砂の種

晴日青

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 様子の変わったアザリーに気が付いたのか、ビゼルは話題を変える。
 記憶がないと分かり、偶然近くに町があったから来ただけであって、特にこれといった理由があるわけではない。気を使わせたことを申し訳なく思いながら、アザリーはそれをそのまま言葉にする。

「特に理由はないんだ。もうすぐ夜になるというときだったし、近くに見えたから来ただけで」

 そこで昨夜の町の様子が思い返される。異様と言っていいほど静まり返っていた町。灯りすらあまり目に入らず、すぐに見つかると思っていた宿すら見当たらない。
 かと思えば河に身を投げようとする少女に出会い――。

「どうしてこの町はこんなに静かなんだ?」

 言ってから違和感をはっきりと理解する。
 朝だというのに、町の方からそれらしい喧騒が聞こえてこない。
 普通なら市場の活気や人々の忙しげな音が町中に響いて聞こえるものだが。
 と言っても、アザリーの中にそれを聞いたという記憶はない。
 ただ、忘れてしまった記憶の中にその音があるのだろう。
 記憶にはなくても、五感が経験した光景を覚えているようだ。
 本当は、ビゼルが河に身投げしようとした理由を聞きたかったのだが、まだほとんど初対面だというのにそこまで深い場所へ入り込む自信はない。彼女としても話したい内容ではないだろうと思う。

「盗賊に怯えているの。つい最近、ここから一番近い町が襲われたせい。この町が襲われるのも時間の問題だから……」

 自らの細い身体を抱いて、ビゼルは言った。
 だからか、とアザリーは考える。盗賊の手にかかって恐ろしい目に遭うくらいなら、先に命を絶とうと。そういうことだろう。ましてや若い少女である。死ぬよりもひどい扱いをされる可能性は十二分にあった。
 微かに震える肩が目に入る。

「とりあえず、朝食をとろう。それから町を案内してほしいな」

 努めて明るく言ったつもりだったが、わざとらしかっただろうか。
 立ち上がって手を差し出すと、昨夜とは違い、彼女はその手を受け入れた。
 アザリーよりも体温が低いのか、ひやりとした冷たさを感じる。
 立ち上がったビゼルの手が離れた後も、アザリーの手からはその冷たい体温がなかなか消えなかった。

 静かな町ながらも、いくつか露店が出ている。
 盗賊に怯えていようが何だろうが、商売をしなければ生きていけないのだ。
 いくつかある店の中で二人が選んだ朝食は、粉を水で練り、形を整えてから焼いたそれに野菜と味のついた何かの肉が挟んであるものだった。
 手持ちのないアザリーの分まで代金を払い、ビゼルは温かい朝食を頬張る。何度も礼を述べてから、アザリーも同じように口へ運んだ。しばらくの間、二人は言葉を交わすことなく朝食を楽しんだ。
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