『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』

緑野かえる

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第4話

偉明様なんてこうして、こうよっ!! (4)

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「何か状況に変化はあったか」
「……家に帰る事となった方がずっと泣いていて」
「所詮はその程度だったのだろうな」

 そんなこと、はっきりと言わずとも琳華とて分かる。
 なんとしてでも正室、かなわなくても側室になるために皆が秀女選抜を通って来たのだ。家柄はそこまで考慮されない公平性もあった。しかしながら高い教養が求められるともなればやはり貴族の娘たちの方が合格率は高い。

「秀女としての重責に圧し潰されそうになっていた所で不必要だと言われ、家に帰されるのは」
「それが現実だ」

 だから、そんな冷たい言い方をしなくたって。
 琳華はまた袖の中でぎゅっと握りこぶしを作りながら、気取られないように深呼吸をする。自分が今ここで怒ってもどうにもならない。また彼に鼻で笑われるのが関の山。

「秀女になれる人材だ。読み書きが出来る、見目も良いと噂も流れるだろうし嫁入りに困るようなことはないだろう」

 彼は、全てこの世の無情な事実を述べているに過ぎない。

「悔しいか」
「え……」
「ご息女はそうやって誰かにいかれるのだな」

 さくさくと青い草が生えていた小川のほとりから二人は石畳の道に移る。

「私にも、宗駿様にも怒りの自由がない。私はただ、宗駿様の命を守るためにあるだけ……それ以外の一切を捨てて尽くして来た。宗駿様はいずれ名君となるお心をお持ちの方だが」

 立ち止まった偉明が仰ぎ見た先にあったのは東宮。
 宗駿皇子が住まう立派な宮殿であり、偉明が詰めている場所。

「まあ、ご息女には分からんだろうな」

 少しだけ緩んでいた琳華の袖の中の強い気持ちがまた偉明の言葉によってぎゅっとなる。しかしそれは悔しさや怒りではなく、彼が自分に吐露をした気持ちへの切なさによるものだった。
 きっと偉明は、その気持ちを誰にも言うことができない。琳華には梢がいる。梢もまた琳華に話せる部分は話をしてくれる。
 それならば偉明は……今日は一緒ではない雁風とは良き上司と部下のように見えるが、人付き合いはそれぞれだ。

 吹き抜ける風が少し冷たい。
 その風が偉明の髪を揺らし、琳華の纏う衣裳の裾を揺らす。

「わたくしに、そんなことを仰って差し支えはないのですか」
「……別に」

 なんだろうか。張偉明が時折見せる冷たさはまるで薄氷のように冷たく繊細で、触れたら指先がぷつりと切れてしまいそうな……。

(でも、わたくしに言わなくたって良い筈なのにどうして)

 琳華の濃く彩られた唇がきゅっと何か言いたげに動いたが言葉は無かった。

「あ、と……あの、偉明様」
「何だ」
「わたくしの部屋の件ですが、ご配慮有難うございます」
「ああ、あれか」

 頷いてくれた偉明に琳華の心も少し緩む。

「宗駿様のお下がりだが」
「に゛ゃッ」
「ご息女が布団部屋に滞在していると伝えたら」
「わ、わたくしと小梢にそんな尊い調度品を?!」
「周先生の娘だと存じられているからな。ご息女は本当に何も知らずに後宮に放り込まれたらしい。まあ秘匿されるべき事柄だが……多くを語られぬ所も周先生らしい」

 美しい琳華の表情がころころ変わる。
 偉明からは感情を制御するようチクチクと言われていたがこればかりはどうしようもない。かなり上等な品が運ばれているとは思ったがまさか、だ。

「部屋にはまだ誰も招き入れていないな?」
「はい、それは……」

 あ、と思い出した琳華は初日の夜に伯丹辰に呼ばれた事を偉明に伝える。

「女人と言うのは徒党を組みたがるにしても早計だな。ご息女の家柄を知ってのことと見た」
「周、なんてどこにでもある名字ですが」
「官職についている者で兵部に近い部署ならば勘付きはするな。先生のご年齢、家族構成……読み書きが十分に出来る為に貴族の子女たちの家庭教師をしている未婚の娘」

 偉明もまた、周家の家族の全てを知っているようだった。
 まあ、父親が必要に応じて彼に伝えたのかもしれないが。

「偉明様はどこまでご存じで……」
「季節になるとご息女と侍女が庭の柿の木に登り、山に行っては山菜を取り、夜市がある日には夜な夜な二人で街に出て夜遊びを」
「あああああっ」

 琳華の濃い化粧の頬が赤くなる。
 何かまた言われたのか、身を小さくさせて肩を震わせている主人の様子に後方にいた梢は心配になるが言った方は……笑っていた。琳華は地面とにらめっこをするように顔を下げてしまったので偉明のその朗らかな表情に気づいていない。

「つくづく周家は健康で、健全だ」

 また明日、と偉明は言葉を残して東宮の方へと行ってしまった。
 取り残される形になった琳華は恥ずかしさから膝から崩れ落ちてしまいそうになり、慌てて駆け寄った梢はその背を支える。

「小梢、わたくしたちも部屋に帰っても大丈夫でしょう……うう、恥ずかしい」

 顔から火がでそう、と梢にだけ聞こえる声で言う琳華は恨めしそうに偉明の後ろ姿を見つめていた。

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