砂の種

晴日青

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 あまり広くない町だが、ゆっくり話をしながら回っているとあっという間に日が落ちてしまう。
 宿の場所はもちろん、図書館があることも教えてもらった。
 こんな小さな町にあるのは珍しい。
 着いたときにはもう閉館の時間が迫っていたため、アザリーは後日ゆっくり見学しに来ることに決めた。
 字が読めないらしいビゼルはあまり乗り気でなかったが。

 薄暗い路地を歩きながら、ビゼルに導かれるまま彼女の家へ向かう。
 宿でいいと言うアザリーの気まずさには最後まで気付かなかった。
 話し足りないというそれだけのことだったが、大人振りたがるビゼルらしくない理由と危機感のなさにアザリーは一人苦笑する。

「……今なにか聞こえなかった?」

 ビゼルが足を止め、アザリーを振り返った。遠くを見つめながらアザリーは耳に全ての神経を集中させる。
 特におかしな音は聞こえないように思えた。虫の鳴く声と風の音、砂の巻き上がる音に……悲鳴。

「まさか」

 咄嗟に浮かんだのはビゼルの話していた盗賊。
 可能性として考えられなくはない。むしろそれ以外に人が悲鳴をあげる要因が思い浮かばなかった。
 表情を強張らせたビゼルがアザリーの服の裾を掴む。
 彼女を守らなければ、と思いはするものの具体的にどうすればいいのか考え付かない。
 とりあえず盗賊に出会わない場所まで逃げるしかないだろう。町の外に出るのが安全だろうか。

「町の外まで、行こう」

 固い顔付きで頷いたビゼルの手を引いて、足音を立てないようアザリーは足早に歩く。
 走り出したい焦燥感に駆られていたが、ビゼルの足元が覚束ない。
 極度の緊張でうまく足が動かないのだろう。
 さすがに抱き上げて走れるほどアザリーに体力はない。今はただできるだけ速く歩くしかなかった。

 何度か遠くで悲鳴があがる。その度に繋がった先のビゼルが手を強く握り締めてきた。
 一度回っただけで、完璧に地理を把握しているとは言い難かったが、今日得たばかりの記憶を頼りにアザリーは歩いた。
 悲鳴の数が増え、町全体を恐怖と緊張が包むのがわかった。
 家々から物音が聞こえ、荷物を持った親子や、手ぶらで飛び出していく男が目に入る。
 静かに逃げる人々に追い抜かされる度、気持ちが焦る。
 アザリーとビゼルは細い路地に入った。
 ビゼルの動きがぎこちない。吐く息も尋常ではないほど荒く、今にも心の臓が張り裂けそうな勢いだった。

「どうして……こんな時に」

 落ち着かせるために立ち止まると、彼女は呻くように呟いた。
 何のことを言っているのかアザリーには理解できなかったが、とりあえず背中をさすってやる。
 水でもあればいいのに、と何気なく視線を動かすと、ちょうど路地の入り口を通り過ぎようとした、抜き身の曲刀を持つ男と目が合ってしまった。

「ビゼル、逃げろ!」

 路地がどこに繋がっているかはわからないが、今ここにいるよりは安全だろう。
 自分の体の後ろに彼女を庇い、アザリーは叫んだ。
 下卑た笑みを浮かべた男は、逃げ場のないこちらのことを分かっているのか、ゆっくりと近付いてくる。
 動こうとしないビゼルを再度促すと、彼女は躊躇いながらもつれそうになる足で奥へ消えていった。
 どうか、逃げ切って。
 願いながら、この盗賊をどうするべきか頭を巡らせる。
 こちらに得物はない。路地は細く、曲刀を振り回せるほどの広さはないが、アザリーの不利に変わりはなかった。
 じりじりと距離を詰める盗賊に対し、アザリーは少しずつ後退していく。

「アザリー!」

 何故かすぐ後ろでビゼルの声がした。
 逃げたはずではなかったのかと問う前に彼女は涙を含んだ声をあげる。

「行き止まりなの!」
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