【完結】婚約破棄はブーメラン合戦です!

睫毛

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婚約破棄後の公爵令嬢

その頃ナディアは

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「うーん…」


 自室でのんびりしていたナディアだったが、読書やら何やらで凝り固まった体をほぐすために伸びをしていた。


「そろそろいいでしょう」


 一人で呟きすっと立ち上がる。
 そして部屋から出て向かった先は、領主の執務室だった。

 ノックもせずにドアを開けると、領主代理である執事のクエントが書類仕事をしていた。


「クエント、そろそろいいわよ」

「やっとですか」


 ナディアに声をかけられ、クエントが顔を上げる。
 少々お疲れ気味なのか目の下には薄っすらクマが浮かんでいた。
 それを見て呆れたような視線を向ける。


「この領地でそんなにやつれる程仕事あるかしら?」


 長閑な領地だからこそここを選んだのだ。それなのに代理人がそんなにげっそりしていると、こっちがげっそりしそうになる。
 そう思って問いかけるとクエントは不本意だと言わんばかりに不機嫌な顔をした。


「お嬢様がお仕事をされるのを待っていてはいつになるか分かりませんからね」

「ちょっと、私はここに仕事をしに来たのではないわよ?」

「分かってます。療養ですよね」

「なら私に仕事をさそうと準備するのをやめなさい」


 嫌そうな顔をして告げると、クエントは肩を竦めて見せた。そういう所は本当に失礼だ。


「前から思ってたけど貴方って私を公爵の娘だと思ってないでしょう」

「え、普通に思ってますよ。何馬鹿な事言ってるんですか」

「…腹立つわね」


 そうは言ってもこの男は有能だ。ムカつくが許してしまうのだ。
 ナディアは気を取り直し、椅子に座る。クエントはそのタイミングで重要度の高い順に並べた書類を机に置いた。


「これって私が決裁していいの?」


 毎回聞いているが、ダメだと言われた事は無い。だが儀式のような物で、念の為確認している。なのでクエントの返事もいつも同じだ。


「勿論です」

「はあ…」


 思わず溜息が出た。
 そして頬杖をつきながら書類を一枚ピラリとめくる。


「…ん?」


 チラリと見えた内容は、領地と全く関係ない物だった。


「ちょっとコレどういう事?態と一番上に置いたでしょう?」

「勿論です」


 しれっと言うクエントを睨むがあさっての方向を向いている。


「全くもう…」


 手にした書類をきちんと見る為、姿勢を正した。
 そこに書かれていた内容は、婚約破棄後のアレコレをとても詳しく書いてあるものだった。

 まずはナディアに支払った慰謝料。
 そしてサルトレッティ公爵家が受け取った慰謝料。
 ジョバンニが使い込んでいた婚約者用の経費の総額。
 婚姻後に王家預かりになるはずだった領地の今後。


「…ここまではまだわかるけど、何でジョバンニ殿下の現状が書かれてるのかしら」

「お嬢様に知ってもらいたいからでは?」

「知る必要はないわ。もう関係ないもの」

「ですが被害者であるお嬢様は、事の顛末を知る権利がありますよ。それにこんな面白い事知らないと勿体ないでしょう」

「貴方の本音は最後の一文だけでしょ」


   文句を言いながら書類を眺めていたナディアだったが 、次第に驚愕の表情を浮かべる。それを無言で眺めていたクエントに視線を向けると、クエントはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「惚れ薬って、本当なの?」

「事実です。王家は殿下自身に裏付け調査をさせるようですが、こちらはこちらで動いておりますよ」

「それってお父様が指示したって事?」

「左様でございます」


 フェリッリ男爵が噛んでいるとしても、そうでないとしても、これはちょっと大変だ。
 王族やそれに連なる高位貴族の子息達を薬で操っていた事になるのだから、これはもうサブリナは無事では済まないかもしれない。


「使用が禁止されている薬ですので、勿論製造も禁止されています。ただ、この手の薬は継続して摂取する必要がありますので、効果を維持するのも難しいはずなのですが」

「その点に関してはすんなりと解決するわよ。何しろフェリッリ男爵令嬢は学園に持ち込んで、殿下達に振舞っていたからね」

「は?王子が手作りのお菓子を毒味もなくですか?」

「それについても何度も注意したわよ。だけどその都度睨まれたけどね」

「はぁ…、はやり残念な頭の持ち主でございますね」


 不敬としか言いようのない評価をクエントが下すが、それについては否定のしようがない。ジョバンニ達には再三ご令嬢方の手作りのお菓子を受け取ったり、ましてや口にしてはいけない事を言って来た。すると毎回「醜い嫉妬をするな」と罵られたのだ。
 まさか惚れ薬入りとは思わなかったが、媚薬くらいは入っているのではと疑っていた。高位貴族の令息達をモノにするには既成事実を作るのが一番だからだ。
 特に王子ともなると、相手が万が一身ごもってしまった場合は扱いが難しくなる。


「惚れ薬ねぇ…、と言う事は毎日食べて洗脳させられていったって所かしら」

「恐らくはそうでしょう。この手の薬でしたら、突然夢中になる事はございません。徐々に心を奪われていきますので、はたから見れば普通に恋に落ちていくように見えるでしょう」

「確かにそう見えたわ」


 だからこそ見限ったのだ。
 けれどその実態が薬を盛られていたとなれば話は別だ。


「…ジョバンニ様はどうするおつもりかしら」

「聞いた話によれば、この件の裏をしっかりとった後、ご自身とナディア様の名誉の回復をするよう国王に命令されているそうです。ジョバンニ王子殿下もフェリッリ男爵令嬢を助けると言うよりも、事実確認をする事に全力を注いでおられるようですが」

「え、でもジョバンニ様はフェリッリ男爵令嬢の事をまだ想ってらっしゃるのでは?解毒はしたのかしら」

「一応解毒薬は投与されたようです。最初は混乱していたそうですが、今では随分と落ち着いているそうですよ」

「そう…」


 何だか複雑な気分だ。
 この件に関してはすでに謝罪をしてもらったが、あの時は心から謝っている様子は見られなかった。
 でもこの報告書によれば、サルトレッティ公爵領を出た後に発作が起こり、王都に戻った時には原因が粗方特定できていたと書かれている。
 となると、ナディアに会っていた時はまだ惚れ薬の効果が残っていた状態だと言う事だろう。


「正気に戻った殿下はお嬢様の件をどう処理されるでしょうね」

「どういう事?」

「この婚約破棄は正常な状態で行った事ではありませんので、それを理由に元に戻すと言って来ないとも限りませんよ」

「まさか。そもそも殿下は私の事なんて何とも思ってなかったのよ?正気に戻ったら多少の罪悪感はあるでしょうけど、王太子に戻れるかどうかも分からないし、条件のいい婿入り先でも探すんじゃないの?」

「これだから…」


 やれやれと言った様子でクエントが溜息をつく。その態度が何となく気に入らないが、何を言いたいのか理解できないナディアはジトっと睨むしかできない。


「いいですか、お嬢様。王太子殿下…ジョバンニ王子殿下との婚約は、そもそも殿下がお嬢様を気に入ったからこそ打診があったんですよ?」

「は?」

「え、本当に知らなかったんですか?」

「知らないわよ!だって最初から素っ気なかったし!」

「思春期の男の子は恥ずかしがり屋なんです」

「それこそ知らないわよ!」


 何だそのしょうもない理由は。
 恥ずかしがり屋だかなんだか知らないが、こっちはそんな事知るはずがない。
 定例のお茶会でも大した話はしないし、王宮で会っても会話は殆どない。パーティーのエスコートも最低限で、ダンスを一曲踊ったらどこかに行ってしまう。
 そして挙句の果てには浮気だ。


「そんなの、どうやって気付けっていうのよ」

「無理でしょうね」

「クエント、貴方…」

「まあいいじゃないですか!そういうのはやらかした本人が悔いればいいんです。お嬢様は嫌いな婚約者から解放されたのですから、心機一転新しい恋でも探したらどうですか?」

「…別に、嫌いって訳ではなかったわ」


 そもそも素っ気なくはあったが、最初の頃のジョバンニは一応礼儀正しかった。
 誕生日のプレゼントも貰ったし、婚約者になってから初めてのお茶会では花束も貰ったのだ。

 だからこそナディアはジョバンニの為に頑張ろうと決心したのだが、年々冷たくなっていく婚約者に困り果てていたのも事実で。

 学園に入ってからは益々ひどくなり、仕舞には別の令嬢と懇意になるという仕打ちだ。心が折れるには十分だろう。


「嫌いとは思ってなかったけど、嫌われてると思ってからね。だからフェリッリ男爵令嬢の言葉ばかりを信じて私の話を聞いてくれなくなった時は、そろそろ潮時かとは思ったわ」

「お嬢様って、意外と心が広いんですね」

「意外は余計だけど、そうね。実はそれ程腹も立てていないわ」

「それって結局殿下の事を何とも思っていないからでしょう」

「そうね…」


 何となく窓から空を眺める。
 ジョバンニとの未来は無くなってしまったが、喪失感すらわいて来ないのは事実だ。
 好きにならないといけないと、どこかで思っていた自分がいたが、もうそんな努力をしなくていいのだと思いホッとしたのも事実で。


「どちらにしても、復縁はありえないわ。まあ殿下もそんな事言って来ないでしょうけどね」

「それは分かりませんよ」

「分かるわ。だってそんな事したら格好悪いじゃない。あの人見栄っ張りだもの、絶対しないわよ」

「…ある意味殿下が気の毒に思えて来ました」


 その意見が全く理解できないとばかりに表情を歪めているナディアを見て、クエントは隠す事なく笑みを浮かべていたのだった。





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