5 / 8
05.私もここから、動けない
しおりを挟む
「……え?」
「僕が君を選んだんだよ。君に拒否権がないこともわかっていた。君に嫌われたくなくて、君のことは本当に大切にしてきたつもりだよ。君を悪く言う人間は片っ端から潰してまわったしね。……それでも君はずいぶんつらそうだった。見ていられなかった。このままだと君が壊れてしまうと思ったんだ。それは嫌われるよりもつらい。僕のわがままのせいで、君が壊れるようなことがあったらと思ったら怖くて」
ジョエルが自身の右手で顔を覆う。
ジョエルの告白に圧倒され、サラは何も考えられなかった。
ただ、ジョエルが苦しんでいるのはわかった。
それだけは痛いほど伝わってくる。
「僕が君の自由を奪っていたんだよな。思った通り、自由になった君はすごかった。びっくりしたよ。異国でバリバリ働いて、修復士となって戻ってきた」
僕が君の足かせになっていたんだね、と……呟く声が聞こえた気がして、サラは首を振った。
「違います。私が至らなかったから。私ではジョエル殿下に足りないと思ったから」
「今なら?」
ジョエルが手を外し、視線をこちらに向ける。
その強い視線に怯みそうになる。
「今……?」
「いや。いい。君は君の力で翼を得た。君の道を行きなさい。僕はここから動けない。……君の幸せを願っているよ、サラ」
諦めたように視線を外し、そう言って去ろうとするジョエルの腕を慌てて掴む。
ジョエルが驚いたように振り返る。
そうだ、自分はもうジョエルの婚約者でもなんでもないからこんなに気軽に触れてはいけないのだった。サラは大慌てで手を離した。
わかったことがある。
ジョエルはずっと自分の気持ちを抑えていた。
サラと同じように、ずっと、自分の気持ちを抑えていたのだ。
サラと同じように、相手に嫌われたくなくて。
五年前、きちんと話をしていればお互いの気持ちは通じ合っただろうか?
わからない。でも、五年前なら決定的に行き違っていたのではないかと思う。なぜならサラの心が今よりも頑なで、迷子になっていたから。ジョエルの言葉を素直に受け取れなかったと思うから。ジョエルの隣に立つ自信がなかったから。
今は?
自分に自信なんて、今も持っていない。
でも、あの頃よりは世の中を知ったぶん、冷静に自分の心を見下ろせる。
何よりゼロから踏み出した経験がある。
だから、今まで躊躇していたその一歩を踏み出せる。
私は五年前とは違う。
今ならジョエルと向き合える。
サラは目をあげてジョエルの青い瞳を見据えた。
「わ、私はこの国から正式な要請を受けて、ここへ来ました。王宮のギャラリーのすべての修復作業が終わるまで、私はここにいます。きっと、何年もかかる。全部終わるまで、ここにいます。私もここから、動けないんです。ジョエル殿下と一緒です」
しどろもどろと説明をする。自分でも何を言っているのかわからない。ジョエルが怪訝そうな顔をするのも当然だ。
「だから、もし、ジョエル殿下にその気があるのでしたら、私を直接雇ってください。今の私なら、絵画の修復もできるし、風景画も肖像画も描けます。それから、私もジョエル殿下の幸せを願っています。……それはもう、心から、本当に。初めてお会いした時から。婚約者になる前のお茶会に招かれた時から、ずっと」
「……」
「ずっと……私は、ジョエル殿下をお慕い申し上げておりました」
ジョエルが目を見開く。
さっきのサラと同じ。固まっているようだ。
「サラ」
ややあって、ジョエルがぎこちない動きで手を差し伸べてくる。
サラはその手に自分の手を差し出した。
引っ張られる。抱き締められる。
ああ、サラだ、本物だ……とジョエルが耳元で呟く。
「僕もずっと、サラのことが……」
「僕が君を選んだんだよ。君に拒否権がないこともわかっていた。君に嫌われたくなくて、君のことは本当に大切にしてきたつもりだよ。君を悪く言う人間は片っ端から潰してまわったしね。……それでも君はずいぶんつらそうだった。見ていられなかった。このままだと君が壊れてしまうと思ったんだ。それは嫌われるよりもつらい。僕のわがままのせいで、君が壊れるようなことがあったらと思ったら怖くて」
ジョエルが自身の右手で顔を覆う。
ジョエルの告白に圧倒され、サラは何も考えられなかった。
ただ、ジョエルが苦しんでいるのはわかった。
それだけは痛いほど伝わってくる。
「僕が君の自由を奪っていたんだよな。思った通り、自由になった君はすごかった。びっくりしたよ。異国でバリバリ働いて、修復士となって戻ってきた」
僕が君の足かせになっていたんだね、と……呟く声が聞こえた気がして、サラは首を振った。
「違います。私が至らなかったから。私ではジョエル殿下に足りないと思ったから」
「今なら?」
ジョエルが手を外し、視線をこちらに向ける。
その強い視線に怯みそうになる。
「今……?」
「いや。いい。君は君の力で翼を得た。君の道を行きなさい。僕はここから動けない。……君の幸せを願っているよ、サラ」
諦めたように視線を外し、そう言って去ろうとするジョエルの腕を慌てて掴む。
ジョエルが驚いたように振り返る。
そうだ、自分はもうジョエルの婚約者でもなんでもないからこんなに気軽に触れてはいけないのだった。サラは大慌てで手を離した。
わかったことがある。
ジョエルはずっと自分の気持ちを抑えていた。
サラと同じように、ずっと、自分の気持ちを抑えていたのだ。
サラと同じように、相手に嫌われたくなくて。
五年前、きちんと話をしていればお互いの気持ちは通じ合っただろうか?
わからない。でも、五年前なら決定的に行き違っていたのではないかと思う。なぜならサラの心が今よりも頑なで、迷子になっていたから。ジョエルの言葉を素直に受け取れなかったと思うから。ジョエルの隣に立つ自信がなかったから。
今は?
自分に自信なんて、今も持っていない。
でも、あの頃よりは世の中を知ったぶん、冷静に自分の心を見下ろせる。
何よりゼロから踏み出した経験がある。
だから、今まで躊躇していたその一歩を踏み出せる。
私は五年前とは違う。
今ならジョエルと向き合える。
サラは目をあげてジョエルの青い瞳を見据えた。
「わ、私はこの国から正式な要請を受けて、ここへ来ました。王宮のギャラリーのすべての修復作業が終わるまで、私はここにいます。きっと、何年もかかる。全部終わるまで、ここにいます。私もここから、動けないんです。ジョエル殿下と一緒です」
しどろもどろと説明をする。自分でも何を言っているのかわからない。ジョエルが怪訝そうな顔をするのも当然だ。
「だから、もし、ジョエル殿下にその気があるのでしたら、私を直接雇ってください。今の私なら、絵画の修復もできるし、風景画も肖像画も描けます。それから、私もジョエル殿下の幸せを願っています。……それはもう、心から、本当に。初めてお会いした時から。婚約者になる前のお茶会に招かれた時から、ずっと」
「……」
「ずっと……私は、ジョエル殿下をお慕い申し上げておりました」
ジョエルが目を見開く。
さっきのサラと同じ。固まっているようだ。
「サラ」
ややあって、ジョエルがぎこちない動きで手を差し伸べてくる。
サラはその手に自分の手を差し出した。
引っ張られる。抱き締められる。
ああ、サラだ、本物だ……とジョエルが耳元で呟く。
「僕もずっと、サラのことが……」
258
あなたにおすすめの小説
旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!
恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。
誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、
三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。
「キャ...ス...といっしょ?」
キャス……?
その名を知るはずのない我が子が、どうして?
胸騒ぎはやがて確信へと変わる。
夫が隠し続けていた“女の影”が、
じわりと家族の中に染み出していた。
だがそれは、いま目の前の裏切りではない。
学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。
その一夜の結果は、静かに、確実に、
フローレンスの家族を壊しはじめていた。
愛しているのに疑ってしまう。
信じたいのに、信じられない。
夫は嘘をつき続け、女は影のように
フローレンスの生活に忍び寄る。
──私は、この結婚を守れるの?
──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの?
秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。
真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
私達、婚約破棄しましょう
アリス
恋愛
余命宣告を受けたエニシダは最後は自由に生きようと婚約破棄をすることを決意する。
婚約者には愛する人がいる。
彼女との幸せを願い、エニシダは残りの人生は旅をしようと家を出る。
婚約者からも家族からも愛されない彼女は最後くらい好きに生きたかった。
だが、なぜか婚約者は彼女を追いかけ……
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
エレナは分かっていた
喜楽直人
恋愛
王太子の婚約者候補に選ばれた伯爵令嬢エレナ・ワトーは、届いた夜会の招待状を見てついに幼い恋に終わりを告げる日がきたのだと理解した。
本当は分かっていた。選ばれるのは自分ではないことくらい。エレナだって知っていた。それでも努力することをやめられなかったのだ。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる