3 / 43
第1話
なんのご冗談を (3)
しおりを挟むお茶と甘い物でひと息ついた二人は周家の屋敷に帰る。
帰れば梢は洗濯物を取りこんだり夕飯の支度をしなくてはならないので琳華は一人、買い込んできた荷物の包みを部屋で開き始めた。
これは自分の、これは梢の、と板張りの床にそれぞれ分ける。
そして琳華は簪などの装身具が入った木製の小箱も持ってきて、梢に贈る為の物を選び始めると簪を一本、手に取る。
その簪には濃い桃色の丸い小さな石がはまっており、銀の部分には繊細な彫り物がしてある可憐なもの。梢に贈るにはぴったりだ。
「琳華」
部屋の中、板の間に買って来た物や梢に着させるお下がりの羽織などを広げていた琳華に開けっ放しにしていた出入り口から声が掛かる。
「母上?!」
「入りますよ」
「あ、あの、これはですね」
広げ放題の散らかし放題になっている衣裳をちら、と見る母親にバツが悪そうに少し肩を小さくさせる琳華だったが小言はなく「支度は進んでいるようね」とだけ言われて静かに胸を撫で下ろす。
この琳華の母親は特別、厳しい人だった。むしろ小さな頃から子猫のように跳ねまわっていた琳華は嫌われているのかも、とさえ思ったことがあるくらい厳しく躾けられた。
親と子は違う、性格が合わないのなら致し方ない。そう次兄に諭されてからは母と娘の距離感を何となく少し広めに保っていた。
それに母親は梢の方を……家が没落し、離散の為にやってきた女の子を実の娘以上に可愛がっているように見えた。
でも梢は本当に可愛くて素直で頭も良かったのだ。
「あの人の思いつきに振り回される必要はないのですよ」
「ですが母上」
母親はそんなことを言う人だったろうか。
「琳華、よく聞きなさい。後宮は華やかな女の園などではなく、薄暗く湿気た魔窟の面の方が多いわ」
「それは兄上たちから聞いてある程度は」
「いいえ、あの子たちの伝聞以上です。まあそれはわたくしが入宮していた時代があまりにも苛烈な時代であっただけかもしれないけれど」
「母上は確か書庫の管理などをされて」
「ええ。部署自体が閑職ではあったけれどそれでこそ女の嫌な部分を毎日覗き見放題……ゴホン。書架は女同士の陰湿ないじめの温床でした」
でも、と話を続ける母親は「あなたの性格なら……ふふ、面白い事になってしまうかもしれませんね」と言い出す。
本当に何を言い出しているのかぎょっとした視線を送る娘にすい、と部屋の中を見回す母親は「いつでもあなたの帰る場所はここにありますから」とひと言だけ残してさっさと出て行ってしまった。
「母上……」
夫からどこまで聞いているのか分からないが半ば周家の不良債権となろうとしていた娘が仮とは言え、秀女として入宮する。一見、父親の思惑に振り回されているように見えるが当の本人はあわよくば女性官僚になろうとしている――どうやら母親は娘のその考えも見透かしているようだった。
武道の父、頭脳の母。兄たちはそれぞれに受け継いだらしいが最後に生まれた末娘の琳華だけは違っていた。両親の強い気性を二つとも、併せ持ってしまっていたのだった。
「お嬢様、旦那様がお帰りになりましたよ」
母親と入れ替わるように顔を出してくれた梢は盛大にとっ散らかっている琳華の部屋を見て「お眠りになる前に一緒に片付けましょう」と笑顔で提案をしてくれた。
夕食の膳も出来上がり始めている、先に話し合いをするのならつまめるように副菜を小皿で出しましょうか、と梢は勧めてくれる。
こうして周琳華の入宮の為の支度は日々、進んでいった。
時に思案をし、時に昼間から体を動かしている琳華の姿が広い庭にあったりなど、梢の丸い瞳には何か覚悟を決めた主人の姿が映っていた。
仮に、とは言え秀女として後宮に入れば自由な時間は極端に減ってしまう。だから、今だけは。
荷物を抱え、庭に面した外廊下を歩いていた梢は庭木の面倒を見ていた琳華に声を掛ける。
「お嬢さまぁ~!!先に持ち込むつづらに入れる物なのですが~!!」
「待って、今行く!!」
父親からの命令により新しい羽織りを三着用意し、髪飾りも半分ほど新調した琳華。
それらを先に後宮に持ち込む為に周家の家紋が入ったつづらに詰めるのだがいくら上級貴族の娘とは言え持ち物は入宮する際、琳華が憧れる宮正たちによって厳しく検められるらしい。
別に何もやましい物は無いし、持ち込みの制限が掛けられている数の上限までを梢と確かめながらきっちりと用意する。
そう言う所も人となりとして見られてしまうのかもしれない。
「これは今日から梢の簪と手巾よ」
「うぅ……有難うございます。一生の宝物にいたします」
「わたくしには可愛すぎるからいいのよ。小梢の方が絶対に似合うんだから」
琳華が桃色の玉が填まった銀の簪と一緒に贈った手巾。花模様が刺繍されているがそれは琳華と梢が試行錯誤をして縫い付けた物。よく見ると周家の家紋が縫い込まれた模様で、良家の娘の嗜みとして、ではあるが琳華にしては暇つぶしの一環の手仕事だった。雨の日の退屈しのぎの内のひとつであったが良く出来た一枚を今日、夕方には送り届けなくてはならないつづらに梢の荷物として一緒に納める。
「さて……絽梢、よく聞いて」
つづらを挟んで梢と向かい合って座っていた琳華は彼女の姓名を力強い口調で発音する。
「父上から話を聞いた分では今、後宮では宗駿皇子様に良くない影が近づいているとのこと。そして今回の秀女選抜を通過した者の中にも間者が紛れ込んでいるかもしれない」
琳華が父親から受けた役目の全貌を今一度、梢に伝える。
「わたくしは秀女となり、その影を後宮内で探る。これは宗駿皇子様の身を守り、ひいては王朝そのものを御守りすることに強く繋がる大役よ」
自分がどこまで出来るのかは分からない、と口にするが梢は琳華の爛々としている瞳を見る。これは彼女が覚悟を決めた時の目だ。
昔、主従の誓いを立てるために二人でこっそりお酒を舐めるように飲み交わした日にも琳華は同じ目をしていた。
生まれた場所に甘んじようとはしない主人の姿勢は真っ直ぐで、美しい。こんなにも美しいのだから皇子の目に留まる可能性も無きにしも非ず、なのではないだろうかと梢は少し思う。
宗駿皇子は人徳のある唯一無二の皇子だと世に知られている。そしていつかは大陸を治める皇帝となる人。そんな尊い人の傍にもし、琳華があったとしても……なんだか、想像が出来てしまう。
「お嬢様、私も出来る限りのことをさせていただきます。でもどうか、ご無理だけは」
「そう。前にも伝えたけれど小梢にはその役割をお願いするわ。あなたになら全部、安心して任せられる」
「っ、はい。この絽梢……ご主人様の願い、しかと承諾致します」
最敬礼として手を組み、丁寧に頭を下げる梢に琳華も頷く。
ひとつの部屋で交わされる姉妹の絆と変わらない強く、芯のある主従の誓い。それを廊下でそっと聞いていたのは琳華の母だった。娘が後宮の官僚になりたがっているのは兄たちを見つめる羨望の眼差しでもう分かっていたこと、こうなるのも時間の問題だと思っていた。
子供のころの琳華は子猫のように可愛らしかった。それでもいつしか彼女は大人になって、母親である自分と距離を置いた。子離れ出来ていないのは自分の方だったのだと母親は後になって気づき、可愛さ余って少し厳しくし過ぎた。それについて悩んだことももう過ぎ去った思い出なのだと、それが成長なのだと受け止める。
かつて後宮に勤めていた琳華の母はそこで覚えた音の無いすり足――衣擦れ一つすら立てないまるで猫のような足取りで娘の部屋の前から立ち去る。その表情に厳しさはなく、でもどこか寂しそうな表情をしていた。
「そうと決まれば気合を入れるわよ」
「はい、お嬢様!!」
どかん!!と音を立てて琳華がどこからともなく酒瓶を取り出す。好奇心旺盛、天真爛漫な猫のような二人が新たに誓いを立てたのは入宮の二日前のことだった。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる