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第4話
偉明様なんてこうして、こうよっ!! (3)
しおりを挟むその日の夜の寄宿楼は騒がしかった。
帰り支度を迫られた秀女は泣き、侍女につらく当たっている声が窓が全開になっている角の布団部屋にまで聞こえていた。
そんな布団部屋の隅に寄せられた椅子に琳華は梢と共に座り、煌びやかな調度品が腰に白い組紐の飾りを提げた男性の兵によって運ばれてくるのを団扇で顔を半分隠して眺めていた。夕食の前までに、と急ごしらえで運ばれて来る上等な衝立や敷物。
どうして昨日、偉明が強く気にしてくれたのかは愛霖の部屋を見て明らかだった。
(愛霖様のお部屋とわたくしの部屋をくらべたら……確かに、まごうことなき布団部屋だったとは……)
集合に遅れそうになっていた愛霖の部屋を訪れた琳華はきちんとした内装の部屋に面食らってしまった。だがどうやら偉明が宣言の通りに口添えをしてくれたらしく本当に『布団部屋のまま』だった部屋が随分と華やかになる。
しかもその敷物など古くは見えるがかなり上等な物だ。もしかすると皇帝の側室あたりが使っていたように見える豪華さだった。
「お嬢様、まだ時間がかかりそうなのでお散歩に行きますか?」
埃が立つから、と二面の窓は開けられていて風通しも良いが流石に琳華に埃を浴びせるわけにも行かない、と梢が判断する。
「ええ。信頼のおける方々ですから少し席を外していましょう」
その方が兵たちもやりやすいだろうと考えた琳華は梢を伴って部屋を出る。すらりとしていながらも健康的な琳華だが兵たちはその姿に色めき立つ事は無かった。厳しい試験や面接を何度も抜けた精鋭。後宮の女人には指一本、触れたりなどしない。散歩に行ってくる、と伝える梢に対しても彼らは必要最低限の会話しかしなかった。
後宮はどの宮も楼閣や棟も華やかであり、そして忙しない場所だった。
庭の中心部に誂えてある小川のほとりは比較的落ち着いた雰囲気があったために琳華は梢を伴って夕暮れに差し掛かる庭を散策する。
動いている人の横でじっとしているのが苦手な琳華。実家にいて、気心の知れた使用人たちに混じって手を動かすのが常だった。彼女の健康な体の性質上、普通の貴族の女子たちとは違ってかなり力持ちでもあるので作業を見ているとうずうずしてしまうのだ。
でも、ここでは絶対にそんな真似などしてはいけない。
梢が庭に連れ出してくれたおかげで少し気が収まった琳華はふと衛兵の見回りの時間を思い出す。今日、これからの夜の時刻では近くの東通用門に立つ兵は偉明、あるいは父親と内通している者たちの筈。
何気なく琳華がそちらの方を見つめていると視線に気がついたのか周囲を見渡していた門番が口元だけにこっと一瞬、笑ってくれた。
誰が味方で、誰が敵なのか。
判断を誤ってしまえば首が飛ぶような場所で分からないことばかり。琳華の無意識に近い層にある不安な想い……そして今なぜか、偉明の涼やかな顔がよぎった。
(どうして、偉明様なんて)
この年齢になるまで男性の好みなどあまり考えたことの無かった琳華。かなり稀ではあるが自由奔放にさせてくれていた父親も裏を返せば琳華を家から出さず、箱入り娘のままでいたせいで――今、琳華の心は急速に変わりはじめていたのだった。
「馬子にも衣装、か」
「にゃん゛っ!!」
突然降りかかって来た影と声に琳華の体が飛び上がる。
「私の気配が読めなかったのか」
「か、考え事をしていただけです」
濃紺の衣裳を身に纏った偉明は言い訳をする琳華を鼻で笑ってすい、と視線を彼女の後方に移す。そこには梢がいたのだが偉明の視線に気がついてパッと一歩下がった。
「ご息女。昼間の謁見の際に宗駿様に笑われていたが気づいていたか?」
「……はい。それは、雰囲気で」
今日の琳華は美しかったのだ。誰が見ても既に皇子の正室や側室などと言われてもおかしくないくらいの完成度。完璧な化粧に上質な青みがかった濃灰色の衣裳は彼女の気高さを一番に引き立てていた。
薄桃色の衣裳よりもその渋い色合いの方が琳華の強い本質さを飾り……と、偉明は少し眉尻を落とす。
「あの御方の心を動かす者は本当に数少ないのだ」
「それは……」
「温和そうな面立ちをされているだろう。だが、そうされているだけなのだと知っている者からすれば昼間のあの謁見は正直驚いた」
「それはわたくしがやはり年齢的にも場違いでおかしかったから」
「そうではない」
偉明の声が少し強くなる。本人も咳払いをしてから「ご息女、少しその辺を歩くぞ」と言われた琳華は後ろに控えてくれている梢を見る。
「主人を借りても良いか」
同じように振り向いた偉明の長い髪がするりと揺れた。
今日は高く結い上げている琳華と一纏めに高く結んでいるだけの偉明。そんな二人を背後で見ていた梢は思い切り頷く。
――夕暮れ時、同じ年頃の男女が二人。
美しい琳華の隣には……梢は偉明がいるなら、ともう二歩ほど下がるとまるで上等な風景画のような二人の後ろ姿を眺める。
また「ぐふふ」と感情がこぼれてしまいそうになる梢は口をぎゅっと結びながら話をし始めた二人についてゆく。
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