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第六章 事件発生
149、リタ失踪事件3
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十七時。街の広場。
辺りは仕事終わりの男女が増え、特に銅像付近は待ち合わせでがやがやと活気付いてきていた。
「リタさん……」
エルは急いで自分の用事を済ませ、二十分前に広場に到着していた。いつものように走ったせいで初めは乱れていた呼吸も、今はずいぶん落ち着いている。
リタがいつも座っているベンチに腰掛けているが、彼女はまだ現れていなかった。立ち上がって周りを見渡すが、やはりそれらしい姿は視界に入らない。
「こんばんは、エルさん」
「こんばんは、君は……」
自分の名を呼ぶ声に反応してエルは下を向いた。そこには朝、自分が手紙の配達を頼んだ少年が立っている。
「今朝はどうも。実はリタさんから伝言がありまして……」
「リタさんから? なんて?」
エルは膝を曲げ少年の肩を両手で掴んだ。彼は驚きの表情で顎を引く。
「え、ええと……用事ができて少し遅れるので、店で待っていてくださいと言っていました」
「店って、僕の?」
「はい、そうです。エルさんの店です」
「わかった、ありがとう。これはお礼だよ」
「ありがとうございます!」
エルは少年に一万エール渡し、自分の店に走った。
人で混雑している広場を抜け、飲み屋や飲食店を何軒も通り過ぎ、繁華街の端にある自分の店が視界に入る。
「はあっ……もうすぐ……あれ?」
今日は一度も店に立ち寄っていないので、看板は出していない。しかし、エルは店の前に何かがあるのを確認し、足を止め、野暮ったい前髪を上げて目を凝らした。
そして、すぐに走り出す——。
「リタさんっ!」
二十時、貴族学院の談話室。
消灯一時間前だというのにオリビアはジョージとカードをして過ごしていた。この間に一度食堂へ行き、夕食も済ませている。
「ねえ、ジョージ。飽きたわ」
「俺だってそうですよ、リタ遅くないですか?」
ジョージが手持ちのカードを机に散らす。賭けていないとはいえ負け込んでいたのが気に食わなかったようだ。いつもならここで文句を言うオリビアも、ため息まじりにカードを置くに留めた。
「そうね……。いつもなら十九時には戻っているのにおかしいわ」
「エルといい感じなんすかね~」
「だとしても、リタは黙って遅くなったりしないわ」
「ま、そうっすね。どうします?」
オリビアは時計を眺めながら唇を尖らせる。
「そうねえ、あと三十分だけ待つわ。さ、もう一勝負よ」
「ええ~しゃあないっすね」
その後、三十分過ぎてもリタは戻らなかった。こんなことは彼女が侍女として勤めるようになってから初めてのことだった。オリビアは何やら不穏な空気が流れ始めた気がして、カードをまとめてジョージに渡す。
「ジョージ、侍女控え棟に行きましょう。もしかしたらリタが戻っているか、なにか伝言があるかも」
「了解です」
ジョージが一度静かに瞬きをして、席を立った。オリビアは彼と談話室を出て侍女控え棟に向かう。
「えーと、クリスタルさんの侍女のリタさん……」
「はい、何か伝言はないでしょうか?」
「……いいえ。帰宅もしていないし、伝言もないわ。帰宅予定時間は十九時になっていますね」
「そうですか」
オリビアは先ほどまで予感だったものが大きな不安になり、心の中に影が広がってくような感覚に俯いて唇を結び、必死に耐えた。ジョージが肩に手を置き、控え棟と女子寮の管理人に話し始める。
「あの~、俺お嬢様に仕えている護衛なんすけど、女子寮の部屋か談話室で待っていてもいいですか?」
「談話室は二十一時で閉まりますし、女子寮に男子生徒を入れるのはちょっと……」
「なんとかなりませんかね?」
「う~ん、どなたか教師の方に聞いてみないと……」
「どうしました?」
控え棟の前で話していて目についたのか、誰かが会話に混ざってきた。オリビアが顔を上げ振り向くと、そこには体術教師のシルベスタが立っていた。
「シルベスタ先生!」
「やあ、君たち。何かあったのかい?」
「実は、私の侍女がまだ外出から戻っていないのです」
「クリスタルさんの侍女が?」
「はい。それで、俺がお嬢様の部屋に同行できないかお願いしてたんですが……」
話を聞いたシルベスタが「なるほど……」と言って頷いた。そして、管理人に提案する。
「では、私が許可しましょう。同時に騎士団の人間にも話を通して何か事件がなかったか聞いてみます。これでどうでしょう?」
「そういうことでしたらかまいませんわ」
「ありがとうございます。さあ、女子寮に行こう」
「はい! ありがとうございます」
オリビアはジョージ、シルベスタと女子寮に入っていった。頼もしい二人がついていてくれるものの、リタを心配する気持ちや胸に巣食った大きな不安は深まっていくばかりだった。
>>次話へ続く
不穏な感じで新章スタートです!
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辺りは仕事終わりの男女が増え、特に銅像付近は待ち合わせでがやがやと活気付いてきていた。
「リタさん……」
エルは急いで自分の用事を済ませ、二十分前に広場に到着していた。いつものように走ったせいで初めは乱れていた呼吸も、今はずいぶん落ち着いている。
リタがいつも座っているベンチに腰掛けているが、彼女はまだ現れていなかった。立ち上がって周りを見渡すが、やはりそれらしい姿は視界に入らない。
「こんばんは、エルさん」
「こんばんは、君は……」
自分の名を呼ぶ声に反応してエルは下を向いた。そこには朝、自分が手紙の配達を頼んだ少年が立っている。
「今朝はどうも。実はリタさんから伝言がありまして……」
「リタさんから? なんて?」
エルは膝を曲げ少年の肩を両手で掴んだ。彼は驚きの表情で顎を引く。
「え、ええと……用事ができて少し遅れるので、店で待っていてくださいと言っていました」
「店って、僕の?」
「はい、そうです。エルさんの店です」
「わかった、ありがとう。これはお礼だよ」
「ありがとうございます!」
エルは少年に一万エール渡し、自分の店に走った。
人で混雑している広場を抜け、飲み屋や飲食店を何軒も通り過ぎ、繁華街の端にある自分の店が視界に入る。
「はあっ……もうすぐ……あれ?」
今日は一度も店に立ち寄っていないので、看板は出していない。しかし、エルは店の前に何かがあるのを確認し、足を止め、野暮ったい前髪を上げて目を凝らした。
そして、すぐに走り出す——。
「リタさんっ!」
二十時、貴族学院の談話室。
消灯一時間前だというのにオリビアはジョージとカードをして過ごしていた。この間に一度食堂へ行き、夕食も済ませている。
「ねえ、ジョージ。飽きたわ」
「俺だってそうですよ、リタ遅くないですか?」
ジョージが手持ちのカードを机に散らす。賭けていないとはいえ負け込んでいたのが気に食わなかったようだ。いつもならここで文句を言うオリビアも、ため息まじりにカードを置くに留めた。
「そうね……。いつもなら十九時には戻っているのにおかしいわ」
「エルといい感じなんすかね~」
「だとしても、リタは黙って遅くなったりしないわ」
「ま、そうっすね。どうします?」
オリビアは時計を眺めながら唇を尖らせる。
「そうねえ、あと三十分だけ待つわ。さ、もう一勝負よ」
「ええ~しゃあないっすね」
その後、三十分過ぎてもリタは戻らなかった。こんなことは彼女が侍女として勤めるようになってから初めてのことだった。オリビアは何やら不穏な空気が流れ始めた気がして、カードをまとめてジョージに渡す。
「ジョージ、侍女控え棟に行きましょう。もしかしたらリタが戻っているか、なにか伝言があるかも」
「了解です」
ジョージが一度静かに瞬きをして、席を立った。オリビアは彼と談話室を出て侍女控え棟に向かう。
「えーと、クリスタルさんの侍女のリタさん……」
「はい、何か伝言はないでしょうか?」
「……いいえ。帰宅もしていないし、伝言もないわ。帰宅予定時間は十九時になっていますね」
「そうですか」
オリビアは先ほどまで予感だったものが大きな不安になり、心の中に影が広がってくような感覚に俯いて唇を結び、必死に耐えた。ジョージが肩に手を置き、控え棟と女子寮の管理人に話し始める。
「あの~、俺お嬢様に仕えている護衛なんすけど、女子寮の部屋か談話室で待っていてもいいですか?」
「談話室は二十一時で閉まりますし、女子寮に男子生徒を入れるのはちょっと……」
「なんとかなりませんかね?」
「う~ん、どなたか教師の方に聞いてみないと……」
「どうしました?」
控え棟の前で話していて目についたのか、誰かが会話に混ざってきた。オリビアが顔を上げ振り向くと、そこには体術教師のシルベスタが立っていた。
「シルベスタ先生!」
「やあ、君たち。何かあったのかい?」
「実は、私の侍女がまだ外出から戻っていないのです」
「クリスタルさんの侍女が?」
「はい。それで、俺がお嬢様の部屋に同行できないかお願いしてたんですが……」
話を聞いたシルベスタが「なるほど……」と言って頷いた。そして、管理人に提案する。
「では、私が許可しましょう。同時に騎士団の人間にも話を通して何か事件がなかったか聞いてみます。これでどうでしょう?」
「そういうことでしたらかまいませんわ」
「ありがとうございます。さあ、女子寮に行こう」
「はい! ありがとうございます」
オリビアはジョージ、シルベスタと女子寮に入っていった。頼もしい二人がついていてくれるものの、リタを心配する気持ちや胸に巣食った大きな不安は深まっていくばかりだった。
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