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「危ない!」
ふらりと危なげに傾いだ体。思わず掴んだ腕は思っていた以上に細い。
力の加減も分からず勢い良く引き寄せると、突然のことに体勢を崩した人物が倒れ込む。
彼もまた同じように地面で腰を打った。
何となく声をかけるのが躊躇われ、手を出せないでいる間にゆっくりと影が起き上がった。
倒れたときに打ったのか、左腕を庇うような動きが妙に印象付く。
きつく睨み付けてくる視線の強さにたじろぎながら、彼はおずおずと声をかけた。
「大丈夫?」
自身も立ち上がりながら手を伸ばす。
その手を借りずに立ち上がった影は夜の静寂を破るように怒鳴った。
「大丈夫に見える? これが?」
怒りの声が耳に突き刺さる。
自分以外の他人がやっと自分の世界に入ってきたような、どうにもうまく説明できない気分になった。そんな不思議な喜びを感じる彼を知ってか知らずか、相手は更に彼を責め立てる。
「おかげで服が砂だらけだわ。……っ、変なとこ打ったみたいだし。ほんっとありえない、最悪にもほどが」
「……ごめん、落ちそうだったから」
言葉を遮って彼は謝罪する。
確かに慌てるあまり少し乱暴に扱ってしまったかもしれない。ただ、理由があることも分かってほしい。もとはと言えば、彼女が河のぎりぎりに立って今にも落ちようとしていたのが原因なのだ。
「落ちるつもりだったの!」
悔しさすら滲ませ、少女は地団駄踏む。
あまり当たって欲しくない予感が当たってしまった。
どう返答すればいいのか、言葉に詰まった彼は少女の次の言葉を待つことにした。
この様子なら聞かずとも話してくれそうだ。
しかし、少女は彼を胡散臭げに見、苦虫を噛み潰すような顔で呟くだけだった。
「なんで止めたりしたの」
「……自分で自分の命を絶つなんて、放っておけるわけがないじゃないか」
偽善的なことを言っている自覚はあった。彼は少女の事情を知らず、なにを抱えているかを知らない。
知ったようなことを、と更に激昂されるおそれはあったが、言わずにはいられなかった。
責めるつもりはないが、自然、口調がきつくなる。
「君は生まれた意味を自分で否定するのか?」
自分のしようとしたことが誉められるようなことではないことも、言われている言葉の意味も理解はしているらしい。
気まずげに目をそらし、それでも納得できないように少女は口を開く。
しかし、それは彼に向けて発せられるものではない。
「……いつか必ず人は死ぬ。それが今か先か、それだけの話でしょ」
沈黙。
その呟きは水の流れる音に紛れて始めから何もなかったかのように消えていく。
自分に向けられた言葉でないと分かっているだけに、彼は返答ができなかった。
居心地の悪い沈黙が続いたのはほとんど一瞬で。
得体の知れないお節介な男と関わることはやめた方がいいと考えたのか、少女は彼を一瞥して町の中へ走り去ってしまった。
引き止めることはせず、その姿を見送って、彼は近くの木の下に座り込む。
木と呼ぶには葉の少ない、しかし砂漠ではそこに水が豊富であることを示すそれ。
人を太陽から遮るほどの影も作れなさそうだった。
もやもやした形にならないものを抱えながら、彼は頭を垂れる。
悪いことをしたつもりも、少女を止めたことに対する後悔もないが、後味が悪かった。
そもそも、と彼は考える。自分の名前すら思い出せないような人間が、他人に関わっている暇などあるのだろうか。
余計なことだったかもしれない。いや、そんなことはないはずだ。
何度となく自問自答を繰り返し、混乱していく。立てた膝に頭をつけ、彼は深く息を吐いた。
なにが正解なのか、考えることすら億劫になる。
そのまま目を閉じ、聞こえる音だけに意識を傾けると少し気分が落ち着く。
そして気が付けば、眠りについていた。
ふらりと危なげに傾いだ体。思わず掴んだ腕は思っていた以上に細い。
力の加減も分からず勢い良く引き寄せると、突然のことに体勢を崩した人物が倒れ込む。
彼もまた同じように地面で腰を打った。
何となく声をかけるのが躊躇われ、手を出せないでいる間にゆっくりと影が起き上がった。
倒れたときに打ったのか、左腕を庇うような動きが妙に印象付く。
きつく睨み付けてくる視線の強さにたじろぎながら、彼はおずおずと声をかけた。
「大丈夫?」
自身も立ち上がりながら手を伸ばす。
その手を借りずに立ち上がった影は夜の静寂を破るように怒鳴った。
「大丈夫に見える? これが?」
怒りの声が耳に突き刺さる。
自分以外の他人がやっと自分の世界に入ってきたような、どうにもうまく説明できない気分になった。そんな不思議な喜びを感じる彼を知ってか知らずか、相手は更に彼を責め立てる。
「おかげで服が砂だらけだわ。……っ、変なとこ打ったみたいだし。ほんっとありえない、最悪にもほどが」
「……ごめん、落ちそうだったから」
言葉を遮って彼は謝罪する。
確かに慌てるあまり少し乱暴に扱ってしまったかもしれない。ただ、理由があることも分かってほしい。もとはと言えば、彼女が河のぎりぎりに立って今にも落ちようとしていたのが原因なのだ。
「落ちるつもりだったの!」
悔しさすら滲ませ、少女は地団駄踏む。
あまり当たって欲しくない予感が当たってしまった。
どう返答すればいいのか、言葉に詰まった彼は少女の次の言葉を待つことにした。
この様子なら聞かずとも話してくれそうだ。
しかし、少女は彼を胡散臭げに見、苦虫を噛み潰すような顔で呟くだけだった。
「なんで止めたりしたの」
「……自分で自分の命を絶つなんて、放っておけるわけがないじゃないか」
偽善的なことを言っている自覚はあった。彼は少女の事情を知らず、なにを抱えているかを知らない。
知ったようなことを、と更に激昂されるおそれはあったが、言わずにはいられなかった。
責めるつもりはないが、自然、口調がきつくなる。
「君は生まれた意味を自分で否定するのか?」
自分のしようとしたことが誉められるようなことではないことも、言われている言葉の意味も理解はしているらしい。
気まずげに目をそらし、それでも納得できないように少女は口を開く。
しかし、それは彼に向けて発せられるものではない。
「……いつか必ず人は死ぬ。それが今か先か、それだけの話でしょ」
沈黙。
その呟きは水の流れる音に紛れて始めから何もなかったかのように消えていく。
自分に向けられた言葉でないと分かっているだけに、彼は返答ができなかった。
居心地の悪い沈黙が続いたのはほとんど一瞬で。
得体の知れないお節介な男と関わることはやめた方がいいと考えたのか、少女は彼を一瞥して町の中へ走り去ってしまった。
引き止めることはせず、その姿を見送って、彼は近くの木の下に座り込む。
木と呼ぶには葉の少ない、しかし砂漠ではそこに水が豊富であることを示すそれ。
人を太陽から遮るほどの影も作れなさそうだった。
もやもやした形にならないものを抱えながら、彼は頭を垂れる。
悪いことをしたつもりも、少女を止めたことに対する後悔もないが、後味が悪かった。
そもそも、と彼は考える。自分の名前すら思い出せないような人間が、他人に関わっている暇などあるのだろうか。
余計なことだったかもしれない。いや、そんなことはないはずだ。
何度となく自問自答を繰り返し、混乱していく。立てた膝に頭をつけ、彼は深く息を吐いた。
なにが正解なのか、考えることすら億劫になる。
そのまま目を閉じ、聞こえる音だけに意識を傾けると少し気分が落ち着く。
そして気が付けば、眠りについていた。
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