夏の魔物

たんぽぽ。

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夏の魔物

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 女は立ち上がった。

 年甲斐も無く、アルプスの少女ハイジのようなシンプルな白いワンピースを着ている。膝丈で、おそらく綿100パーセント。

 それから腕を広げて、裸足の右つま先で時計回りに一回転した。頭に載せた花冠が落ちないくらい、上手い事回った。

 スカートの裾がふわりと浮いた。部屋の壁に映る家具や、掛けっぱなしの洗濯物の影達もふわりと揺らめく。回転の停止と共に上体を傾けて、私を見てニカッと笑った。最強の笑顔だった。

 ぶりっ子! 叫びたくても叫べない。

 笑ったまま女が何かを言った。声は聞こえなかったけれど、ゆっっくりとして大きい口の動きから「大丈夫」と言ったのが分かった。

 状況的には全然大丈夫じゃなく、しかもその原因は「大丈夫」と言っている本人にあるのだけれど。

 女は今度はベランダの方を向き、クラウチングスタートの構えをした。腰を上げ、掃き出し窓の方へダッシュ。狭い部屋なのですぐ窓に到達し、当然のように窓をすり抜けた。逆に正規の手順を経て、つまり窓を解錠して外に出る方が不自然な感じで。

 そこでようやく呪いが解けたみたいに身体の自由がきくようになったので、裸のまま起き上がって急いで窓を開けた。生温い風と大通りの喧騒がなだれ込んでくる。

 女はベランダの手摺てすりによじ登っているところで、それから躊躇ためらいもせずに飛び降りた。手摺は貫通しないらしい。

 手摺に駆け寄って下を見る。ここは3階だ。でも彼女は何の問題もなく両足で上手に着地したのが、街灯と彼女自身の発する明かりで何とかわかった。下から見るとパンツ丸見えだろうけど、幸い周囲に人影はない。いや、そういう問題じゃない。

 ベランダはごちゃごちゃした路地裏に面していて、向かいは別のアパートの壁だ。

 女は狭い路地裏を大通りの方へ裸足で駆けていき、すぐに見えなくなった。重そうな翼を背負っているにも関わらず、軽やかな足取りで。月明かりに照らされていたりなんかすると絵になるのだろうけど、建物に切り取られまくった夜空は街の灯りのせいで星一つ見えない。

 羽が有るのに飛ばんのかい、と力なく突っ込み、ふらふらと部屋に戻る。さっき女が座っていた畳に同じようにぺたんと座ってみた。

 あれは何だったのだろう。夢ではない。金縛りが解けた後でも彼女は消えなかった。私自身か私そっくりの何か?

 女のように目を閉じて少しうつむいてみた。私は彼女とは違う、あんなあっけらかんとした笑い方は出来ない、あれは私自身ではない。そもそもあんなぶりっ子じゃない。

 唐突に怖くなった。取り返しのつかない事をしてしまった、逃げられた。私は彼女を全力で、羽交い締めにして捕まえて、牢屋にでもぶち込んで一生閉じ込めておくべきだったのだ。そんな気がして今度は泣けてきた。すっかり情緒不安定だ。

 布団に潜り込んで吉岡君にしがみついて声を上げて泣いた。彼はやっと起きて、眠そうにしながらも「怖い夢でも見たんですか」と背中や髪を撫でてくれた。

 この人が居てくれて本当に良かった、私はこの世の終わりみたいにビービー泣き続けた。



 翌朝ベランダにクローバーの花冠が落ちているのを見つけた。それを頭に載せて鏡を見たら、全然似合っていなかった。赤い目の仏頂面の女が映っていた。

 昨晩の出来事は誰にも言うまいと決めた。

 吉岡君にも。
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