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単話『これからも、ずっと』
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そして数日後の夕食も終わる頃「司さん、少しお話をしたい事があるんです」と最後の二枚となったシュトーレンを一枚ずつお皿に乗せた千代子がダイニングテーブルの席に着く。
司も大きなお皿を下げたりしていたが粗方片付いていたのでその言葉に同じように席に着いた。
「私の両親について、と言うか……お正月に帰省しようかどうか迷っていて」
千代子の実家は都内で遠くもないが暫く帰っていない事や司の名を未だに伏せている事を正直に伝える。それは今の司の社会的な立場が如何に白く、清い物であっても引っ越す前まで近所の幼馴染であった以上、司の親たちがヤクザであったと知っている。
この指輪を受け取った今……だからこそ、いつか必ず解決しなくてはいけない事を千代子は言葉にする。
穏やかに喋ろうとしているが、少し声が震えていた。
「反対される事も、覚悟をしています」
「……そうだね。うん……私も、悩んでいた事だから」
司が背に持つ墨色の影の存在。
「ちよちゃんも気づいてくれていたと思うんだけど、やっぱり一緒に暮らしているからにはご両親に一度、挨拶をしようと思っていたんだ。私の生まれた家の事も勿論ご存じだろうから、慎重に話を勧めたいとも思っていた」
「司さんの二人のお父様方が尽力されていた事とか、多分あまり……本当、どう言葉にしたらいいか」
シュトーレンを食べようとフォークを握ったまま緩く俯く千代子。
「先ずは、私からだけ伝えようと思うんです。それで、両親がどう反応するか……だから、日を見て一回帰ってみようかな、と」
「分かった。その時の手土産は私が必ず用意する。一筆添えたいし、大切な娘さんをお預かりしているんだからそこは、ね」
「ありがとうございます。年明けにしようかな、って考えているので」
「じゃあその前に準備しておく」
どこかほっとしたような千代子の表情と、真剣な眼差しで彼女を見る司。大切な一人娘を元ヤクザの家に嫁がせる事の重大性は自分が身をもって知っている。
それでももし、千代子の両親に拒絶されてしまったら――その時はまた二人でこうして話し合って、折り合いを付けた方がいい。千代子自身の言葉から察するに自分と別れてしまう選択は無いようだけれど千代子すら直接、両親に真相を伝えていない今の段階で深く悩んでしまっても仕方ない。
「それで、あの……私、司さんのご両親……お母様の事も記憶に残っているんですが」
「ああ、母は今でもあの場所で父と暮らしているよ。ちよちゃんが知っている母は多分、すごく物静かな人だったと思う。言葉は悪いが影の薄い人と言うか……私が生まれてそうなるしかなかった、のだろうけど。母がどうしてそうだったのか理解したのは私も社会人になってからだったけどね。大丈夫、母はあの時代の父に付いて行くと決めた人だから」
言葉は無かったが深く頷く千代子に司もシュトーレンと一緒に出されていたノンカフェインの紅茶のカップに口をつける。
お互いに、しなくてはいけない事……けじめを付けなければならない事を話し合えた夜。
就寝の時間になってどことなく千代子が少しそわそわしている雰囲気がして「一緒に寝る?」と声を掛けると「どうして分かっちゃうんですか」と瞳を丸くさせる千代子がいて。
その日は素肌を重ねる事はなくてもふふ、と嬉しそうにベッドにもぐり込む温かな体を司はぽんぽん、と撫でて寝かしつける。それもその内に止まって、二人分の静かな寝息だけが寝室にあった。
どちらともなく起きれば朝の支度が始まる。
それぞれにぱたぱたと中央のリビングダイニングを境に行ったり来たり。
千代子が電気ケトルのスイッチを押して、沸いたのが分かった司がコーヒーを淹れて。
「っふふ、駄目……なんだかおかしくて、ふふ」
「私はすごく効率的だと思うよ」
「確かにそうなんですけど」
何気ない朝の時間も二人で行えばあっと言う間。
「あ、クリスマスマーケットに行くついでにその日は外で食事をしたいんだけど良いかな」
「もちろんです」
楽しみ、と緩い部屋着から仕事をする時間との区別をする為に軽く着替えてきた千代子は「デートですね」と嬉しそうに笑う。それに遅い時間のデートは初めてのことだった。
司も大きなお皿を下げたりしていたが粗方片付いていたのでその言葉に同じように席に着いた。
「私の両親について、と言うか……お正月に帰省しようかどうか迷っていて」
千代子の実家は都内で遠くもないが暫く帰っていない事や司の名を未だに伏せている事を正直に伝える。それは今の司の社会的な立場が如何に白く、清い物であっても引っ越す前まで近所の幼馴染であった以上、司の親たちがヤクザであったと知っている。
この指輪を受け取った今……だからこそ、いつか必ず解決しなくてはいけない事を千代子は言葉にする。
穏やかに喋ろうとしているが、少し声が震えていた。
「反対される事も、覚悟をしています」
「……そうだね。うん……私も、悩んでいた事だから」
司が背に持つ墨色の影の存在。
「ちよちゃんも気づいてくれていたと思うんだけど、やっぱり一緒に暮らしているからにはご両親に一度、挨拶をしようと思っていたんだ。私の生まれた家の事も勿論ご存じだろうから、慎重に話を勧めたいとも思っていた」
「司さんの二人のお父様方が尽力されていた事とか、多分あまり……本当、どう言葉にしたらいいか」
シュトーレンを食べようとフォークを握ったまま緩く俯く千代子。
「先ずは、私からだけ伝えようと思うんです。それで、両親がどう反応するか……だから、日を見て一回帰ってみようかな、と」
「分かった。その時の手土産は私が必ず用意する。一筆添えたいし、大切な娘さんをお預かりしているんだからそこは、ね」
「ありがとうございます。年明けにしようかな、って考えているので」
「じゃあその前に準備しておく」
どこかほっとしたような千代子の表情と、真剣な眼差しで彼女を見る司。大切な一人娘を元ヤクザの家に嫁がせる事の重大性は自分が身をもって知っている。
それでももし、千代子の両親に拒絶されてしまったら――その時はまた二人でこうして話し合って、折り合いを付けた方がいい。千代子自身の言葉から察するに自分と別れてしまう選択は無いようだけれど千代子すら直接、両親に真相を伝えていない今の段階で深く悩んでしまっても仕方ない。
「それで、あの……私、司さんのご両親……お母様の事も記憶に残っているんですが」
「ああ、母は今でもあの場所で父と暮らしているよ。ちよちゃんが知っている母は多分、すごく物静かな人だったと思う。言葉は悪いが影の薄い人と言うか……私が生まれてそうなるしかなかった、のだろうけど。母がどうしてそうだったのか理解したのは私も社会人になってからだったけどね。大丈夫、母はあの時代の父に付いて行くと決めた人だから」
言葉は無かったが深く頷く千代子に司もシュトーレンと一緒に出されていたノンカフェインの紅茶のカップに口をつける。
お互いに、しなくてはいけない事……けじめを付けなければならない事を話し合えた夜。
就寝の時間になってどことなく千代子が少しそわそわしている雰囲気がして「一緒に寝る?」と声を掛けると「どうして分かっちゃうんですか」と瞳を丸くさせる千代子がいて。
その日は素肌を重ねる事はなくてもふふ、と嬉しそうにベッドにもぐり込む温かな体を司はぽんぽん、と撫でて寝かしつける。それもその内に止まって、二人分の静かな寝息だけが寝室にあった。
どちらともなく起きれば朝の支度が始まる。
それぞれにぱたぱたと中央のリビングダイニングを境に行ったり来たり。
千代子が電気ケトルのスイッチを押して、沸いたのが分かった司がコーヒーを淹れて。
「っふふ、駄目……なんだかおかしくて、ふふ」
「私はすごく効率的だと思うよ」
「確かにそうなんですけど」
何気ない朝の時間も二人で行えばあっと言う間。
「あ、クリスマスマーケットに行くついでにその日は外で食事をしたいんだけど良いかな」
「もちろんです」
楽しみ、と緩い部屋着から仕事をする時間との区別をする為に軽く着替えてきた千代子は「デートですね」と嬉しそうに笑う。それに遅い時間のデートは初めてのことだった。
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