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第3話
秀女の道を極めればいい (3)
しおりを挟むそして寄宿楼内、元布団部屋に戻って来た琳華と梢は二人揃って椅子に座り込む。
「小梢、わたくしまたヤっちま、ゴホン。やってしまったわ」
「ですがお嬢さまぁ……アレは本当に仕方ないですぅ……」
ずーん、と項垂れている二人の間に暫く沈黙の時間が流れる。
「どうしてわたくしは言い返してしまったのかしら……絶対にそうすべきではない場面だったはずよ。ましてや宗駿皇子様がいらっしゃったと言うのに」
「ふぇッ?!」
そう言えば梢に伝える機会がなかった。
最初に女官に連れられて偉明たち親衛隊の一団と会った時、すでにその後ろには皇子が控えていて。
「兵に扮しているとは聞いていましたが……あ、あの御方様が……あわわわわわわ」
泡を食う梢に琳華も気まずい。
不敬どころの騒ぎじゃない、が――皇子は本当に周家の琳華がどんな命令を受けて秀女として裏口から捻じ込まれてやって来たのかを知らなかった。
梢にもそう伝える琳華は強張っていた肩を落とす。
「父上は今、何をお考えで……そして偉明親衛隊長様はわたくしには皇帝陛下からの勅命である、と」
「旦那様は皇帝陛下に個人的にお伺いなどが出来るお立場、となりますよね」
「そうね。兵部の事務職に落ち着いたものの今は実際に兵が動く前に指示を出すお立場。そうともなれば皇帝陛下にも戦術などのお伺いもされるでしょう」
接点はあるとしても、だ。次の皇帝となる皇子の身、そして国をも揺るがしかねない事態について探ると言う役目。下手な真似をしたら打ち首にだってなってしまうかもしれない。そこまでは求められていないとしても、本当に細心の注意を払って行動をする筈だったのだが。
「お嬢様、お気を確かに」
完全に消沈した琳華。
後宮に来てまだ二日目、一晩を明かしただけ。
偉明とだって会ったばかりだと言うのに。
(偉明様についてはちょっと、馴れ馴れしい気がするのだけれど)
考えても埒はあかないし、そもそもどう調査をしろと言うのだろうか。父親や偉明たち側はある程度、目星を付けているからこその内定調査。それが一体どの家の娘なのかくらい教えてくれたって良いものだ。
何も情報が無い状況ではとりあえず波風を立てないように、他の秀女たちとは平等に仲良くしておくくらいしかできない。
すでに若干、嫌味を言われているがまあその程度ならどうにかなる。
「こうなったら野となれ、山となれ……皆の手本となる秀女であれ……秀女とは正室、皇后となる者。ゆえにいつ何時も皇子様の御寵愛を受けるに値する者であること……」
その時、琳華のぐるぐると整理の付かなかった思考にすっ、と一つの強い光が射し込む。分からないままではいたくないこの性分。それならば今できることをやればいい。そのやることはただ、一つだ。
――秀女の道を極めれば良い。
幸いにも既に宗駿皇子に面は割れているどころか偉明とのやり取りに対して若干、笑われた。印象は正直、悪くないと感じた。
これなら正室や側室にはならないとしても後宮の女官、警備や後宮内の不正を取り締まる官正の職にも近づけるかもしれない。この際、偉明ともどうにかやり取りをして自分は官正になりたいのだと意思を示せば。
「うふふ……ふふふ……っ」
「お嬢様、なにやら悪いお顔をされていますね」
「うふふふふふ」
「最後にそのようなお顔を拝見したのは旦那様に無断で夜市を見に行って夜明け寸前に帰って来た時以来でございます」
父親に女官になりたいと口利きをして貰わなくても偉明、そして……宗駿皇子がいる。秀女としてさらに華麗に振る舞えば万事が上手くいく、かもしれない。
その日の夜、他の秀女たちは昼間に日差しを浴びて外を歩き回ったせいか全員が部屋に引っ込んだままであった。
「他の秀女の方々はくたばりあそばしているようだけれど」
「左様で御座いますね。昨夜は伯家の丹辰様も張り切られていたご様子でしたが」
夕食に出て来た鶏の出汁か効いた汁物は朝と同様にしっかりと熱かった。
外を回って体を動かした琳華の身によく染みるような薄味ながら、しっかりと風味が付けられている。
別皿に添えられている鶏の身の方もふっくらと柔らかで、周家に通いで料理を作りに来てくれている年配の使用人の女性といつも一緒に調理をしていた梢もその温かい料理と質に驚いていた。むしろ自分が先に毒見として箸を入れ、せっかくの温かい料理が冷めてしまうことを残念がるくらい。
そんな梢は今朝の早い時間、周琳華の侍女として大きな炊事場の隣にある簡素な調理室の釜から湯を貰い、朝の茶の支度などをしながら下女たちから根掘り葉掘りと琳華の食の好みなどを聞かれていた。
しかし主人の身の安全を図ることが出来る梢は当たり障りのない「琳華様には苦手な物はありません」と平たい情報だけを伝えている。もちろん、寝起きの琳華にも下女たちから聞かれたこととその返事の内容は伝えていたがたった二日にして秀女たちへの値踏みや格付けに偏りが出てきているように梢は感じていた。
この格付けは先手必勝だ。
このまま琳華には秀女の中で宗駿皇子からの興味や寵愛を一番に受ける存在として君臨して貰いたい。周家の教えを胸に刻んでいる梢は当初、最年長である琳華に対して年増だのなんだのと言っていた同年代の下女たちの手の平返しを綺麗さっぱり、聞かなかったことにした。琳華には正直に伝えたが。
何事にも正直であれ。
それもまた周家の教えだったので梢の耳は琳華の耳である。目もまた同じ。
「わたくしも少し体を休めた方が良いのかもしれないわね」
「夜風は体を冷やすと言われていますが……少し窓を開けましょうか」
「ええ、お願い」
あと椅子を、と琳華は自分で椅子を窓辺に運んでしまうが二人にとってはいつものことなので梢も何も気にしない。しかし梢はすぐに膝に掛ける為の少し厚手の膝掛けを座った主人の膝に置く。
「案内図を見る限り、多くの楼閣や宮は庇のついた廊下で繋がっている。巡回する道としても機能しているようね」
ねえ小梢、と薄く開いていた窓辺にいた琳華は梢に話し掛けたつもりだったのだが「そうだな」と低く張りのある声が外から一つ。
「ひ、ッ」
「お嬢様?!」
主人の悲鳴に対しすぐさまタン、と木の床を蹴る音が続く。狭い部屋ながら跳ねるように駆けつける梢は寄宿楼の外周を巡る廊下にいた人物に「あっ」と声を漏らし、頭を下げた。
「薄桃の姫も悲鳴を上げるのだな」
「親衛隊長様……こ、こは、ここは女人の寄宿楼でございます。いくら窓が開いていたとは言え」
「今夜から親衛隊は秀女の身のまわりの警護も官正たちと連携し、担当する。宗駿様の為の姫君を守らねば親衛隊の名が廃る、とな」
背の高い偉明はぬっ、と窓から琳華と梢の部屋を覗き込んだが軽く息を飲み、溜め息をはばからなかった。
「薄桃の姫、お前たち……他の秀女の部屋を見たか?」
「いえ……昨夜はお誘いいただきましたが案内図のあの仕掛けがあったので外に」
「これでは布団部屋のままではないか」
険しい表情をする偉明は軽く頭を横に振りながら「周先生、いくらご息女と侍女が非常に健康体であるとは言え……ケチったな」と呟いた。
それを聞いた琳華と梢は顔を見合わせる。
一応、逗留するには困らない程度には家具や調度品も置いてあるのでこれが標準仕様だと思っていた。
「俺が話をつけてやる」
「な……し……」
しかも今、一人称が変わった。
ゴホン、と咳払いをした偉明の表情は険しいままだったが「私が周先生とその……まあ良い。内部に掛け合うから悪いが今夜はそのまま過ごしてくれ」と言う。
「小梢、わたくしたちは特に不自由な思いは」
「しておりませんが」
偉明の目にはこの二人の女性の為に誂えられた部屋が『布団部屋』あるいは『物置』のままに見えた。あまりにも質素で殺風景で、いくらなんでも酷い。そしてその待遇の悪さについて二人ともがほんのりとしか気づいていない。
一体どんな教育をしたらこんな粗末な部屋に対し疑問を抱かせないことが出来たのか。周家の屋敷は古くは無いはずで、近代的な上級貴族の屋敷である。自分の実家と変わらない造りだとしたらやはりそれは琳華の父の教えのおかげなのだろうか。それにしたって。
「……宗駿様の正室になるであろう姫君の部屋に相応しくない」
「ですが、あの、そのことについては」
「分かっている。だが……煤けた布団部屋に賓客を置いておくことなどとてもじゃないが王宮殿側として示しがつかない。宗駿様の威厳にも関わる」
意図せずどこかにカネが流れたか、と偉明は言う。
琳華の父親が本当にケチったのかは不明だが確かに賄賂が入ったにも関わらず、布団部屋。偉明の口ぶりからするとどうやら自分たちはもう少し良い部屋に入る予定だったのだと琳華は知る。
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