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第3話
秀女の道を極めればいい (2)
しおりを挟む「相変わらず張隊長はお言葉が上手ですこと」
何なんだ、この時間は。
それに偉明の爽やかな笑顔――彼の偽装は完璧だ。古参の女官を前にして、まるで別人を演じている。
「実は我々も姫君たちが後宮内部の案内を受けると聞き付けまして、宗駿様より一足先に偵察をさせていただこうかと」
「あら、それなら言ってくだされば良かったのに」
「今日は晴れているせいか姫君たちの美しさが日の光に照らされて特に際立っているようだ。宗駿様にも良い報告が出来る」
女官と偉明の立ち話はそれほど長くは無かったが彼がまるで心にもない事を言っているのは明らかだった。
ぜーんぶが、建前だ。しかもかなり上等な美しい張りぼて。ただ、言葉の全てが建前だと分かっていても美麗な偉明から言われたら嬉しくなってしまう女性は多いだろう。
琳華はどうにか歪んでしまいそうになる表情を保とうと箸休めの如く大柄な武官の方を見る。
すると一瞬だけ、武官の視線は対面している琳華から見て左側に立っている軽装の兵に向けられた。その兵は偉明と同じように嘘で塗り固められた顔でにこやかに立っているのではなく、可笑しそうに笑ってしまいそうになるのを堪えているようだった。
――それがきっと、次なる皇帝の宗駿皇太子。
柔らかな面差しは鋭さのある偉明とは正反対だ。
偉明のように上級貴族の子が混じる隊ゆえに、そんな優しい面立ちの気品ある兵がいても違和感はなかった。
「姫君方、もし分からない事や心配事があれば“我々に”聞いても構わない。ご覧の通りに兵士ゆえ、些か姫君とのお話に慣れていないやもしれないが少しは頼りになるだろう」
終始にこやかな偉明に秀女たちは聞き入っている。
(これはきっと兵法の中にある話術の中でも特別な……なんて言ったら良いのかしら……スケコマシ?女タラシ?)
考え込んでしまう琳華だったが最後に偉明と視線が合った。
「では……我々はこれにて。どうぞ気兼ねなく、お気軽にお声掛けを」
偉明は長羽織を靡かせ、颯爽と去ってゆく。その布捌きの音が琳華にはちょっとだけ格好よく聞こえた。
風を切るように、真っ直ぐな背筋の一行はまさしく警備を司る宮正の女官になりたい琳華が憧れる姿のようだった。
「あら琳華様、皇子様よりも親衛隊長様に」
「え……っ」
「ずっと目で追われていましたから」
うふふ、と笑う琳華の隣にいた他の秀女の言葉。裏を返せば『皇子の正室候補として選ばれた癖に他の男を見るなんて』と言う意味にもなる。なんとも耳が痛い事実に琳華は視線を下げて波風が立たないよう、反論をしなかった。兵の中に皇子が紛れていたなど、言えるわけがない。
それはそうと、自分たちは優しい面立ちの皇子の瞳にどう映っただろうか。
また庭を進む秀女の一行。他の秀女から立場をわきまえろ、と暗に言われて消沈していると見せかける琳華は自分の力強い歩みを変えてまた最後尾へと戻って来る。相変わらずその一番後ろには愛霖がいた。
自分は他の秀女とは目的が違うから言い返さなかっただけ。正室や側室になりたいと思って来たわけではない。
「琳華様、親衛隊の方々も素敵でございましたね」
そっと小さな声で素直な感想を言う愛霖に琳華も頷く。だが愛霖の纏う雰囲気がそうさせているのか、やはりどこか具合が悪そうに見えてしまう。お化粧をしているが少し顔が青いような。指先も血の気が通っていないように見えるがお節介なことをしても愛霖が嫌がるかもしれない。今、自分たちはそれぞれに戦っているのだ。
理由はどうであれ覚悟を決めてやってきた女性たちばかりのなかで、自分がそれを挫いたり士気を損なうようなチャチな真似はできない。
琳華は終始、一行の最後尾を愛霖と一緒に歩いた。
昼下がりの強い日差しを避けるように後宮の全てを回る前に散策は切り上げられたがどの秀女も皆、ほとんど休むことなく歩き回ったせいでくたくたになっていた。そして最初に集まった寄宿楼の廊下で解散が言い渡され、必然的に最後尾にいた琳華だけがきょとんとした表情で突っ立っていた。同じく梢も秀女たちがやれ足が痛い、靴擦れが、などと文句を言っているのを聞き流す。
「流石です。お嬢様だけが何の愚痴もありません」
「体が丈夫なのがわたくしの取り柄ですもの」
「んもう、またそう仰って……あの、お嬢様。あちらの御方は大丈夫でしょうか」
梢の視線の先にあったのは一人で部屋に向かう愛霖の心もとない細い後ろ姿。彼女は一人部屋が与えられているようだが侍女を持っていないようだった。
「劉家、愛霖様ね。あまり加減が良さそうに見えなかったの。お肌も手や首筋などを見る限りでは綺麗なようだったけれどお顔のおしろいも少し厚いし、指先の色も血の気が引いていたのかとても白くて……」
年長者として少し気にかけてあげた方が、と梢と立ち話をしていた時だった。
「居残りとは熱心な姫君だ」
またしても音も無く現れたのは張偉明と側近の体の大きな武官――ではない。息を飲んでしまった琳華はいきなり最善の選択を迫られる。
「ごきげんよう、親衛隊長様」
「ああ。花の群れが散る様を見たのだが……薄桃の姫、これも何かの縁。私と庭をもう一回り如何ですか?」
「ですが、今日は」
「冗談ですよ」
夜に会った偉明ではない。今、彼はあくまでも先ほどと同じように『表向きの顔』で話し掛けてきている。
(そう考えると、やはり宗駿皇子様はわたくしの役目を存じ上げていらっしゃらない……?)
琳華が抱いていた疑問への答えが明確になってゆく。
宗駿皇子は、本当に何も知らされていない。
一番信頼をしているであろう親衛隊長の偉明にすら、自分の正室、側室選びとして集まった女性の中に良くない者が紛れ込んでいるかもしれない、と言うことを知らない。
「……よ、ろしいのですか?秀女と言えどもわたくしは宗駿皇子様の御寵愛を賜るべく逗留をさせていただいている身です」
「私のこの行いが軽率で不敬、と?」
偉明の鋭い瞳が頭一つ分背の低い琳華の脳天に突き刺さる。
「あくまでもわたくしは皇子様の為に仮の入宮を許された身ですので……親衛隊長様も一応、殿方でありますし」
一応、他の男性と話をして良い身ではない。それに偉明も皇子の為に用意された女性に気安く話し掛けるのもどうか、と琳華は暗に言う。
これは琳華なりの、トゲトゲグサグサしてくる彼の振る舞いへの仕返しだ。目には目を、である。
「これは大変なご無礼を。ええ、そうでしたね、薄桃の姫」
「わたくしは周琳華と申します」
上級貴族の娘としての矜持が伺えるようなしなやかな立ち姿のまま一歩も引かない琳華に偉明の口もとが僅かに動いたが「ご無礼を重ねた事、陳謝いたします。琳華様」などとやはり心にもない上っ面だけの謝罪を恭しく行った。
すると庭の方から重い足音が聞こえて来る。
「隊長!!どこに行ってしまったのかと思えば!!」
例の体の大きい偉明の部下が走ってやって来る。
琳華と口喧嘩のようなことをした偉明と、それを黙って真横で見ていた兵士……ではなく変装をした皇子はついに後ろを向いてしまった。多分、笑いそうになるのを堪えている。
「雁風、少しは良い運動になっただろう。最近、体が鈍っていると部下から聞いたが?」
「な……!!」
その部下、の方を見た偉明。
もちろんその部下の正体は宗駿皇子。
「隊長、お遊びはここまでにしてください。東宮に戻りますよ」
体の大きい武官、雁風はまた「失礼します」と律儀に浅く頭を下げてから偉明と皇子を連れて琳華たちの前から立ち去って行った。
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