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第三章 アレキサンドライト領にて
71、馬車は続くよどこまでも1
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貴族学院に入学後、初めての休日。よく晴れた日の午前だった。
ジョージは同僚のリタと並んで学院の正門の前に立っていた。
今日は学院のクラスメイトでもあり、仕えるべき主人でもあるオリビアが、婚約者(予定)の領地へ招待されている日だった。彼女は先ほどからずっと緊張の面持ちで迎えの馬車を待っている。
「お嬢様、親元を離れた途端にお泊まりデートですか? 破廉恥ですねえ」
こういうときは、からかうのが一番。そうするとオリビアが怒りで緊張を解くのをジョージは知っていた。
わざとニヤリと笑ってみせると、彼女は不愉快そうに眉を寄せ、こちらを見上げる。いつもそうだった。その度に手入れの行き届いた美しい銀髪がふわりと揺れる。
「人聞きが悪いわね! それにあちらのご家族がいるじゃない、何も破廉恥なことはありません!」
「朝からオリビア様に下品な言葉をかけるな、クソジョージ」
予想通りのオリビアの返事と、セットで同僚の辛辣な一言がくっついてくる。
侍女のリタはおそらく異国の出身で女性にしては背が高く、褐色の肌にウェーブのかかった艶やかな黒髪が特徴だ。
彼女はジョージがいない時でもオリビアを守れるようにと、格闘技も心得ている。なので言い返す時のさじ加減に注意が必要だ。
「朝から小言はやめろよなあ。そんなんだと、後でエルの店に顔出してお前のガサツさを愚痴っちゃいそうだな~」
「なんだと! そんなことしたら絶対に許さないからな!」
「こら! ふたりとも、朝から揉めないでちょうだい!」
どうやら少しさじ加減を間違えたようだ。ジョージは自分めがけて拳を打ち込んできそうになっているリタの腕を軽く捌く。オリビアが必死になって止めようと間に入ってきた。
ちょうどそのとき、門の前に馬車が停まった。華美になりすぎない程度の装飾と身なりのきちんとした御者から、馬車が貴族のものなのは一目瞭然だった。
「パーティー以来だね、オリビア嬢。元気そうでよかった……リタとジョージも」
馬車のドアが開き出てきたのは、主人の待ち人、リアム・アレキサンドライトだった。彼はまず自分の婚約者でもあるオリビアを見つめ、目を細めた。そして、その従者たちにも気遣い挨拶をした。
途端にオリビアが顔を真っ赤にして頭を下げたため、ジョージもリタと共にしっかりと頭を下げる。
「お、お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません!」
「みんな、頭を上げてくれ。私に気を使うことはないよ」
「で、ですが……」
ジョージは頭を下げたまま横目でオリビアの様子を窺う。彼女は引き続き真っ赤な顔で眉を下げ、困ったように言葉を詰まらせている。
すると、リアムの声が頭上で響いた。その声色はとても優しく、彼がにっこりと微笑んでいるのが容易に想像できた。
「兄弟のようにじゃれあっている君たちを見るのは楽しい。いつか私も混ざりたいくらいだ」
「まあ、リアム様ったら」
「本心だ。さあ行こうか」
「はい!」
オリビアとリアムが一通りいちゃつき終えたところで、ジョージはそっと頭を上げた。隣に立っていたリタも同じタイミングで頭を上げており、無表情なジョージとは対照的に彼女は主人に温かい眼差しを送っていた。
その後、オリビアとリタが馬車に乗り込んだ。オリビアにはリアムのエスコート付きだ。
「さあ、気をつけて。オリビア嬢」
「ありがとうございます、リアム様」
リアムが乗り込む前に、馬車の前に立つジョージの正面に立った。
こうして近い距離で彼と対峙するのは初めてだった。子供の頃より身長は伸び、細かった体躯が今では自分よりもずっと逞しい。
きっとそれは日々の鍛錬の賜物で、彼が真面目な努力家であることを物語っていた。
そして、リアムの笑顔はこれから初恋が叶う者の自信で輝きを増している。ジョージはその眩しさに目がくらみそうだった。
「君は今日から休みだね、オリビア嬢のことは私が全力で守る。ゆっくり過ごしてくれ」
「アレキサンドライト公、ありがとうございます。お嬢様のこと、よろしくお願いいたします」
「ああ、任せてくれ」
リアムが馬車に乗り込む。ジョージは一歩前に出てオリビアやリタに視線を移した。
「皆さん、お気をつけて」
「ジョージ、よい休日を。また週明けに学院で会いましょう!」
「ハメを外しすぎるなよ」
「次回は君もぜひ我が領に来てくれ。よい休日を」
「アレキサンドライト公、ありがとうございます。皆さん、よい休日を」
馬車の戸が閉まり、ゆっくりと御者が馬に合図をして出発した。
貴族でありながら奢ることなく、真面目で一途で自分だけを愛し大切にしてくれる、そんな人に自分の主人は出会った。そして、人々に祝福されながら婚約し、結婚するのだ。
遠のき、小さくなっていく馬車を見送りながら、ジョージはそんなことを考えていた。
「さーてと、夜のデートの前にひと眠りしますか」
ジョージはゆっくりと両手を高く上げ、背筋を伸ばし、馬車が完全に見えなくなったのを確認して寮へと戻っていった。
ジョージは同僚のリタと並んで学院の正門の前に立っていた。
今日は学院のクラスメイトでもあり、仕えるべき主人でもあるオリビアが、婚約者(予定)の領地へ招待されている日だった。彼女は先ほどからずっと緊張の面持ちで迎えの馬車を待っている。
「お嬢様、親元を離れた途端にお泊まりデートですか? 破廉恥ですねえ」
こういうときは、からかうのが一番。そうするとオリビアが怒りで緊張を解くのをジョージは知っていた。
わざとニヤリと笑ってみせると、彼女は不愉快そうに眉を寄せ、こちらを見上げる。いつもそうだった。その度に手入れの行き届いた美しい銀髪がふわりと揺れる。
「人聞きが悪いわね! それにあちらのご家族がいるじゃない、何も破廉恥なことはありません!」
「朝からオリビア様に下品な言葉をかけるな、クソジョージ」
予想通りのオリビアの返事と、セットで同僚の辛辣な一言がくっついてくる。
侍女のリタはおそらく異国の出身で女性にしては背が高く、褐色の肌にウェーブのかかった艶やかな黒髪が特徴だ。
彼女はジョージがいない時でもオリビアを守れるようにと、格闘技も心得ている。なので言い返す時のさじ加減に注意が必要だ。
「朝から小言はやめろよなあ。そんなんだと、後でエルの店に顔出してお前のガサツさを愚痴っちゃいそうだな~」
「なんだと! そんなことしたら絶対に許さないからな!」
「こら! ふたりとも、朝から揉めないでちょうだい!」
どうやら少しさじ加減を間違えたようだ。ジョージは自分めがけて拳を打ち込んできそうになっているリタの腕を軽く捌く。オリビアが必死になって止めようと間に入ってきた。
ちょうどそのとき、門の前に馬車が停まった。華美になりすぎない程度の装飾と身なりのきちんとした御者から、馬車が貴族のものなのは一目瞭然だった。
「パーティー以来だね、オリビア嬢。元気そうでよかった……リタとジョージも」
馬車のドアが開き出てきたのは、主人の待ち人、リアム・アレキサンドライトだった。彼はまず自分の婚約者でもあるオリビアを見つめ、目を細めた。そして、その従者たちにも気遣い挨拶をした。
途端にオリビアが顔を真っ赤にして頭を下げたため、ジョージもリタと共にしっかりと頭を下げる。
「お、お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません!」
「みんな、頭を上げてくれ。私に気を使うことはないよ」
「で、ですが……」
ジョージは頭を下げたまま横目でオリビアの様子を窺う。彼女は引き続き真っ赤な顔で眉を下げ、困ったように言葉を詰まらせている。
すると、リアムの声が頭上で響いた。その声色はとても優しく、彼がにっこりと微笑んでいるのが容易に想像できた。
「兄弟のようにじゃれあっている君たちを見るのは楽しい。いつか私も混ざりたいくらいだ」
「まあ、リアム様ったら」
「本心だ。さあ行こうか」
「はい!」
オリビアとリアムが一通りいちゃつき終えたところで、ジョージはそっと頭を上げた。隣に立っていたリタも同じタイミングで頭を上げており、無表情なジョージとは対照的に彼女は主人に温かい眼差しを送っていた。
その後、オリビアとリタが馬車に乗り込んだ。オリビアにはリアムのエスコート付きだ。
「さあ、気をつけて。オリビア嬢」
「ありがとうございます、リアム様」
リアムが乗り込む前に、馬車の前に立つジョージの正面に立った。
こうして近い距離で彼と対峙するのは初めてだった。子供の頃より身長は伸び、細かった体躯が今では自分よりもずっと逞しい。
きっとそれは日々の鍛錬の賜物で、彼が真面目な努力家であることを物語っていた。
そして、リアムの笑顔はこれから初恋が叶う者の自信で輝きを増している。ジョージはその眩しさに目がくらみそうだった。
「君は今日から休みだね、オリビア嬢のことは私が全力で守る。ゆっくり過ごしてくれ」
「アレキサンドライト公、ありがとうございます。お嬢様のこと、よろしくお願いいたします」
「ああ、任せてくれ」
リアムが馬車に乗り込む。ジョージは一歩前に出てオリビアやリタに視線を移した。
「皆さん、お気をつけて」
「ジョージ、よい休日を。また週明けに学院で会いましょう!」
「ハメを外しすぎるなよ」
「次回は君もぜひ我が領に来てくれ。よい休日を」
「アレキサンドライト公、ありがとうございます。皆さん、よい休日を」
馬車の戸が閉まり、ゆっくりと御者が馬に合図をして出発した。
貴族でありながら奢ることなく、真面目で一途で自分だけを愛し大切にしてくれる、そんな人に自分の主人は出会った。そして、人々に祝福されながら婚約し、結婚するのだ。
遠のき、小さくなっていく馬車を見送りながら、ジョージはそんなことを考えていた。
「さーてと、夜のデートの前にひと眠りしますか」
ジョージはゆっくりと両手を高く上げ、背筋を伸ばし、馬車が完全に見えなくなったのを確認して寮へと戻っていった。
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