6 / 63
第1話
誰も触れてはならぬ花 (6)
しおりを挟む彼の甘めのルックスと同じようにほんのり甘い香りはパウダリーで重すぎなくて。撫子はつい、どこのブランドの物なのだろうとその香りを吸ってしまう。
「あ、そうだ。親父さんがまだ晩酌をされているようだったら少し、挨拶をしたいんですが」
「大丈夫?そのまま引き摺り込まれて飲まされるわよ。母ももうこの時間だと寝ちゃってるし」
「まあその時はその時ってことで」
クラブに来る前に宗一郎は会食の予定を済ませて来ていたようだったが今日はまだほとんど飲んでないと言う。
さっきもアイスコーヒーを飲んだので大丈夫かな、とは思うが撫子の父親はお酒が強い。飲んでも差し支えない夜は必ず晩酌をしているので母親もそんな夫の事は住み込みの者に任せ、就寝してしまう。
大きな黒塗りが邸宅近くへと滑り込む。宗一郎の移動車で撫子が帰って来ると知らされていた若い衆が龍堂邸の門扉の前で待っており、車はスムーズに広々としたガレージへと入って行く。住んでいるのが極道者と言うこともあり、高級住宅街からは少し外れた場所に佇む邸宅はコンクリート造りの塀で囲まれていた。
「ただいま」
「お帰りなさい。熊井さんも、お待ちしていました」
ガレージと邸宅の中は繋がっているので撫子は迎えに出てくれていた住み込みの若者に帰宅の挨拶をしたのだが……どうやら既に父親は宗一郎を待ち構えているようだった。
「宗君、明日の予定ほんとに大丈夫?」
このままだと父親に飲まされる、と言うか帰宅を許してくれなくなる。宗一郎の父親と撫子の父親は兄弟盃を交わした仲なので息子、娘がどちらの邸宅に宿泊しようが両家とも気にもしない。
むしろ二人が逢引きするには一番安全な場所であるのが宿泊の気軽さに拍車を掛けていて。
「ええ、大丈夫です。お邪魔します」
大きな体を少し屈め、家に足を踏み入れる礼儀としての挨拶を丁寧にする宗一郎。住み込みの撫子の家の若者も両膝に手を置いて極道の挨拶を再びすると「筆頭は部屋にいますので」と二人を先に行かせる。撫子も「鈴木君、宗君は明日の朝うちで送るからドライバーさんには着替えのバッグだけ置いて帰って貰って大丈夫だと伝えておいて」と若者、鈴木に言づけを頼むと晩酌をしているらしい父親の部屋へと向かった。
「ただいま」
父親の私室は和室だったので引き戸を勢いよく開けた撫子は「ああ、お帰り。今日は随分と大きな手土産つきだな」と娘を出迎える父親を見る。
大きな座卓にはつまみの小皿が並んでいるが対面の下座には旅館にあるような曲木の座椅子に座布団が用意され、宗一郎の分の取り皿などが既に置かれていた。
「龍堂筆頭、お久しぶりです」
大きな手土産、と呼ばれてしまった宗一郎は入室する手前の廊下で膝をつき、頭を下げる。
「挨拶はそこまでにして入ってくれ」
「お父さん、今日の宗君は他に予定を済ませた後なのにわざわざ寄ってくれたんだからあんまり飲ませたら」
「分かってるよ。全くお前はお母さんとそっくりだ……」
「私、部屋で着替えたりしてるからあんまり遅いようなら迎えに来るからね」
ここは男性二人にしておこう……と言うか単にこれから飲むのが怠かった撫子は二人に付いていてくれる鈴木に「後はよろしくね」と言って宗一郎を父親のもとに置いて行く。
撫子の部屋は広い庭の一画、いわゆる離れにあった。
こぢんまりとしたユニットバスに洗面所とトイレもそれぞれ別に完備されていて、ちょっとしたキッチンと小さな玄関も庭に面した側ある。部屋の中はさながら単身者向けのアパート。本宅とも廊下で繋がっているが上がってしまうと遠回りになってしまう。
そのため、帰りが遅くなったり不規則な時間に帰って来る時はガレージを抜けて庭からショートカットをするように直接、離れに上がって生活をしていた。いわゆる二世帯住宅のようなもの。
今日は宗一郎がいた為に本宅から上がったが、と父親の部屋とは違う洋室に戻って来た撫子はハンドバッグをとりあえず置いて身に着けていた時計やアクセサリーを外す。
この邸宅には客間も存在しているので宗一郎はそちらで寝かせるとして、と撫子は着ていた服も脱いで早々に洗面所の鏡の前に立つとメイク落としのシートを顔にあてる。
じわ、と溶けて落ちてゆくアイシャドウやファンデーションを拭いながら素の状態になっていく自分を見て、小さく溜息をついてしまった。
ナチュラルに見えるようにしているだけのメイクはそれなりに厚い。年齢を重ねていく事に嫌悪はないが宗一郎の事を思うとどうしても……許婚、そして自分の方が年上である事が胸に引っ掛かる。
30
あなたにおすすめの小説
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる