R18/SS『虎治と千鶴 ―― 硬派なヤクザと初心なお嬢』

緑野かえる

文字の大きさ
12 / 17
本編 『虎治と千鶴』(姫初めネタ)

12 千鶴さんは?

しおりを挟む

「特番ばっかりだけど、ちゃんと見るとなんか新鮮だね」
「ええ、俺も親父について本部会館に詰めていましたからあまりテレビは見てなかったですね」
「……虎治はさ、やっぱり私のとこじゃなくて本部の方に戻りたい、とか……思ったりする?」

 ソファーに並んで座りながらテレビを見ていたんだが……何を今さら仰るのか。女性の心は移ろいやすいってヤツなのだろうか。

「千鶴さん、ちょっと良いですか」
「え、ちょっ……とら?!う、わっ!!」

 軽く背中で受け身を取って、向かい合うように引き寄せた千鶴さんを俺の上に乗せて、抱き込む。確かにこの上っ張りは手触りが良いし千鶴さんからはやはり良い匂いがする。

「むぐ、ぅ」

 ぽんぽん、と背中を撫でれば大人しくなった。

「これが答えじゃいけねえですか」
「うっ……だ、め……えっ、とね……」

 キスしなきゃ、だめ。

 少し体を起こして仰る千鶴さんの頬は赤く、瞳は真っ直ぐに俺を見つめてくれていた。まだ昼を回ったばかりですからね、手は出しませんが。

 さらさらの髪をすくように千鶴さんの頭に手をやれば、また体を落としてくれる。そのまま唇を滑らせていれば徐々にずっしりと俺の体に千鶴さんの体重が乗って……あったけえなあ、と思っているうちに千鶴さんから離れてしまった。

「も……やめとこ、かな」
「そうですね」

 本気で抱きたくなっちまう。
 でも、と俺は千鶴さんの体を離さなかった。
 もぞもぞと抜け出そうとするのを捕まえて、足を少し引っ掛けてみれば良い塩梅にソファーと俺との間に挟まってくれる。

「これ、恥ずかしい……」
「あったけえな、と俺は思います。千鶴さんは?」
「え、わ、私?」

 あったかい、と呟くように言ういじらしさ。

「俺もこう言うことは不勉強で……嫌だったら言ってください」
「……嫌じゃ、ない。好き」

 それからはべったりと、千鶴さんは俺にくっついていてくれた。俺も俺で女性との付き合い方が……まあこう言うことに御託を並べちゃつまらねえ。やりてえと思ったことをすりゃあいい。

「スーパー、今日が売り尽くしで三が日はお休みだからあとで行こ?」
「餅は昨日、おかみさんから頂きましたが」
「うん。色々買っておしることかお雑煮作ろうよ」
「たまには……こんな年の過ごし方も良いモンですね」

 ソファーの前にあるローテーブルには食べかけの菓子に、マグカップが二つ。どちらも可愛らしい絵柄の千鶴さんの物だが俺が片方の、でけえ方を使わせて貰って。

「ふふ……とら、いいにおい」

 完全に俺にめり込んじまった千鶴さんはしばらくしたあと、うとうとし始める。流石に寝づらいだろうし掛けるものを、と起き上がろうとすれば「なんか、安心しちゃって」と眠気の理由を言う。
 ベッドにあった毛布を掛け、俺は眠る千鶴さんを背にラグの上に胡座をかく。淹れ直した茶を飲みながら……俺も久しぶりにテレビ番組を見た。時々、様子を伺って振り向いてみればやわらけえ毛布に上手いことくるまって、猫みてえに眠る千鶴さんがいる。いるのは当たり前なんだけどな。

「ふっ……」

 俺も、安心ってヤツを感じていますよ。
 夕飯は何にしましょうかね。肉にしましょうか。
 寝息も聞こえないくらい静かに眠る千鶴さんを背に、テレビを眺めながら考えていたのは親父やおかみさんにどう伝えようかと言う……煮詰まる前には俺も半分寝ちまっていた。

 背後でごそごそと動く気配。毛布を抱えてソファーから降りた千鶴さんが俺に掛けてくれようとしていた。

「っわ、起きてたんだ」
「ええ」
「寒くない?」

 頷いて、見上げる。今日は最初から俺と買い物に行くつもりだったのか千鶴さんは薄化粧をしている。

「暗くなる前に買い物、行きましょうか。それでなんか良いモン、作りましょう」
「虎治なんでも作れちゃうタイプ?」
「ええ、一通りの家庭料理ってヤツなら」
「昨日みてて、すごい慣れてるなーって思った」
「千鶴さんも手慣れて」
「お母さんが厳しかったからね……厳しいって言うか、なんだろ。こんな稼業だから、何かあった時に食いっぱぐれないように一通り自立出来るようにしてくれたのかも。お母さん、ああ見えても筋金入りのゴクツマだもの」

 頷きながら聞いているうちに千鶴さんは俺が贈った上っ張りを脱いで、代わりに外出用のコートを羽織る。俺もコートを着るだけで済んじまうが、女性が出掛ける支度をするのを見させて貰うのはなんか……良いモンだ。

「リップ塗るからちょっと待ってて」

 ああ、だからさっき千鶴さんの唇はしっとりとしていたのか。俺もひどく乾かねえ程度には塗るが、仕上がった千鶴さんの唇はほんのりと色が付いていた。

「とら?」
「あ、ああ……行きましょうか」

 俺は、その唇を喰らっちまったんだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ヤクザは喋れない彼女に愛される

九竜ツバサ
恋愛
ヤクザが喋れない女と出会い、胃袋を掴まれ、恋に落ちる。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

お客様はヤの付くご職業・裏

古亜
恋愛
お客様はヤの付くご職業のIf小説です。 もしヒロイン、山野楓が途中でヤンデレに屈していたら、という短編。 今後次第ではビターエンドなエンドと誰得エンドです。気が向いたらまた追加します。 分岐は 若頭の助けが間に合わなかった場合(1章34話周辺) 美香による救出が失敗した場合 ヒーロー?はただのヤンデレ。 作者による2次創作的なものです。短いです。閲覧はお好みで。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

処理中です...