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102年後
鳥模様の櫛
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◆
戴冠式を終え、国民は新しい王の誕生に大いに湧いた。
王となったアレックと並んで城の上から手を振り、オーロラもほぼ新たな妃として、皆に知らしめられた。
続けざまの祝い事や新しい公務でアレックの日々は多忙であった。
アレックはオーロラが歩き回るのを嫌った。
『特に弟には会わないようにね』
朝食の席で、改めてアレックに言われたオーロラは不思議そうに首を傾げた。
『弟王子様に? なぜ?』
アレックは口許だけで笑顔を作りながらも、理由を言わなかった。
……オーロラは再び口をつぐんだ。
『良い子だね。 夜はちゃんと寝室に戻るから、待っておいで』
テーブルを立ち、オーロラの額にキスを落としたアレックが公務へと出掛けていく。
そんな今朝のやり取りを頭に浮かべながら、朝食の帰りに、オーロラは移動のために廊下を歩いていた。
(弟王子様、というと。 なんとなく怖そうな、背の高い……あ、でも多分、王子…いえ、今は国王と同じぐらいね)
クロードとは最初に家族を引き合わせる時に目にして、軽く挨拶を交わしただけだ。
戴冠式の際も、クロードは形だけ出席したかのように控え目な様子だった。
無口な弟王子をオーロラが俯いて思い出していると、曲がり角からやってきた人物に勢いよくぶつかった。
「きゃあっ…!!」
「……ぶねえな。 前みろ前」
後ろにコケて尻もちをついたオーロラに、クロードは無遠慮に口を開いた。
この人が、うん。 弟王子様。 やっぱり怖いわ。 オーロラは心の中で頷いた。
ついでに頭ごなしに注意され、かちんときたオーロラは内心思った。
(髪なんか、鴉の濡れ羽みたいに不吉だし)
率直にクロードに言ってみる。
「ごめんなさい。 でも、城内でそんなに早く歩く貴方も悪いと思う」
「へえ? そりゃ、悪かったな」
クロードの視線はオーロラの背後に向かっていた。
オーロラは少しの間、当然のマナーとして、クロードが手を差し出してくれるのを待っていた。
ところが、クロードは廊下に座り込んでいるオーロラをそのまま通り過ぎた。
「あの、ちょっと……」
クロードを振り返ると、彼はぶつかった際に、オーロラが落とした櫛を拾ってくれている所だった。
それで、オーロラの顔がぱあっと明るく輝いた。
実はクロードは親切な人で、兄のことを良く言われるのは彼にとって嬉しいだろう。 単純にオーロラは思い、弾んだ声を出した。
「あ、ありがとう! その櫛は、とても大切なものなの。 お兄さんが私に」
それを手にしてじっと眺めていたクロードがぽつりと言う。
「欠けてる」
「えっ!??」
オーロラが驚いて立ち上がり、クロードの手元を覗き込もうとした途端。
「落ちた拍子にかな。 ふん、鳥? あんたにゃこんな安物、似合わねえ」
馬鹿にしたような口ぶりで言ったクロードが二本の指で櫛を挟んだ。
パキッ……
「っ!??」
オーロラは一瞬、何が起こったのか分からなかった。
カラン、カラン、と軽い音を立て、廊下に落ちた櫛は、縦に真っ二つに割れている。
「……もっと良いモン買ってもらえ」
オーロラの顔を見ようともせずクロードは背中を向けた。
(大切だって、確かに言ったのに)
「ど、どうして……?」
オーロラは唖然として櫛とクロードを交互に見詰めた。
壊されてしまった大切な、王子様からの初めてのプレゼント。
オーロラが城に来てから今まで、こんな風に接してきた人間はいなかった。
そもそも自分がクロードに何をしたというんだろう。
理不尽だと思う感情が湧いてきて、オーロラは物も言わず立ち去ろうとするクロードの後ろ姿に大声をぶつけた。
「わ、私! 貴方なんて、大嫌い!!」
「こっちこそ……生意気な女は趣味じゃない」
クロードは振り向くことなく大股でその場を去っていった。
取り残されたオーロラは、怒りと悲しみで震えながら立ち竦んでいた。
◆
日が暮れて夜更けも大分過ぎた頃。
公務を終えたアレックはやっとオーロラの寝室を訪ねることができた。
「うっ…う…うえっ…」
寝室の、声がした一角に入ると、衝立の影にあるソファーに突っ伏したオーロラは、珍しく泣いていた。
(こんなオーロラは初めてだ)
妻を慰めるのも善き夫の務めだな。 アレックは珍しく謙虚な気持ちになり、傍に座ってオーロラの頭を撫でながら聞いたのだった。
「どうしたの? 何があったのかな」
ところがどれだけ経っても、オーロラはその理由を話そうとせず泣くばかりだ。
16歳からほぼ眠っていたオーロラは、歳の割に幼く、対して、十近く歳上のアレックはオーロラにうんざりしてきた。
「オーロラ、俺は公務で疲れてるんだよ。 これから国を支える母堂がそんなことじゃいけないね」
少しきつい口調で諭したところ、オーロラがしゃくりあげながら口を開いた。
「だって私。 く、櫛を……う、壊し…て」
「櫛?」
アレックが訝しげに聞き返した。
顔を上げたオーロラが、慌てて体を起こし言葉を重ねる。
「あっ。 もちろん、わ、わざと…じゃ」
「ああ、あの蝶々のやつね。 それなら明日行商を呼ぼうか。 新しい物を買えばいい」
アレックは何だそんなこと、とでも言いたげに軽く微笑みを返した。
「……」
目に涙を溜めたまま、オーロラがじいっとアレックを見詰める。
「どうしたの、そんなことで俺が怒るとでも?」
「…い、っえ……でも」
どこか戸惑った様子のオーロラが視線を下に向ける。
「おいで」
腕を伸ばしたアレックがオーロラの肩を抱き寄せて身体を包んだ。
戴冠式を終え、国民は新しい王の誕生に大いに湧いた。
王となったアレックと並んで城の上から手を振り、オーロラもほぼ新たな妃として、皆に知らしめられた。
続けざまの祝い事や新しい公務でアレックの日々は多忙であった。
アレックはオーロラが歩き回るのを嫌った。
『特に弟には会わないようにね』
朝食の席で、改めてアレックに言われたオーロラは不思議そうに首を傾げた。
『弟王子様に? なぜ?』
アレックは口許だけで笑顔を作りながらも、理由を言わなかった。
……オーロラは再び口をつぐんだ。
『良い子だね。 夜はちゃんと寝室に戻るから、待っておいで』
テーブルを立ち、オーロラの額にキスを落としたアレックが公務へと出掛けていく。
そんな今朝のやり取りを頭に浮かべながら、朝食の帰りに、オーロラは移動のために廊下を歩いていた。
(弟王子様、というと。 なんとなく怖そうな、背の高い……あ、でも多分、王子…いえ、今は国王と同じぐらいね)
クロードとは最初に家族を引き合わせる時に目にして、軽く挨拶を交わしただけだ。
戴冠式の際も、クロードは形だけ出席したかのように控え目な様子だった。
無口な弟王子をオーロラが俯いて思い出していると、曲がり角からやってきた人物に勢いよくぶつかった。
「きゃあっ…!!」
「……ぶねえな。 前みろ前」
後ろにコケて尻もちをついたオーロラに、クロードは無遠慮に口を開いた。
この人が、うん。 弟王子様。 やっぱり怖いわ。 オーロラは心の中で頷いた。
ついでに頭ごなしに注意され、かちんときたオーロラは内心思った。
(髪なんか、鴉の濡れ羽みたいに不吉だし)
率直にクロードに言ってみる。
「ごめんなさい。 でも、城内でそんなに早く歩く貴方も悪いと思う」
「へえ? そりゃ、悪かったな」
クロードの視線はオーロラの背後に向かっていた。
オーロラは少しの間、当然のマナーとして、クロードが手を差し出してくれるのを待っていた。
ところが、クロードは廊下に座り込んでいるオーロラをそのまま通り過ぎた。
「あの、ちょっと……」
クロードを振り返ると、彼はぶつかった際に、オーロラが落とした櫛を拾ってくれている所だった。
それで、オーロラの顔がぱあっと明るく輝いた。
実はクロードは親切な人で、兄のことを良く言われるのは彼にとって嬉しいだろう。 単純にオーロラは思い、弾んだ声を出した。
「あ、ありがとう! その櫛は、とても大切なものなの。 お兄さんが私に」
それを手にしてじっと眺めていたクロードがぽつりと言う。
「欠けてる」
「えっ!??」
オーロラが驚いて立ち上がり、クロードの手元を覗き込もうとした途端。
「落ちた拍子にかな。 ふん、鳥? あんたにゃこんな安物、似合わねえ」
馬鹿にしたような口ぶりで言ったクロードが二本の指で櫛を挟んだ。
パキッ……
「っ!??」
オーロラは一瞬、何が起こったのか分からなかった。
カラン、カラン、と軽い音を立て、廊下に落ちた櫛は、縦に真っ二つに割れている。
「……もっと良いモン買ってもらえ」
オーロラの顔を見ようともせずクロードは背中を向けた。
(大切だって、確かに言ったのに)
「ど、どうして……?」
オーロラは唖然として櫛とクロードを交互に見詰めた。
壊されてしまった大切な、王子様からの初めてのプレゼント。
オーロラが城に来てから今まで、こんな風に接してきた人間はいなかった。
そもそも自分がクロードに何をしたというんだろう。
理不尽だと思う感情が湧いてきて、オーロラは物も言わず立ち去ろうとするクロードの後ろ姿に大声をぶつけた。
「わ、私! 貴方なんて、大嫌い!!」
「こっちこそ……生意気な女は趣味じゃない」
クロードは振り向くことなく大股でその場を去っていった。
取り残されたオーロラは、怒りと悲しみで震えながら立ち竦んでいた。
◆
日が暮れて夜更けも大分過ぎた頃。
公務を終えたアレックはやっとオーロラの寝室を訪ねることができた。
「うっ…う…うえっ…」
寝室の、声がした一角に入ると、衝立の影にあるソファーに突っ伏したオーロラは、珍しく泣いていた。
(こんなオーロラは初めてだ)
妻を慰めるのも善き夫の務めだな。 アレックは珍しく謙虚な気持ちになり、傍に座ってオーロラの頭を撫でながら聞いたのだった。
「どうしたの? 何があったのかな」
ところがどれだけ経っても、オーロラはその理由を話そうとせず泣くばかりだ。
16歳からほぼ眠っていたオーロラは、歳の割に幼く、対して、十近く歳上のアレックはオーロラにうんざりしてきた。
「オーロラ、俺は公務で疲れてるんだよ。 これから国を支える母堂がそんなことじゃいけないね」
少しきつい口調で諭したところ、オーロラがしゃくりあげながら口を開いた。
「だって私。 く、櫛を……う、壊し…て」
「櫛?」
アレックが訝しげに聞き返した。
顔を上げたオーロラが、慌てて体を起こし言葉を重ねる。
「あっ。 もちろん、わ、わざと…じゃ」
「ああ、あの蝶々のやつね。 それなら明日行商を呼ぼうか。 新しい物を買えばいい」
アレックは何だそんなこと、とでも言いたげに軽く微笑みを返した。
「……」
目に涙を溜めたまま、オーロラがじいっとアレックを見詰める。
「どうしたの、そんなことで俺が怒るとでも?」
「…い、っえ……でも」
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「おいで」
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