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第5話
本当の秀女選抜 (2)
しおりを挟む朝食の膳が運び込まれる時間。相変わらず琳華の部屋の前は賑やかだった。最年長の年増、と言われもしたがその落ち着いた立ち居振る舞いや美しさに取り入ろうと下心を隠せないでいる年若い下女たち。そんな思惑が透けて見えていても琳華は配膳の感謝の気持ちとして用意をしてくれる者に対し花が咲くようににこっと笑いかける。
計算された笑顔ではあるがこれも全ては宗駿皇子の為であった。
「……下女の方々がこの様子だと例の賄賂、役に立ちそうね」
「お嬢様と一緒に作った美味しい甘味ですからひとたび口にしてしまえば……うふふ」
「別に変な混ぜ物はしてないのだけど年々、技術は向上しているから」
「糖蜜の煮詰め方とかしっかりと帳面につけていますし」
「二人でちょっとした商いを始めても良いくらいよね。後宮で働く女性たち御用達の甘味問屋とか」
冗談交じりに笑う琳華だったが周家の利益についての教えに則ればそう言った考えも自然と浮かぶ。
とにかく琳華と梢は小さな頃から色々と生きてゆく術を両親から躾けられてきていたのだ。
「それにしても調理場が近いからかしら。しっかりと温かい物が食べられるなんて」
「話に聞くところ、どうしても炊事などの場所から離れている宮の方は時期によってはすっかり冷めてしまうみたいですね」
「女性が、特に皇帝陛下や皇子様の御寵愛を賜る身を冷やすのは良くないと思うのだけど、なかなか事情は厳しいようね」
二人ともが琳華の母親から「体を冷やさないように」と口うるさく言われていた。なんとなく距離を置いていた琳華ですら寒くなる前には新しい綿が詰められた羽織や布団が与えられ、別に傷んだりなどしていない綺麗なお下がりはそのまま梢に与えられたり通いの使用人にも冬支度のための俸禄として配られていた。
「わたくしたちも有難く頂かないと……とは言え」
耳を澄まさずとも、朝食も無しに出て行かされる秀女の声が聞こえる。それからの二人は黙々と食事を済ませ、梢は琳華の最終的な支度を手伝うと座学の為に二階部分に向かう主人を見送る。
・・・
午前中は作法、礼儀についての座学と実践をみっちりと女官によって教えられる。当初十二人いた秀女は十人に減っていた。
あまり前面にしゃしゃり出るのも、と琳華の定位置は後方の席だったのだが反対に積極的な丹辰は一番前の席で熱心に講義を聞いている。
座学の合間、小休止の時間が与えられると秀女たちは真っ直ぐに伸ばしていた姿勢を崩してそれぞれに小さな溜め息をつく。流石に今日は遅く起きた琳華も深呼吸をして隣の席の劉愛霖の様子を伺った。
「愛霖様、お加減はどうですか?」
「ひぇ、あ……はい。お陰さまでなんとか持ち直しました」
「そう。それなら良かった」
話し掛けられた愛霖は頬を赤らめて恥ずかしそうにしているが琳華は梢が作った紙包みの一つを差し出した。
「少しですが、どうぞ」
甘い物よ、と中身を教えながらにこっと笑う琳華に愛霖の表情が明るいものに変わる。
「適度な甘い物は心も体も元気にしてくれますからね」
「琳華様……っ」
うるうると瞳を潤ませる愛霖が喜んでくれているようで琳華も一先ず安心する頃、梢も同じように下女たちにちょっとした賄賂を撒いていた。
小休止の最中も前列にいる伯丹辰とその仲間たちの楊、尹、葉の三人は話をしているようだが家に帰されてしまった秀女と仲が良かったらしい一部の者は少し、孤立している。
別に無理に仲良しになる必要もないし、これは女同士の戦争なのだと思えば一人でいたとしても何も不自然さはない。
琳華は考える。自分を抜かした残り九名の中にまだ黒い思惑を持った者が潜んでいるとして。
(それならすべての方をわたくしが掌握してしまえばいい。ここにいる全員とわたくしが仲良しになってしまえば自在に操れ、)
「……さま、琳華様」
愛霖に呼ばれて意識が切り替わる。
今、抱いた感情は何だったのだろうか。
いくら尊い命令を受けて行動をしているとは言え人を、人の心をどうこうするつもりなんて無かったはずなのに。
「あの、もし琳華様がよろしかったらなのですが……座学が終わったらわたくしの部屋に少し寄って頂いてもよろしいですか?最初からずっと気に掛けてくださって、わたくし何もお礼をしていなくて」
「そんな、逆にわたくしの方が気を遣わせてしまって」
琳華は最年長だから、と言う手前もあるがほとんど自然と面倒を見ただけで体の調子があまりすぐれないような者を無視して放っておけるような冷淡な性格もしていない。
そんな後席での小さな会話に誰しもが聞き耳を立て始めているがちょうど小休止が終わり、担当の女官が入室する。
終わる頃には皆がへとへとになりながらも姿勢を正して廊下をゆく。華やかな一団は今日これから予定が無いのでどうするか、と言う話をしていた。ある者は気晴らしに散策へ、ある者は部屋で横になりたい、と一番後ろを歩いていた琳華と愛霖の耳にも聞こえて来る。
「あの、琳華様の好みに合うか分からないのですが」
劉愛霖、と札が提げられている扉の前。部屋の中にも通してくれる愛霖の後ろで彼女について来た琳華はすぐに部屋の中が甘くいい匂いになっているのを感じる。
「わたくし、香などを集めるのがちょっとした趣味で」
「そうだったのですね。だからいつも愛霖様から甘い香りが……どちらの香をお使いになっているか伺いたかったの」
「ほ、本当ですか?!」
「ええ。でもあまりずけずけと聞いてしまうのも失礼ですから」
「そんな……親しくしてくださるのは琳華様だけです。秀女として競い合う仲だからでしょうか。生まれや家柄などを聞いて回る方もいて」
少し俯く愛霖は侍女を持っていない。
つまり彼女の家柄はそこまで、と言うことだ。実家には使用人がいるのかもしれないが後宮に連れて来られるような作法などが身についていないなら、愛霖は単身でやって来るしかない。
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