14 / 43
第4話
偉明様なんてこうして、こうよっ!! (1)
しおりを挟む事態が急転したのは翌日の昼だった。
午前中は昨日の続きの座学、昼からも今度は後宮の内部の散策が予定されていた……筈だったのだが今、寄宿楼の各部屋の雰囲気はばたばたとしていた。
元、どころか『布団部屋のまま』の琳華と梢の部屋だけはあまり変わらず、午前中の座学が終わったと同時に見慣れない色の衣裳を纏った女官が広間にやって来て秀女を統率する担当女官に短く耳打ちをしていった。
「皇子様と謁見できる可能性がある、だなんて」
「お嬢様、髪はどうなさいましょう」
「……あまり無難でいるのも逆に目立ってしまうわよね。皆、相当気合を入れて着飾るでしょうし」
それなら思い切って“気合を入れた”姿になった方が良いかもしれない、と琳華は梢に伝える。
「小梢、わたくしのとっておきの紅を出して欲しいの」
「例のブツですね」
ぐふふ、と若干変な笑い声が出ている梢は琳華の化粧用の小箱から美しい貝の入れ物に入った紅を取り出す。
「私が塗りますか?それともお嬢様が」
「小梢に任せるわ」
「承知いたしました」
着替えた羽織も持って来た中では珍しい青みがかった濃灰色のもの。一見、とても地味な色合いをしているが偉明曰く「花が咲いたような」場所に一人、暗い色の羽織は目立つ。何よりそれは琳華が持っている羽織の中で一番高価な物だった。
見る目がある者ならばその品質が分かる。
そう、普段から最上級品を身に着けている宗駿皇子などについている女官や兵が見れば価値が分かる品物。襟元や袖口に施されている刺繍も銀糸に青い糸が一本だけ含まれ、光が当たれば美しい色合いを見せる。
その羽織は華美と言う雰囲気ではなく、気品と厳かさがあった。
「いつぞや母上から賜った勝負の紅……不思議と力がみなぎるのよね」
昨日まで、つい先ほどまでの琳華とは違う。
気高さを象徴する結い髪には襟もとの銀刺繍と同じ銀細工の髪飾り。
梢の手に握られた細筆によって深い赤の紅が掬われると琳華の唇の輪郭は丁寧にふちどられ、最後に目元にもごく細い針先のような筆で紅を引く。
「ッ、はあ……はぁ」
迫真の表情と指先で琳華の美しい顔をさらに美しく彩った梢は完成した主人の姿をすすす、と数歩後ろに下がって確認する。
「良すぎる」
俗な言葉が漏れ出ているが椅子に浅く座り、すらっと背が伸びた琳華の姿は既に若き皇后や寵姫と見まごう輝きを放っていた。
これはきっと宗駿皇子の隣に座っていても見劣りしない迫力がある、かもしれない。
「良い」
「っふ、ふふ」
梢の言葉と表情についに吹き出した琳華は卓の上にあった鏡を手にして確認する。
「確かに良すぎる、わね」
言葉遊びに付き合ってくれる琳華に梢も笑う。
「ちょっとやりすぎたかしら」
「ぜんっぜん!!そんなことありません!!」
「すごい迫力」
ぐっと両手に握りこぶしを作って首を横に振る梢は、主人がこうして完全武装をしてくれることが何より嬉しかった。日頃はそれなりに化粧もするがあっさりした風合い。それでも琳華は健康的で美しいのだがそれとこれとは話が別である。
「小梢もね、あなたに似合うのは……この色」
おいで、と呼び寄せた梢に琳華は化粧用の小箱の中から一つの入れ物を取り出して小指の先に付ける。
とん、とん、とそっと小指の先で乗せられた淡い色の紅。
すると可愛らしい梢の瑞々しく柔らかな唇に桃色の花が咲く。
「よ……よすぎる」
「ええ、とっても似合ってるわよ」
「お嬢さまぁ~、絽梢は一生お嬢様についてゆきますぅぅ~!!」
感極まっている梢、そして年相応に気高く美しく着飾られた琳華。仲の良い二人は布団部屋から揃って出る。
既に他の秀女たちも廊下に出て集合場所へと向かおうとしていたが寄宿楼付きの下女たちも仕事をするふりをして様子を見に来ていた。
ひそひそ、と言う声に混じって「あちらの方が例の?」やら「最年長と言うだけあって迫力が凄いわね」などの会話が交わされている。その中でも「儚げな感じだったのにしっかりとしたお化粧をするとまた変わるのね」とどうやら直接、琳華の顔を近くで見たことのある……配膳時か何かに会ったらしい者の言葉が琳華たちの耳に入った。
「ぐふふ。お嬢様はとーってもお美しいんですから」
梢も胸を張っていた。
ひそひそ話をされるくらい美しい主人をさらに美しく化粧で彩ったのは侍女たる自分。
周家はとても待遇が良く、侍女にも化粧や良い衣裳を着させてくれる。今、梢が身に纏っているのも琳華からのお下がりで汚れなんてないし、あれば自分が丁寧に洗濯をした。琳華も浪費癖はなく、ひとつひとつ物を大切にしているのでお下がりになんて到底見えない。
なんとなく、梢が今思っていることが分かってしまった琳華はこっそりと笑う。そんな渋くも麗しい琳華に秀女たちも僅かにざわつく。
やはり皆が色とりどりの華やかな衣裳を身に纏っているが琳華のように落ち着いた色合いの者は誰一人としていなかった。
それは最年長者なりの着飾り方だと言わんばかりで。
「まあ、琳華様!!」
可憐な小鳥のさえずり、では無く伯丹辰のはっきりと通る張りのある声が上がる。
「なんて素敵なの……薄い紅しか差されていなかったけれどきっと濃い色の方もお似合いになる、とわたくしはずっと思っていましたの!!」
「そ、そう……?有難う。丹辰様も華やかな御顔立ちが朱の衣に映えてより一層素敵よ」
日、一日と丹辰の取り巻きが増えているが琳華に対する視線はあまり好意的ではない雰囲気。それでも直接的には言ってこない。
「皆様もお綺麗で」
にこっと微笑み、当たり障りのない褒め言葉を投げかける琳華に対し、途端に満更でも無さそうにしている取り巻きたちはやはりまだ気が幼いように見える。
「そう言えば丹辰様、劉愛霖様はどちらに」
「ああ、あの方ですか……」
琳華が未だ姿が見えない愛霖を心配するとその場の空気が瞬間的に冷えた。
4
あなたにおすすめの小説
傷跡の聖女~武術皆無な公爵様が、私を世界で一番美しいと言ってくれます~
紅葉山参
恋愛
長きにわたる戦乱で、私は全てを捧げてきた。帝国最強と謳われた女傑、ルイジアナ。
しかし、私の身体には、その栄光の裏側にある凄惨な傷跡が残った。特に顔に残った大きな傷は、戦線の離脱を余儀なくさせ、私の心を深く閉ざした。もう誰も、私のような傷だらけの女を愛してなどくれないだろうと。
そんな私に与えられた新たな任務は、内政と魔術に優れる一方で、武術の才能だけがまるでダメなロキサーニ公爵の護衛だった。
優雅で気品のある彼は、私を見るたび、私の傷跡を恐れるどころか、まるで星屑のように尊いものだと語る。
「あなたの傷は、あなたが世界を救った証。私にとって、これほど美しいものは他にありません」
初めは信じられなかった。偽りの愛ではないかと疑い続けた。でも、公爵様の真摯な眼差し、不器用なほどの愛情、そして彼自身の秘められた孤独に触れるにつれて、私の凍てついた心は溶け始めていく。
これは、傷だらけの彼女と、武術とは無縁のあなたが織りなす、壮大な愛の物語。
真の強さと、真実の愛を見つける、異世界ロマンス。
もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~
泉南佳那
恋愛
イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!
どうぞお楽しみいただけますように。
〈あらすじ〉
加藤優紀は、現在、25歳の書店員。
東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。
彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。
短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。
そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。
人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。
一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。
玲伊は優紀より4歳年上の29歳。
優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。
店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。
子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。
その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。
そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。
優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。
そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。
「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。
優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。
はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。
そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。
玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。
そんな切ない気持ちを抱えていた。
プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。
書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。
突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。
残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……
【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。
朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
銭ゲバ薬師と、思考過敏症の魔法機動隊長。
Moonshine
恋愛
昼も薄暗い、城のほとりの魔の森に一人で暮らす、ちょっと・・大分お金にガメツイけれど、腕の立つ薬師の少女のニコラと、思考過敏症に悩まされる、美麗な魔法機動隊長、ジャンのほのぼの異世界恋愛話。
世界観としては、「レイチェル・ジーンは踊らない」に登場するリンデンバーグ領が舞台ですが、お読みにならなくとも楽しめます。ハッピーエンドです。安心してお楽しみください。
本編完結しました。
事件簿形式にて、ミステリー要素が加わりました。第1章完結です。
ちょっと風変わりなお話を楽しんでいってください!
不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。
猫宮乾
恋愛
再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。
【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること
大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。
それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。
幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。
誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。
貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか?
前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。
※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる