短編まとめ

ちゃあき

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サキュバスのアリアドネ(恋愛R18)

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 某国の王を籠絡し一国を滅ぼした偉大なるサキュバス、アレキサンドリアとはわたしの母の名だ。

 兄姉たちも錚々たる実力者で、愚かなる人間たちを惑わし貶める事において、わが血族の右に出るものはない。
 その西洋絵画顔負けのグラマラスな肢体と、ハリウッドも真っ青な美しい顔貌に人間どもは簡単に狂って堕ちていくのだ。

 ……——そんな誇り高き一族の末の妹『アリアドネ』というのがわたしの名前だ。


□□□


「向いてないんじゃない?」

 金髪に青い瞳、Gカップの巨乳に170cmの長身の姉アンドレアが呆れた顔をして、すらりと伸びた長い脚を組み替えた。

「そうだよ、何も無理して人間を誘惑しなくたっていいんだからさ」

 兄のアルジャーノンは気遣わしげな顔をして、その切れ長の緑の瞳を細め、長くて綺麗な指先で頬を掻いた。

「うるさいっ」

 わたし、偉大なサキュバス・アレキサンドリアの末娘・アリアドネは拳を握って、アフタヌーンティーのテーブルをどすんと打つ。

 兄がカップを持ち上げて、姉は飛び上がったクッキーを片手でひょいっと摘んで赤い唇の中に放り込んだ。

「……そんな事言ったって仕方ないわよ。あんた自分の姿もう一回ちゃんと鏡に映して見てみなさいよ?」
「うう……」
「そんな言い方ないじゃない? 可愛いよ、リアだって」
「可愛くちゃダメでしょ!? 人間を誘惑して、ドログチャにして人生ギッタギタに狂わせてやらないといけないんだから!」
「ドログチャ……」
「可愛くちゃダメなのよ、サキュバスは……」

 エロくないと! と叫ぶように言う姉のセクシーな声が、魔界の庭に響き渡るのだった。


□□□


 自分の姿を、縁取りに美しい銀細工の蔦が絡まった姿見に映してみる。

 黒くてやや丸いタレ目に、少し跳ねた黒髪……身長147cm、胸もなければ尻もない痩せた身体。
 サキュバスっていうよりむし歯菌みたいだねと、地獄の小鬼にいわれてこの間すこし泣いた。

 傾国の大悪魔アレキサンドリアの娘。あの魔界一の美丈夫アンドレアと、憂いの貴公子と呼ばれるアルジャーノンの妹。
 他にも数多の美しき兄弟たちが、今日もどこかで愚かな人間たちの人生を狂わせている。

「なんでわたしだけ、こんな風なんだろう……」

 リアは痩せた細い肩を落とす。背中の小さな黒い羽も、短い矢印型の尾もうなだれて元気がない。


「……おい、リア! くよくよ悩んでねーで、まずは人間の一人や二人くらい誘惑してみたらどうなんだ」

 振り返ると不吉な黒猫のハノンがチェストの上で尻尾を揺らしていた。

「黒猫の言うことは聞くなってママが言ってた」
「いい子だなーお前。それでも淫魔の端くれか?」
「うう……」

 小鬼にも黒猫にまでバカにされて、偉大なサキュバスの娘としてのプライドはズタズタだった。

「行ってみればいいだろ、一度人間界に」
「え?」
「色んな人間がいると聞くぞ。誰もがボインな美女が好きってわけじゃないそうだよ。たとえば貧乳がいいとか、小さい方がいいとか……」
「ほんとか?」

 ああそうだとハノンは胸を張った。まだ疑わしかったが、もしそうなら自分にも愚かな人間の一人や二人くらいチョロいのかも知れない。

「行ってみようかな……」

 リアは独り言のように呟く。不吉な黒猫はニヤリと笑った。


□□□


「……人間界に行くって? 遊びに行くの?」
「ちっがうよぉ! 愚かな人間をドログチャにしにいくんだっ」
「行くんだって、あんたどうするつもりなの?」

 そのヒョロヒョロのつまようじみたいな身体で? と姉も兄さえも訝しい顔をした。

「ハノンが言ってた! 人間にも色んなやつがいて、ひ、ヒンニューとかが好きなやつもいるって」
「へぇ……へんな人だね」

 呆れた顔の兄姉を尻目に、リアはいきおい、人間界行きを決めた。







□□□

 リアははじめて一人で人間界にきていた。
 人間界は夜のようで、都会のネオンがキラキラ光る中を当てもなく小さな羽でフラフラと漂っていた。

(弱そうなやついないかな)

 モテなさそうで、いっそ性別♀ならなんでもいいというくらいのやつなら自分にもどうにかなるんじゃないか。
 若干卑屈になりながら、ビルとビルの間から活気のある繁華街を覗く。

 綺麗にメイクしたドレスの女性に見送られて、いかつい刈り上げの男がタクシーに乗り込んで行く。
 派手髪にピアス塗れの集団が、酒の瓶を持ったまま交差点を渡っていく。

(やばい、どいつもこいつもつよそうだ……)

 リアは自信がなくなってきた。……というか元々なかった自信が、さらに凹んできた。凹んでいるのは胸だけにしてほしいと思う。

「あれ、あいつ……」

 リアはふと、コンビニから出てきた男に目を止めた。
 目深に帽子をかぶって、人目を避ける様にフラフラと歩いていく。片手にはコンビニ袋を下げている。一人暮らしだろうか。

「あいつ、何だか冴えなそうだな」

 リアはしばらく思案して、そっとその男の跡をつけ始めた。


□□□


(あいつ、タワーに住んでるのか……?)

 それとも幽閉されている? いや、でもさっき勝手に出歩いていたし……。
 リアは男が入っていった建物を見ながら、またしばらく思案した。タワーは確かにタワーだ。魔界生まれの彼女にとっては全く馴染みがなかったが、男が入って行ったのはまごう事なき一等地にあるタワーマンションだった。

 透明なエレベーターが昇っていくのが見える。箱が止まって、しばらく見ていると同じ階の部屋にぱっと灯りがともった。

(あそこか)

 リアは空を切って、その部屋へ向かう。その部屋のベランダに。



 広いベランダの縁につかまって、カーテンの掛かった室内の様子をうかがう。

 間も無くコートを脱ぐ人影が映って、今帰宅した男の家に違いないようだった。

(窓……どうやって入ろう?)

 いっそノックでもしてみようかと思い、何となく横に引いてみると呆気なくそれが開いてしまった。勢いのまま、リアはカーテンを踊らせながら室内へと転がり込んでしまう。

「わっ……!?」
「……えっ?」

 明るい部屋のフローリングにころりと転がった。
 チューハイの缶を持った男が呆気に取られた顔をしてこちらを見ている。

 服装の雰囲気はさっきの男で間違いないようだ。でもその顔は予想と違い、ずいぶん若くて端正で、リアも呆気に取られた顔になる。

「嘘でしょ? 窓から入って来たの?」
「え……あの……」
「ガッツありすぎじゃない?」

 思ったより物怖じしない男だ。予想ではくたびれたオタクみたいなどうしようもない中年だと思っていた。缶をテーブルに置いて、リアの方へスタスタと歩み寄ってくる。リアは驚いて小さな羽で飛び上がって距離をとろうとした。

「え!? なにそれ、すご」
「え、ちょ、やめ……」

 男はおもむろにリアのしっぽを掴んだ。大胆なやつだ。よく見ると少し顔が赤い。この男、酔っ払っているようだ。

「きみ、僕のファンなの?」
「……ファン?? 何の?」
「知らないの!? 知らないで来たの? じゃあ泥棒か何かなの……?」
「えっ?」
「どうしてうちに来たの?」

 すっかり男のペースだったが、リアははっとした。そうだ、わたしは人間の男を誘惑して人生ドログチャにするためにきたのだ。




「き、聞けよ! 聞いて驚けよ!」
「聞いてあげるけど、驚くかは聞くまでわからないよ」
「うん……?」

 リアはたじろいだ。でも、ここで怖気付いては崇高なるサキュバスの娘の名がすたる。くすぐったいから尻尾をはなしてほしいとも言えないまま、勇気を振り絞って男の目を見た。

「わ、私は偉大なサキュバスアレキサンドリアの末娘アリアドネだっ。人間の男を誘惑するために人間界に降りてきたのだ」
「へぇ……?」

 先ほどから今ひとつテンションが噛み合わない。リアはめげそうになる心を懸命に奮い立たせた。

「……し、しっぽがっ、くすぐったいから、はなしてっ!」
「あ、ごめんね。ねぇサキュバスってなに?」
「知らないの!? 淫魔だよ! い・ん・ま!」
「え? やっぱりそのサキュバスなの? きみが……?」

 男は必死なリアの何倍も気安く瞳の奥を覗いてくる。人間の男はみんなこうなのだろうか? じゃあやっぱり、自分なんかに誘惑は到底無理な話だ。

「そうだよ!」
「サキュバスってもっとボンキュッボンでアンジェリーナジョリーみたいな顔とかしてないの?」
「…………」
「ごめん、泣かないでよ」

 謝られてよけいみじめな気分になった。どうせボンキュッボンでもなければ、アンジェリーナジョリーでもない。平べったい素朴な147cmだ。

「かわいそう。ごめんね。何歳なの? どこから来たの?」
「ひゃ……157さい……まかいからきた」
「結構大人だな」

 へんなゆめ、と男がつぶやく。夢じゃないと言ってやりたかったけど、涙が邪魔して言えなかった。
人間の男は今度はしっぽではなく、リアの腕を掴んで引き寄せた。

「よしよし」
「ううぅ……」

 そのまま腕に抱き上げられて撫でられる。いたわしそうな表情が余計気にさわる。

「とりあえず立ってるの疲れたから、座ろ。ジュースいる?」

 男はソファにリアを持ったまま腰掛けて、コンビニ袋から缶ジュースを出して、手近なハサミでタブを開けて渡してくれた。

「アリアドネって名前なの?」
「うん」
「そうなんだ。僕は小田島おだじま 青衣あおいっていうんだよ」
「おだじまあおい?」
「うん……本当に僕の事知らないんだな」
「おだじまあおいは有名なの?」
青衣あおいって呼んで。う~ん、まぁ、知ってる人は知ってるかなぁ」
「へぇ」

 リアはジュースの缶に口をつける。おいしい?と聞かれたので、素直にうなずく。
 この状況からどうやって盛り返せばいいのかリアはさっそく分からなくなった。そもそも誘惑などはじめての経験なのだ。だっこされてジュースを飲みながら撫でられている時点で、何もかも詰んでいる気がする。

「で、何だっけ。誘惑しに来たの?」
「そうそう!」

 思いがけず好ましい方向に転がり、リアは目を輝かせる。青衣は心なしか苦笑い気味だ。

「誘惑してどうするの?」
「ドログチャにする!」
「……え!? あ、あはは!」

 青衣は心底おかしそうだった。馬鹿にされた気がして、リアは不機嫌になる。

「なんだよ! 何がおかしいんだよ!」
「……ご、ごめん。だってドログチャって……」
「なめるなよ! サキュバスを」
「あはははは」

 ついに腹を抱えて笑い出してしまった。
 リアはカッとなってジュースの缶をローテーブルに置いて、両手で青衣の肩を掴み、その目の奥をじっとにらんだ。

「めにものみせてやる」
「……ドログチャってなに?」
「え?」
「だから、ドログチャってどういう意味なの?」
「ど、ドロドロの……グチャグチャみたいな……?」
「ふーん、何が?」
「へっ?」

 リアが肩を掴むのと同じくらい強く、青衣がリアの背中を抱いた。リアは考えた、そういえば何をどうすれば人間の男がドロドロのグチャグチャになるのだろうと。






 そもそもドロドロのグチャグチャとはなんだろう。

「え、えーと……」
「どうやってドログチャにしてくれるの?」
「え……」

 ねぇ、と青衣が瞳の奥を見つめて笑った。よく見ればアリアドネの姉や兄にも似て、綺麗な顔をした人間の男だった。
 細められた瞳の奥に奇妙な色めきを感じて、居心地が悪くてリアは腕から抜け出そうとする。

 しかし、もがいても器用な腕が追い縋ってきてそこから抜け出せない。青衣は先程までの無邪気そうな顔をすこしかげらせて、リアの背中の羽に触れた。

「ひゃ……!?」
「すごい、本物なの? 動いてるよね」
「そ、そりゃ……」
「生えてるの? 生まれた時から?」
「え? うん、んんん……」

 青衣は興味深げに羽を開いたり伸ばしたり、指の腹で手触りを確かめたり好きにしている。そんな所触られる事は滅多にないからリアも困惑してしまう。

「しっぽも?」
「……あ……!」

 さっき無遠慮に掴んだ尾を、うってかわって今度は優しく撫でられる。そのまま先端までたどって、尖った切先をつままれ身体がぶるりと震えた。

「あ、青衣……ちょっ……」
「なに? 好き? 触られるの」
「え!? そんな訳……」
「サキュバスなんだよね? じゃ、当然そういう事しに来たんじゃないの」

 青衣はおもむろに、そっとリアのオフショルワンピースの肩を下ろす。平たい胸に、薄いブルーのレースにピンクのリボンがついた下着が見えた。

「可愛い、下着」
「……そういうの着てきた」
「え?」
「誘惑しようと思ったから」
「わざと可愛い下着を着てきたって事?」
「……そう」

 普通の女子じゃんと青衣は笑った。思いつく限りの努力をしたのだ。リアは少しむくれる。

「ごめん……じゃ、下もいっしょ?」
「え……」
「見して」

 青衣はワンピースを下まで下ろして、リアの脚を抜いてソファの足元に落とした。
 パンツもブラジャーと同じく、ブルーのレースにピンクのリボンの可愛いデザインだった。

「サキュバスってもっと、ドぎついティーバックの紐パンとか履いてるんだと思ってた」

 青衣がリアをじろじろ見ながら感慨深げに言った。確かに姉のアンドレアはそういう下着ばかり着ている。リアだってそういう下着がセクシーな事はわかっていた。ただ、幼児体型のリアにはサイズがなかっただけだ。
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