2 / 43
第1話
なんのご冗談を (2)
しおりを挟む琳華の入宮の支度はカネに物を言わせ、父親に言われた通りに侍女と一緒に必要な物を街で買い回った。流石に侍女も沢山のお金を持つのは怖いとのことで一部はツケで払って来たが琳華が周家の娘だと分かるや否や、話はなんともスムーズに進んでしまった。
「お嬢さまぁ」
鈴を転がしたような可愛らしい声音だと言うのに情けない腑抜けた声をあげる侍女の梢も周家に仕えて長い。琳華より二つ下の十八歳で元は下級ながら貴族階級であったのだが没落してしまっている。現在、彼女の家族や一族は完全に離散していた。
梢の家と縁のあった琳華の父親が娘の侍女として丁度いい、と琳華が十二歳、梢が十歳の時に周家に迎え入れた。梢は皆から『小梢』と呼ばれ、可愛がられている小柄な女性だった。
「荷物持ちをさせてごめんなさいね」
「いいえ、とんでもありません。お嬢様の侍女たるうぅ……不肖シャオォォ……これしきのことぉ……っ!!」
同じ年頃の女性より小柄な梢は大荷物を抱えているどころか背中にも今日は包みを一つ。琳華も本来、荷物など持たない立場であるが今日ばかりは髪を彩る紐や飾りなどが入った小さな包みを腕に抱えていた。
それに秀女の中でも裏では常に順位付けがされる、と父親から聞いている。後宮内での衣裳は仕えている他の女官や大勢の下女たちと区別される為に秀女は皆が一様に後宮側が用意した同じ衣裳を纏いはする――が、一番上に纏う羽織物などは個人で用意しなさい、とのこと。
その羽織の質は家柄を象徴する目印となっており、嫌がらせなどを受けにくいように、誰に手を出しているかを分からせる為の物でもあると父親は言っていた。
秀女同士の間でもよろしくないいざこざを避ける為、とは言え。
小柄な梢に大荷物を持たせてしまっている琳華は少し休憩をしようと持ちかける。その言葉に小型愛玩犬の如くうるうると嬉しそうに主人を見上げる梢に琳華は弱かった。梢はよく働くし、とにかく可愛い。
「小梢、今日は父上の資金があるから一番高いのにしましょう」
「よろしいのですかっ?!」
「侍女にも美味しい物を振る舞ってこそ、周家は待遇の良い家だと世間様に知らしめるのよ」
「流石です、お嬢様」
非常に打算的である。
そして周家は侍女や下男下女の使用人の扱いがとても良いと知らしめる為ならば安い物であった。なにより資金元は父親なので琳華の財布は痛まない。
顔見知りの食事処は琳華と大荷物を背負った侍女の梢の姿を見るとすぐに奥の小上がりになっている見晴らしの良い東屋風の特等席へと二人を案内する。そこならば荷物を下ろして傍らに置いてあってもひったくられる心配はない。
「小梢、今日は疲れたでしょう」
「とんでもありません!!お嬢様の為ならば私はなんでも致しますから」
「小梢がいてくれるからわたくしも心強い」
「えへへ」
こうと決めれば言って聞かないような父親からの仮の入宮の提案。いつもなら「嫌です」のひと言で断りもしたが今回ばかりは利害が一致していた。
そのついで、ではないがこの大波に乗じて侍女の梢にも今より良い物を着せられることに琳華は気がついた。ちなみに先ほど琳華は自分の新しい羽織と一緒に梢の為にも一枚、父親には内緒で新品の羽織を買った。あとは自分の綺麗な状態のお下がりを与えれば粗方、支度も終わる。
世の中には侍女に酷い仕打ちをするような女主人もいる。それは確かな事で、琳華はそんな光景を何度も目の当たりにして……込み上げる言葉を飲み込んできた。
だから自分は、世間から見えない場所でも梢を大切に扱う。
梢とて侍女になりたくてなったわけではない。自分がもし、彼女の立場だったら。酷い行いにはいつか罰が巡って来る。琳華はそう考えていた。
頼んだお茶や甘味をつつきながら琳華は吹き込む爽やかな風に誘われて賑やかな街並みを見渡す。
(暫くはこの景色ともお別れね……街中は常に騒がしいけれど生命力がある、って言うのかしら)
宮殿のある都市部の治安はかなり良い、と言うか住んでいる者の階級すら違う。ここは昔ながらの高位の貴族たちのみならず一代で上級官僚となった者やその配偶者が住まう都の一等地。盛んに商いが行われ、旅人も多く寄る一番の商業地。宮殿直下の重要拠点である為に衛兵も多く巡回してくれている。
「お嬢様、少しの間とは言えこの賑やかな光景から離れるのは寂しくなりますね」
「私も今、小梢と同じ事を考えていたわ」
「本当ですか?!」
しかしこれは琳華にとっては良い巡り合わせだった。この機会を逃したら次は無いような――上手くいけば自分も親兄弟と同じように官僚になれるかもしれないのだ。
利発な長兄は武官に、冷静で頭の良い次兄は文官に。凛々しい兄たちの装束姿に憧れた。もし後宮に入れたら梢には自分が勤めている間にそのまま屋敷の面倒を見て貰うか、それとも一緒に後宮で働けるようにするか。
上級貴族の娘の琳華にはいくらでも選択肢がある。
けれどそれはとても贅沢で、甘い考えなのだと分かっていた。
「小梢、今夜また父上と話をすると思う」
「承知いたしました」
「もしかするとあなたも呼ぶかもしれないから頭の隅にでも入れておいて」
「はい、お嬢様」
あわよくば仕事を……と、周家の教えの通りにするならば甘い考えだろうと思いついたのだから工夫をして『使える手』として使うのだ。そして自分が大切に思う人の、梢のか細い手を引く覚悟もそれと同時に持たなければならない。
今は美味しそうに甘味を頬張る可愛らしい梢に琳華は目を細める。
(小梢はわたくしにとって妹のような存在)
兄たちと駆け回っていた日々にやってきた小さく細い女の子。今日から使用人として一緒に暮らすのだと父親に紹介されてもう何年経っただろう。
「父上も把握しているお役目とは言え、あなたを危ない目に巻き込んでしまわないようにわたくしも気を付けるけれど」
もし、自分が行き過ぎた事をしでかしそうになったら引き留めて欲しい。そう伝える琳華に梢は少し考えてから「もちろんです」と深く頷く。
「なんだか懐かしいわね。父上のお酒をわたくしがちょろまかし、二人でこっそりと誓いの盃を交わした日のことを思い出すわ」
覚えてる?と言う琳華は手にしている茶杯に視線を落とす。盃が無いから、と普段お茶を飲むために使っている小さな白い杯で一杯のお酒を飲み交わした。
「私とお嬢様の破れぬ誓い、ですね」
「ええ。わたくしは小梢に責任を持つ。だから」
「私はお嬢様をお慕いし、守ると」
周家にやって来てからの梢は琳華の遊びに付き合っている内に武術紛いの事もすっかり覚えてしまった。
一応、梢も琳華と一緒に長兄から直に武術を教わっているので基礎は出来ているのだが如何せん、華奢だった。今でも背格好では子供と間違えられることもある。
そんな梢は小柄な体に合うよう自分で体の捌き方を改良をし「この喧嘩殺法はその辺のゴロツキだって引き倒せるんですから」と胸を張っていた事も過去にある。
今でこそ琳華と梢は淑女として大人しいガワを見せているが内側はとても、熱い心を持っていた。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる