェラルドの妻になるんだよ……」
アイリーンは首を振った。
『人の魂を転生させると記憶を失うが、核となる部分は私の妻のものだ。おまえが誰を選ぼうと勝手だが、妻の魂を核に持つ限り、おまえが竜族の誰かに選ばれることはない。おまえは私のつがいだからだ。だが妻を送り出して千年余り、妻は一度も私に会いに来なかった――約束だ、答えを聞こう』
「……なんのこと……?」
約束なんて覚えてないのに、答えを出せとは無茶すぎやしないか?
『妻と約束したのだ。我が子たちが私の力の助けなくして生きていけるようになるまで、私は子どもたちを見守ると。その判断を百年に一度生まれ変わる妻がすることになっていたのだ。そう約束した……だが今まで約束が果たされたことはない。私の声に応えたのはおまえだけだ、アイリーン』
我が子というのは竜族のことか。
竜の国の伝説では、確かに竜神は湖の底にいて竜族を見守っているということだった。
でもそれは、定期的に継続するかどうか、誰かが――竜神の花嫁が――決めなければならないものだったのか。
『私の加護は必要か?』
赤い双眸を持つ白銀の竜神が聞いてくる。
当然……と言いかけて、アイリーンはジェラルドに目をやった。
答えを出したら竜神はいなくなるかもしれない。その前に、ジェラルドを助ける方法を聞かなければ。
「僕の血で、ジェラルドを助けられる? 竜神の花嫁の血は、不老不死を与えると聞いているよ」
『そんな話は聞いたこともない。いくら私とて、世の理を捻じ曲げることは出来ぬ。だが、おまえを通じて私の力をすべて使えば、その者の命を救うことはできる』
「ジェラルドを助けて! お願い、なんでもするから! 僕にできることなら、なんでもするから……!」
アイリーンは叫んだ。
『それが答えか』
竜神が聞く。
アイリーンは頷いた。
『私の力をすべて使うということは、私の加護はすべて消えるということ。竜の国を守る力だけではなく、おまえたちの体に流れる私の血の力もすべて消える』
アイリーンは息を飲んだ。
国を守る力だけでなく、血の力もすべて消える?
もしそんなことになったら、竜の国は、竜族は、どうなってしまうの……?
アイリーンはジェラルドを見つめた。
顔は白く、呼吸をしているかどうかもわからない。おびただしい血が広がり、彼の命が尽きようとしているのは間違いない。
このまま彼を見捨てるの……?
――できない……。
アイリーンは涙に濡れた瞳を竜神に戻した。
「ジェラルドを助けて! 竜族は……加護がなくなってもすぐに死んだりしない。でもジェラルドはあなたの力がないと死んでしまう! それが叶うなら何もいらない。命だっていらない。僕の魂があなたの妻のものなら、あなたに僕の魂を返すから! だから、お願い……!」
『おまえは人を選ぶのだな』
竜神が確認するように問う。
アイリーンは頷いた。
『ではこれでお別れだ』
竜神の双眸がひときわ輝く。
アイリーンはその光に目を細めた。
『願いを込めて、その者に血の祝福を与えよ。その者がおまえの血に耐えられるのであれば、おまえの祝福を通じて、私の力を与える』
「血の祝福……?」
それは、ジェラルドにアイリーンの血を与えろということか。
竜族の血は竜族以外には猛毒。レティシアだって皇帝だって、アイリーンの血に毒されていく姿を見た。ジェラルドだけが特別なんて、あり得るの?
アイリーンはジェラルドに目をやった。
彼の指先は、肌の色をしている。黒くなっていない。ジェラルドの腕はアイリーンの血を浴びているにもかかわらず、だ。
アイリーンは痛む体を一生懸命に動かしてジェラルドのもとへ這っていくと、傷口に手をやり、自らの血を指先に塗った。それをそっと、蒼白になっているジェラルドの唇をこじ開けて口の中に入れる。
血に濡れた指先が、ジェラルドの舌に当たる。
嚥下する動きはない。
これでいいんだろうか。
わからない。
指先を離し、今度は自分の唇を押し当てる。かすかにぬくもりは残っているものの、唇はひんやりとしており、命の火が消えようとしているのがわかる。
――逝かないで。お願い。生きて……!
ぽう……と、アイリーンの中に、白い光が生まれる。
やがてその光はアイリーンからあふれ出し、アイリーンを、ジェラルドを包んだ。
そしてそのまま光は強さを増していき、煙が充満する謁見の間の前のエリアを白く染め上げていく。
赤い光が、アイリーンに問う。
『おまえの命が尽きる前に答えを出せ』
「……教えて、竜神。僕は本当に竜神の花嫁なの? 僕は、本当はあなたに嫁がなくちゃいけないの?」
『そうだ。おまえは、我が妻の魂を持つ者。そして竜族の行く末を決める者』
「あなたの妻の魂? 僕は……違う。僕は……ジェラルドの妻になるんだよ……」
アイリーンは首を振った。
『人の魂を転生させると記憶を失うが、核となる部分は私の妻のものだ。おまえが誰を選ぼうと勝手だが、妻の魂を核に持つ限り、おまえが竜族の誰かに選ばれることはない。おまえは私のつがいだからだ。だが妻を送り出して千年余り、妻は一度も私に会いに来なかった――約束だ、答えを聞こう』
「……なんのこと……?」
約束なんて覚えてないのに、答えを出せとは無茶すぎやしないか?
『妻と約束したのだ。我が子たちが私の力の助けなくして生きていけるようになるまで、私は子どもたちを見守ると。その判断を百年に一度生まれ変わる妻がすることになっていたのだ。そう約束した……だが今まで約束が果たされたことはない。私の声に応えたのはおまえだけだ、アイリーン』
我が子というのは竜族のことか。
竜の国の伝説では、確かに竜神は湖の底にいて竜族を見守っているということだった。
でもそれは、定期的に継続するかどうか、誰かが――竜神の花嫁が――決めなければならないものだったのか。
『私の加護は必要か?』
赤い双眸を持つ白銀の竜神が聞いてくる。
当然……と言いかけて、アイリーンはジェラルドに目をやった。
答えを出したら竜神はいなくなるかもしれない。その前に、ジェラルドを助ける方法を聞かなければ。
「僕の血で、ジェラルドを助けられる? 竜神の花嫁の血は、不老不死を与えると聞いているよ」
『そんな話は聞いたこともない。いくら私とて、世の理を捻じ曲げることは出来ぬ。だが、おまえを通じて私の力をすべて使えば、その者の命を救うことはできる』
「ジェラルドを助けて! お願い、なんでもするから! 僕にできることなら、なんでもするから……!」
アイリーンは叫んだ。
『それが答えか』
竜神が聞く。
アイリーンは頷いた。
『私の力をすべて使うということは、私の加護はすべて消えるということ。竜の国を守る力だけではなく、おまえたちの体に流れる私の血の力もすべて消える』
アイリーンは息を飲んだ。
国を守る力だけでなく、血の力もすべて消える?
もしそんなことになったら、竜の国は、竜族は、どうなってしまうの……?
アイリーンはジェラルドを見つめた。
顔は白く、呼吸をしているかどうかもわからない。おびただしい血が広がり、彼の命が尽きようとしているのは間違いない。
このまま彼を見捨てるの……?
――できない……。
アイリーンは涙に濡れた瞳を竜神に戻した。
「ジェラルドを助けて! 竜族は……加護がなくなってもすぐに死んだりしない。でもジェラルドはあなたの力がないと死んでしまう! それが叶うなら何もいらない。命だっていらない。僕の魂があなたの妻のものなら、あなたに僕の魂を返すから! だから、お願い……!」
『おまえは人を選ぶのだな』
竜神が確認するように問う。
アイリーンは頷いた。
『ではこれでお別れだ』
竜神の双眸がひときわ輝く。
アイリーンはその光に目を細めた。
『願いを込めて、その者に血の祝福を与えよ。その者がおまえの血に耐えられるのであれば、おまえの祝福を通じて、私の力を与える』
「血の祝福……?」
それは、ジェラルドにアイリーンの血を与えろということか。
竜族の血は竜族以外には猛毒。レティシアだって皇帝だって、アイリーンの血に毒されていく姿を見た。ジェラルドだけが特別なんて、あり得るの?
アイリーンはジェラルドに目をやった。
彼の指先は、肌の色をしている。黒くなっていない。ジェラルドの腕はアイリーンの血を浴びているにもかかわらず、だ。
アイリーンは痛む体を一生懸命に動かしてジェラルドのもとへ這っていくと、傷口に手をやり、自らの血を指先に塗った。それをそっと、蒼白になっているジェラルドの唇をこじ開けて口の中に入れる。
血に濡れた指先が、ジェラルドの舌に当たる。
嚥下する動きはない。
これでいいんだろうか。
わからない。
指先を離し、今度は自分の唇を押し当てる。かすかにぬくもりは残っているものの、唇はひんやりとしており、命の火が消えようとしているのがわかる。
――逝かないで。お願い。生きて……!
ぽう……と、アイリーンの中に、白い光が生まれる。
やがてその光はアイリーンからあふれ出し、アイリーンを、ジェラルドを包んだ。
そしてそのまま光は強さを増していき、煙が充満する謁見の間の前のエリアを白く染め上げていく。
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