10 / 43
第3話
秀女の道を極めればいい (1)
しおりを挟むあまり騒がしい事は苦手、と言いたげな琳華の落ち着いた様子に丹辰もこれ以上は強く出られないようで引き下がる。しかし彼女を取り巻く秀女たちは若干、琳華が付き合いの悪い女性と言う印象を持ってしまった。
「ひと口ずつだけど、皆さんで食べて」
ね?とにこっと笑ってから梢を連れて広間から立ち去る琳華に対する評価が秀女たちの間でごく僅かに、二分し始める。
ある者には最年長者としての余裕、ある者には年下に対する付き合いの悪さ。どちらかと言うと女官や宮女たちからは前者、丹辰の取り巻きからは後者の雰囲気が漂うが琳華は元布団部屋に戻って来るとまた、椅子に座り込んでしまった。
「お嬢様も甘い物を少しお食べになりますか」
短く頷く主人に梢は家から持って来た大きな方の包みを開く。
「小梢も座って、食べましょう?」
「はい」
ふう、と息をつきながら瞼を閉じる琳華。これは兄たちから教わったちょっとした精神統一の行為。すう、と呼吸を整えた琳華は包みを開いてくれている梢を見上げる。
「わたくしはどう振る舞ったらよいのか。どこにでも人の目や耳があり、いっときも休む間を与えられないと言うのは……なかなか堪えるわね」
「でもお嬢様、とっても順調だと思うのですが」
「小梢にはそう見える?それなら良いのだけど」
干し杏を口に運ぶ琳華の物憂げな表情。この後宮にたった一泊をしただけだと言うのに梢はもう、何度も見ている。
話によれば十日間は帰れない。長くなればひと月、後宮に滞在することとなる。
「不敬なことだけれど、選べるだけ良いのかしら」
誰が扉の向こうで聞き耳を立てているかも分からないので琳華は小声で囁くように皇子の正室と側室選びについて言及する。それは選ぶ余地すら与えられず、嫁いだその日に初めて結婚相手と顔を合わせることが珍しくも無い、自らも含めた世の中の女性の境遇も含め、婚姻に至るまでの慣わしを風刺しているようだった。
「立場がおありだとしても、自由に恋愛をなさることがあっても良いとわたくしは思うのだけど」
木の実をつまんでいた梢にそっと問いかける琳華もまた、女主人として一人の女性の自由を縛っていることは忘れずにいた。梢からは「家族がいない私にとっての幸せはお嬢様のそばにいることです」と言われたこともあったが、やはり……。
「周琳華はおしとやか。重いものなど持ったことがない……秀女の中では最年長で」
再び自分に言い聞かせているような琳華に梢は少し、心配になる。これは琳華にしか出来ない内定調査と言う役目だ。父親にそんな気がなくても末娘を手駒としている事に間違いはない。それでも琳華の父親は梢の生家である絽家が一家離散となった頃、奴隷として買われる寸前で助けてくれたのだ。本当の梢の父親は多分、亡くなっている。母親も幼かった梢を悪い商人から引き離す為に犠牲になり、消息が分からない。
時刻を知らせる鐘が鳴る。
機敏に椅子から立った梢はつまんでいた菓子をさっと片付けて軽く琳華の髪を櫛で梳いて整えてから部屋から出て貰う。
小休止の後に集まるようにと言われていたのは寄宿楼の廊下だったのだが今日は天気が良かったので「回れる内に外を案内します」と担当の女官から伝えられた。
その音頭と共にわらわらと十二名の秀女たちの集団と後方には侍女たちが庭から後宮内の散策に繰り出す。
「案内図では大体、どこへでも出ても良いとありましたが」
我先に、と積極的な者に押し流されて列の一番後ろになってしまった琳華は隣にいる自分より四つも若い、まだ少女の可愛らしさが残る女性に話し掛けた。
「ひゃ、っはい!!そうですね」
「劉家、愛霖様……ですよね。周琳華です。最年長ですがよろしくお願いしますね」
琳華と同じくらいの背格好の愛霖は驚いた様子だったが、そのわけは急に話し掛けられたと言うだけでは無さそうだった。廊下に集まった時から他の秀女たちにあっという間に押し出されてしまった愛霖。琳華は後方でも問題は無かったのでそのまま後ろに居たのだが愛霖はなんとなく、引っ込み思案な印象を琳華に持たせる。
それに午前の座学のあと、自然と数人で固まり出している秀女たちのなかで愛霖はぽつんと一人でいた。
「琳華様、わたくし……あの」
「どうかなさったの?お加減が優れないようでしたら」
琳華の優しさにまるで条件反射のようにすぐに首を横に振った愛霖は「大丈夫です」と言って俯いてしまった。
庭の散策と建物の説明を受けながら歩く秀女たちだったが宮女たちから強烈な視線を浴びていた。昨夜はかがり火だけ、人の行き交いも少なかったせいで分からなかったが逗留している楼内でさえすぐに噂話が立つのだから昼間の後宮の庭など夜間の比では無い。
愛霖はまだ全く、人の目に慣れないのだろう。
秀女の半数が貴族の箱入り娘たちだ。好奇の目も多少は浴びているだろうがここの雰囲気や鋭さは世間とはまるで違う独特さがある。
「もし本当にお加減が優れないようでしたらわたくしに言ってくださいね」
琳華の何気ないその一言が愛霖を救う。年下の梢と一緒に暮らしていれば声掛けの一つなど当たり前。周家では皆がそう、教えられてきた。
「琳華様……」
小さな声ながらも有難うございます、と礼を述べる愛霖は集団に遅れないように歩いてゆく。毎日の散歩のみならず、家庭教師として頼まれていた貴族の家に通っていた琳華にとって長く歩き続ける事もなんでもない日常の動作の一つ。しかしそんな健脚な琳華は最後尾からいつの間にか一番前に出て来てしまっていた。
足腰の強さもまた、秀女――いずれ子を産まなければならない正室や側室にとって重要事項だった。軟弱な体はお産に耐えられない。ましてやこの後宮、精神的な負担は世間とは比べ物にならなかった。正室が皇子を生んでしまえば継承権は一位であるが、側室も皇子を産めば揺るがぬ地位になる可能性はぐっと高まる。
女官から説明を受けながら散策をする一行の前に現れたのは濃紺の一団、宗駿皇子専属の親衛隊だった。先頭を行くのはもちろん偉明。彼の側近である体の大きい武官を含めて全員が帯刀しているものの他の兵とは違い、親衛隊は厳めしい鎧などは身に着けていなかった。
偉明と側近の後ろに控えている数名も略式の革の胸当てや肩当を付け、帯刀をしているだけ。
その腰にはこの女の園の後宮内を自由に歩く事が出来る印としての揃いの白い組紐が提げられていた。
それについても説明をする担当女官は親衛隊長に挨拶をする。
秀女たちにも自分に倣うよう促し、偉明たちも形式的に挨拶をしてくれた。
たまたま偶然、前に出て来てしまっていた琳華は偉明と昨夜の体の大きな武官の後ろにいる四人の内の誰か一人が宗駿皇子なのだと知っていた為、必然と目で探してしまう。
「美しい姫君たちが勢揃いで……庭に花が咲いたようだ」
社交辞令の口上とは言え偉明から発せられる言葉に「は?」と思わず声に出てしまいそうになった琳華は袖口で口元を覆う。今、彼は何と言った?と、ぎょっとした視線はそれでも一瞬だけに留まる。いや、留めなくてはならなかった。そうしなければまた次に偉明と会う機会があったなら、絶対にグサグサと遠慮のない棘のある言葉が全力で投げられるに違いない。
7
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる