黒衣の将軍と竜神の花嫁

ほづみ

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39.将軍は花嫁に囚われる 3

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「出来損ないだから、お飾りのまんまでいいんだ……僕は、ジェラルドに気を遣われる価値なんてないんだよ」
「アイリーン」

 ジェラルドが呼ぶ。アイリーンは俯いたままかぶりを振った。気まずくて彼を見ることができない。

「アイリーン」

 もう一度、ジェラルドが呼ぶ。絶対に顔は上げない。

「ひとつ聞くが、そなたがエルヴィラ猊下の代わりに陛下の側に上がることになったのは、その体が理由か? そなたの国は、体が幼いという理由でそなたを差し出すことにしたのか?」
「違うよ。これは自分で決めたこと」

 ジェラルドの問いかけに、アイリーンは俯いたまま答えた。

「なぜ、と聞いていいか」
「出来損ないの僕にでもできることだったからだよ。生まれてきた意味がほしかったんだ」
「なるほどな。……さっきも言ったが、俺はそなたを不気味だとも出来損ないだとも思ったことはない」
「今ならどうなの? 今なら、思うんじゃないの?」
「いいから聞け」

 ジェラルドが駄々をこねるアイリーンを遮る。

「初めて会った時、いきなり斬りかかってきたな。姉を守ろうととっさに動いたのがわかった。俺はその姿に衝撃を受けた」

「……僕たちの神聖な場所に土足で踏み込み、いきなり銃を突き付けてきたのはそっちだ。僕は謝らない」

「ああ、謝らなくていい。それだけのことをしたと今ならわかる。まあとにかく、あの時のそなたは動きがよかった。しなやかで迷いがなくて。一目で気に入った」

「……」

「だからそなたが女の子だとわかった時は、本当に驚いた。その上、国を離れられない姉の身代わりとして、たった一人で暁の帝国に来るという。こんな強くて美しい姫を皇帝に捧げることが我慢ならなかった」

「……は?」

 美しい? 何を言っているんだ、こいつは?
 アイリーンは泣いていたことを忘れ、思わず顔を上げてジェラルドを凝視した。ジェラルドの目元がほんの少し赤い。

「俺はそなたが言うところの『出来損ない』の姿しか知らないが、その姿に惚れ込んでそなたを娶ることにした。今すぐ首を切れという皇帝を説得するのは大変だった」
「……惚れ……?」

 今、何て?

「僕は、縁談避けのお飾り妻じゃないの?」
「なんでそうなるんだ? だいたい縁談を潰すのにお飾りの妻を用意するなんて面倒なこと、誰がするか。俺はアイリーンを気に入っているから娶ることにした。これ以外の理由はない。人質という立場だが、俺ならそなたを守ってやれるし、アイリーンが居心地いいと思う場所を作ってやれる。ああもちろん、この七日のことは謝るし、待遇は改善する」

 ジェラルドが手を伸ばし、アイリーンの頬に触れる。大きな指がスッと皮膚の上をすべる。涙のあとを拭ってくれたらしい。

「そういう思いやりは妻の役割を果たせる人に与えるべきだ。僕は、大人にはなれない」

 それどころか二十歳を過ぎたら、この世にすらいなくなる。

「それなんだが、どういうことなんだ? そなたの姉上は大人の女性に見えたが。姉上は大人になれて、そなたが大人になれない理由があるのか?」
「理由は、ある。……僕には、つがいがいないから」

 竜族の秘密は守るべきなのかもしれないが、ここまで心を砕いてくれているジェラルドに対し、さすがに嘘はつけない。アイリーンは、竜族の秘密を口にした。

「つがい?」

 案の定、ジェラルドが怪訝そうに聞き返す。

「竜族は、つがいが見つかって初めて大人になる。僕には、つがいがいない。だから体が子どものままなんだ」
「つがいとは、伴侶のことか?」

 ジェラルドが聞く。アイリーンは頷いた。

「俺がいる。俺ではなれないのか?」
「竜族同士じゃないとつがいになれない。僕は、本当だったら、とっくにつがいが見つかっている年齢なんだ。言っただろう、出来損ないだって。……僕は、誰にも必要とされてないんだよ」

 ああ、言ってしまった。
 アイリーンは項垂れた。女王の妹は事実だが、実際のところは出来損ないを押し付けられたのだと知ったら、どう思うだろう。ジェラルドの自分を見る目が変わるのが怖かった。
 一度は温かい眼差しを向けてくれた人から冷たい視線を向けられるのはつらい。知らない人たちに異民族というくくりで見下される方がまだましだ。

「だから、俺がいると言っているだろう」

 ジェラルドが静かに告げる。

「出来損ないと言う根拠は、子どもが生めないことか? 体つきが幼いことか? つがいが見つからないこと?」
「……全部だよ。全部」

 ジェラルドの問いに、アイリーンは沈んだ声音で答える。

「子どもに関してはどうすることもできない。だが体つきが幼いこととつがいが見つからないことに関しては、俺の力で解決できるな」
「……何言ってんの」

 竜族特有の体質のことだ、誰かに解決できるものではない。解決できることならこんなに悩まない。解決できるなんて言い切ったジェラルドに怒りを覚え、アイリーンは涙に濡れた藍色の瞳を向けた。

「俺は皇族だが、子どもを残さなくてはならない立場ではない。だから子どものことは考えなくてもいい。体に関しては」

 突然、ジェラルドがアイリーンの肩を押す。バランスを崩してアイリーンはベッドに仰向けに倒れ込んだ。その上からジェラルドがのしかかってくる。

「体に関しては、俺が問題ないと言えばなんの問題もない。俺以外に見せる機会なんてないんだからな」
「……っ!?」
「自信を持て、アイリーン。そなたは今のままでも十分美しい。エルヴィラ猊下にも負けない。出来損ないなんかじゃない」
「……っ、そんなわけが……!」
「証明してやろうか?」

 言い返そうとしたアイリーンを見下ろしながら、ジェラルドが言う。

「証明?」
「手っ取り早い方法がある」
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