【完結】婚約破棄はブーメラン合戦です!

睫毛

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公爵令嬢の婚約事情

ナディアとエラディオ

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 翌日。
 エラディオの提案で、ここから一日で移動できる場所にあるという、エラディオの別荘に行く事になった。
 とは言ってもこの辺りは山岳地だ。馬車での移動もかなり辛くなるとの事だ。


「問題ありませんわ」


 エラディオに心配されたナディアだったが、事も無げに答えるのでエラディオも苦笑せざるを得なかった。
 だが、エラディオの心配を他所に、ナディアの乗っている馬車の内装がかなりいいお陰か、別荘に着いた時もナディアは平然としていた。


「逞しいご令嬢だな」

「このくらいでへこたれているようでしたら、こんな遠くまで少数で来れませんわよ」

「違いない」


 可愛げのない返事をしたナディアだったが、エラディオは楽しそうだ。
 今回の御者はチャドだったので、馬での並走はオブライエンだった。オブライエンは逐一ナディアの様子を伺いながらも、エラディオにも報告を怠らなかった。


「来いよ、ナディア。いいもの見せてやる」

「?」


 到着したと同時にエラディオがナディアを自身の馬に乗せる。チャドの制止も聞かずに走り出し、そして開けた場所で馬をとめた。


「まあ…」


 眼前に広がる景色にナディアが言葉を失う。
 どこまでも続く青空と、広がる森の木々。そして小さく見えるゾーラの街。


「絶景だろ?」

「はい、素晴らしいです」


 そう言って満面の笑みを浮かべるナディアを眩しそうにエラディオが見つめ、そして再び二人は馬に乗って別荘に戻って来た。

 邸に入る前に二人が飛び出したので、皆まだ門前で待っていたようだ。


「勝手な真似はおやめください!」


 チャドが二人に怒鳴ると、エラディオの護衛騎士がその前に立ち塞がる。


「不敬だぞ」

「知った事か」

「やめろ、いいから下がれ」

「「…」」


 エラディオが告げると、睨み合っていた二人は渋々下がる。
 それを見て苦笑していたナディアだったが、エラディオが手を差し伸べたのを見て驚いて顔を上げた。


「エスコートさせてくれねぇのか?」

「…よろしくお願いします」

「ああ」


 ニカッと屈託のない笑顔を向けられ、ナディアの心臓が一瞬高鳴る。
 そっとエラディオの手に自分の手を乗せ、流れるように邸宅の中へと案内された。

 邸宅と言うのが相応しいのか、どちらかと言えば小さめの城だ。
 エントランスに入るとズラリと使用人達が並び、一斉にお辞儀をした。


「おかえりなさいませ、エラディオ殿下」

「ああ、今日からしばらく滞在するぜ。それと…」


 言葉を区切り、ナディアの肩に手を回す。
 その行動にナディアがぎょっとするが、さすがに顔に出さずにエラディオを凝視する。エラディオはそんなナディアの動揺を察したのかニヤリと笑い、使用人達に向かって堂々とナディアを紹介した。


「未来の妻だ。丁重にもてなせ」

「なっ」

「間違ってるか?」

「…まだ、違いますわ」


 小声で反論するもエラディオは嬉しそうだ。


「まだ、って事はこれからそうなるって事だ」


 そう言ってナディアに向かい破顔する。エラディオのこんな表情は今まで見たことがない使用人達は、驚いたように二人の様子を伺っていた。
 その空気を遮るように執事が一歩前に出る。


「これは大変喜ばしい。エラディオ殿下、おめでとうございます」

「ああ」

「それで、奥方様のお名前を教えていただきたいのですが」

「そうだな。彼女は…」

「ナディア・フォン・サルトレッティです。しばらくお世話になりますので、よろしくお願いいたします」


 エラディオが紹介する前にナディアが名を名乗り、丁寧にお辞儀をする。サラリとシルバーブロンドの髪が流れ落ち、ゆっくりと顔を上げるとアメシストの瞳が細められ、美しく微笑んだ姿を見た使用人達はほうっと見惚れていた。
 そんな様子を見てエラディオがヤレヤレと溜息を漏らす。


「しょっぱなからこれか。全くナディアの美しさは罪だな」

「え」

「まあいい。カルテ、部屋の準備を頼む」

「畏まりました」


 執事はカルテと言う名のようだ。恭しくお辞儀をした後、パンと手を鳴らし使用人達にテキパキと指示を飛ばす。使用人達もただちに持ち場に戻り、部屋を用意する間ナディアはエラディオと共に庭を散策する事になった。

 オブライエンとチャドはこの邸の騎士達と面通しの為、一旦ナディアの側を離れる事になった。オルガも邸のメイドと今後の打ち合わせらしく、今は一緒にいない。
 なのでナディアとエラディオ、そしてバルテルとエラディオの護衛数人を連れて庭を散策している。

 庭にあるガゼボにつくと、いつの間にか待機していたメイドがお茶を用意していたようで、エラディオに座るよう促された。


「どうだ、気に入ったか?」

「はい。とても美しい庭園ですね。ドルフィーニ国とは気候が少し違うので、木々の様子も違っていて見てるだけで楽しいですわ」

「なら良かった」


 そう言って微笑むエラディオを思わず見つめると、エラディオがコテリと首を傾げた。


「どうした?」


 その表情がとても優しくて、ナディアの頬が熱くなる。


「い、いえ、何でもありません」

「何だよ?顔が赤いぞ」

「何でもありませんっ」


 両手で頬を隠すように覆い、ナディアが視線を逸らす。エラディオは小さく目を瞠り、そしてクッと喉の奥で笑った。


「何だ、照れてんのかよ」

「…っ、そういう事を仰らないでください」


 何となく気恥ずかしいのだ。なるべく照れている事に触れないで欲しかったのだが、エラディオは嬉しそうだ。
 そういう暖かい眼差しは慣れていないので居心地が悪い。ナディアは気を取り直すようにゴホンと咳ばらいをし、姿勢を正して表情を取り繕った。


「それよりも、エラディオ様のお仕事の方は大丈夫なのですか?」

「ああ。ちゃんとこなしてきた。それに兄上にも許可を取って出て来たから問題ねぇよ」

「そうなんですね。私のせいで無理をさせてしまったのなら申し訳ないと思ったのですが」

「惚れた女の為にする無理は苦労の内に入らねぇよ」

「…」


 さらりと言われてナディアが目を丸くし、そしてフイっとそっぽを向く。視線をそらしてはいるが、耳が赤くなっているので照れているのは一目瞭然だ。


「俺に会いに来てくれて嬉しかったぜ」

「そっ、それは…あの時の意趣返しですわ…!」

「だとしてもだ。逃亡中なのにわざわざ立ち寄ってくれたろ?しかもちゃんとお前が書いた手紙を持って」

「…!だ、だって…」


 ぐっと言葉を詰まらせ、ナディアが俯く。少し話はそれるがナディアのこういった姿は珍しい。ドルフィーニ国の王太子の婚約者として社交界に出ていた頃は、こんな風に取り乱す事は一切なかった。むしろ、隙を見せる事など全くなく、非の打ちどころのない令嬢として、周囲から憧れの眼差しを向けられていたものだ。
 それなのに、今エラディオの前に座っているのは、どこか無防備な表情を浮かべて困惑しているナディアなのだ。


「…悔しかったんです」


 ポツリとナディアが呟き、エラディオが怪訝そうな顔をする。


「悔しいって、何がだ?」

「それは…」


 分からないと言った顔で問いかけると、ナディアが少し困ったように眉根を寄せる。そしてちょっと不機嫌そうな表情を浮かべて呟いた。


「…あんな事を言っておいて、あっさりといなくなってしまったから…」

「え…」

「エラディオ様が仰ってくださったお気持ちも、夢だったのかと思う程だったんですもの。エラディオ様がエルシオンから去って行かれてから、私の頭の中はエラディオ様に占領されてしまっていたので、それが悔しかったんです」

「え、ちょ、それって…」


 少し頬を膨らませて拗ねるような顔をしているナディアを、エラディオは信じられないような顔をして凝視する。自分をじっと見つめているエラディオに気付いたナディアは、今度は怪訝そうな顔でエラディオを見つめ返した。


「…何ですの?」

「いや…」


 段々と緩む顔にナディアの表情は険しくなる。馬鹿にされたのかと思ったナディアは、隠す様子もなく不機嫌な顔をした。


「何ですか、そのお顔は。ええ、どうせ子供のようだとお思いなのでしょう?馬鹿にしてらっしゃるんでしょう?」

「い、いや、そうじゃねぇよ。そうじゃなくて…」

「ではどういう顔ですか、ソレは」

「これはだな…」


 言いかけてエラディオが片手で顔を覆う。テーブルに肘をつき、何かを堪えるように悶絶していた。
 そんなエラディオを益々怪訝そうにナディアが眺めていたが、ずっと黙って様子を伺っていたバルテルが、堪えきれずに笑い出した。


「ブハッ、す、すみません、ナディア嬢…!も、もうエラディオ様を許してやってください…っ」

「え…、コーレイン様…?何故笑ってらっしゃるんですか?」

「それは、ナディア嬢が物凄い事をエラディオ様に仰ったからですよ…」

「物凄い事?」


 バルテルの言いたいことが理解できずにナディアがきょとんとする。ようやく笑い治まったバルテルは、苦笑しながらも丁寧にナディアに説明した。


「ナディア嬢がずっとエラディオ様の事で頭がいっぱいだと仰ったからです。普通に聞いていれば、ナディア嬢がエラディオ様に夢中だと言ってるように聞こえますよ」

「あ…!」


 ようやく自分の言った事を理解したナディアは、片手で口元を抑えて顔を真っ赤にした。そしてチラリとエラディオに視線を向けると、エラディオも少し顔を赤くしながらも、熱の籠った目でナディアを眺めていた。


「…っ」


 エラディオの視線にナディアが思わず言葉を詰まらせる。が、エラディオは嬉しそうに微笑むと、ナディアの隣に素早く座り直し、ぐいっと引き寄せて抱きしめた。


「ちょ、エラディオ様!?」

「ダメだ、ちょっとだけ大人しくしてくれ」

「で、ですが人目が…!」

「誰もいなけりゃいいのか?なら部屋に連れて行くが」

「それはそれで困ります!コ、コーレイン様!何とかしてください!」

「いやぁ、そうは言ってもナディア嬢がエラディオ様に火をつけたので」

「つ、つけてません!」


 慌てふためくナディアとは対象に、エラディオはぎゅうっとナディアを抱きしめ続ける。そして、十分に堪能した後ナディアの頬にちゅっと口づけをし、ようやく体を離してくれたのだった。


「エ、エラディオ様…」

「ダメだ、やっぱ好きだ」

「なっ…」

「好きなんだよなぁ…」


 まるで独り言のように呟きながらも、視線はナディアに固定されている。
 周囲の護衛達は見て見ぬふりをしているし、バルテルも明後日の方向を向いてはいるが。しかし耳は健在だろう。
 ハッキリ言って全部丸聞こえだ。


「わ、分かりました!分かりましたから…これ以上はもう…お許しください…」


 頭から湯気が出そうなくらいに真っ赤になったナディアは、ようやく部屋の準備が出来たとオルガが呼びに来るまで解放されなかった。


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