朝凪の口付け

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朝凪の口付け

3話

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目の前の海が雨降りのガラスみたいに滲む。
呆れたようなため息が聞こえ、後ろでタクマさんがごろりと横になる気配がした。

「……いいって言って…」

「オマエさあ、泣く位なら来んなって。だれも強制してねえよ」

迷惑がられている、それ位は分かる。
勝手にこっちのペースで答えを要求して。

けれど私だって初恋から今まで片思いを通してきた。
段々とここに来れなくなる。そして私はもう子供じゃない。

ここで引いたらもう、いつまで待てばいいのか分からない。

……これも私の身勝手だけど! 決死の覚悟で振り向いて、寝転んでいる彼の両端の砂の上に手を付く。

「泣いてないし!」

「なに…? いきなり襲うな」

「襲いたいよ。 もし、私が男だったら既成事実作るのに」

彼の口元から余裕そうな表情が消えた。 
普段から滅多に動揺しないタクマさんが呆気に取られて私を見ている。

「上手くやれる自信なんてないし…よく分かんない」

「やれるって……っ待て」

彼が着ているTシャツの裾から中に手を滑らせると、驚いたように手首を掴まれた。
そしたら当然、私の力じゃそれを強行するのは無理なわけで。

「っん、ぐぅ…」

「……と、とにかく落ち着け、綾乃。それにオマエめちゃくちゃ泣い」

「泣い、て、ない」

ここまで来たらこうなったら。
彼のがダメなら私の服。前開きのパーカーのファスナーを一気に下ろす。
恥ずかしいなんて、そんなの構ってられない。
ついでにブラのホックも外し……掛けると、またその腕を掴まれる。

「……っ離」

「こんなとこで脱ぐなって。 捕まるから」

「いい、別に」

「いや捕まんのはオレだから」

そんな風に言い合ってると、腕を取られた時に爪で弾いてしまったのか。
背中の圧迫感が無くなってブラが外れ、私が馬乗りになっている彼の目の前でぽろんと胸が揺れた。

「…………」

それを見る、タクマさん。

それを見ているタクマさんを見る私。

「……女っぽくなったのは……分かったから。舐めたくなるから服着ろ」

し、死ぬほど恥ずかしい。

……けど、そうなるなら願ったりじゃないの? 
無理に目を逸らしているタクマさんを見ていると、なぜか私の方に妙な余裕が出てきた。

「いい、よ……舐めて」

「オマエな」

「じゃ、傍においてくれる?」

「じゃじゃねー……って、今度は脅迫か」

そう言った彼が横を向いたまま吹き出した。

「…っふ……やべー、なんだこれ」

「……タクマさん」

またそうやって何にも無かった事にされるの?  私、こんなに頑張って色々してるのに。
再び涙目になっている私に気付いたタクマさんが、決まりが悪そうに浮かんでいた笑いを消した。

「……とりあえず」

「ぅぷ」

彼が私の両手首を上に引き、そうされると私の顔から彼の胸に倒れ込む形になった。

「……はー……やっと落ち着いて話せる」

「………」

身動ぎしようとすると彼の腕が私の背中に周り、羽交い締められたので、動けなくなった。

「綾乃…オマエさ、必死っぽいのは分かったけど。 オレと十五も離れてんのは分かってんの」

「……?うん」

「分かって無いだろ? そっちがオレの歳んなったら、こっちはタダのハゲたおっさんだから」

「……?うん」

タクマさんはハゲても素敵だと思う。むしろそれでサングラスとかかけて欲しい。

「毎年フラっとやって来て好き好きいうけど18歳以下に手出すとかありえねーし」

「……そうだっけ」

そういえば法律上はそうなんだった。
こうみえてタクマさんは役所勤めであり、真面目な人でもある。

「大学行ったらどうせすぐ彼氏作んだろって思ってたし、向こうで就職したらしたでまた環境変わって出来んだろとか」

「いやそれはありえないよ?」

何年片思いしてると思ってるの。

「知らねーって。  いつ来るかも分かんねえのに待つ方の身にもなれよガキ」

「ガキじゃない」

「そこ?  ……んなの分かってるわ」

少し体勢をずらされ、お腹の下辺りに何だか硬いものが当たってるのが分かった……これって。 私の顔がぼっと火照る。

「ロリコンじゃねえからな。  オレは」

そんなよく分からない事を呟いている。

「……タクマさん」

「ん?」

「恥ずかしいのですけど」

もう日の出も過ぎて辺りは明るい。そして私は上半身裸というのが今更ながらにじわじわくる。

「………」

彼が手を伸ばして私が脱いだ上着を取り、それで私の背中をくるんでからまた羽交い締めにした。
着るために離してはくれないのだろうか。

「……あの」

「なに」

「こっちで就職していい?」

「……オマエ、今まで何聞いてた?」

「いい?」

「いー、けど。 連絡先教えろよいい加減」

「ホント!?」

「っだから、起き上がるなってば!」

「ッむぐ!」

「……たく」

こういってはなんだけど、タクマさんって大抵は不機嫌そうだ。
なのでそれが彼の平常運転だとすると、今は実は機嫌がいい方なのだと、彼を長年見てきた私には分かる。

「あと、何で毎年来んの夏だけなワケ?」

「!! いいの? 夏以外にも来て」

「つか、遊びじゃないんなら来いって。 ……そう思うだろが、フツー」

そうなの? また体を起こそうとすると、彼の腕に力が入りそれを阻止された。

「……大人しくしばらく抱き締められてろ」

抱き……?

あ、そういえばこれ、そうだ。初めて男の人に、タクマさんにぎゅってされた。
スゴく、もの凄い嬉しい。

「……好き」

彼は何も言わなかったけど、指先が優しく髪を梳き始める。

とくん…とくん……とくん…。


ザザ……ン────……


波とタクマさんの心臓の音が聴こえる。
こうやって身を預けているとまるで海原に抱かれてるみたいだなんて、そんなことを思う。

「気持ちいい」

「そう」

「こんど私もぎゅってしたげる」

一瞬波音が止まり辺りにしん、とした静寂が訪れる。

小さい頃はこれが何か分からなくって、怖がる私にタクマさんはこんな風に頭を撫でてくれた。


『綾乃……また、んなベソかきやがって。こりゃただの────』


「あ、ねえタクマさん。 これ」

「十八なら、セーフだよな」

「────……」

両頬を手で挟まれたかと思うと、あの隙の無い寝顔が迫ってきてぱく、と唇を覆うみたいに食べられ頭が真っ白になる。

「……今はこれで我慢しとく」

二年前はそっちからしようとした癖に。 固まった私にそう囁いてきて、もう彼の声以外、私の耳には何も入らなくなった。


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