【完結】婚約破棄はブーメラン合戦です!

睫毛

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公爵令嬢の婚約事情

マティアス・フルネ・カイラモ

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  たまりかねたマティアスがその場に顔を出すと、ナディアが驚いた顔で硬直していた。
   その姿に不謹慎にも笑みが浮かびそうになるが、今はジョバンニだ。
   ジョバンニはマティアスの姿を確認すると、顔面蒼白になり、慌てたように視線をさ迷わせた。


「こ、これは大公殿下ではございませんか。こ、このような時間にどうされましたか?」


   必死に取り繕うとしているジョバンニを残念な目で眺め、そしてナディアに向かい小さく微笑んだ。


「庭から何やら声がしたもので、少し気になってね。体調不良だと聞いていたが、晩餐でも問題なく食事をしていたし、今もこのように元気な様子であれば、明日からの視察は勿論同行してくれるのだろうな?」

「そ、それは…明日は…」


   明日はサブリナとの約束があると、さっきナディアに告げたばかりのジョバンニが慌てふためく。
   助けろと言わんばかりにナディアに視線を向けるが、ナディアの表情は軽蔑するかのように冷たいものだった。
   が、そこでマティアスがフッと笑う。


「どうやら我が国との国交よりも大切な用事があると見える」

「そ、そのような…」

「ではどのような用事なのだ?納得のいく理由をお話願いたい」

「そ、それは…」


 歯切れの悪い物言いに、ナディアが二人に気付かれないよう溜息をつく。そしてスッと一歩前に出て、マティアスに頭を下げた。


「申し訳ございません、大公殿下。ジョバンニ殿下の所用については詳しくはお話できませんが、その代り私が責任をもって対応させていただきたいと思います」

「ほう?」

「私では役不足かとは思いますが…」

「ふむ…」


 マティアスが顎に手を当てて何かを考えるように二人を眺める。その沈黙の間、ジョバンニは焦ったように表情を歪ませ、ナディアは毅然とした様子でこちらをじっと見つめていた。


「ジョバンニ殿下」

「は、はい」

「この件に関してはきちんとドルフィーニ国王と我が国の王に報告させてもらう」

「なっ、それは…!」

「だが」


 反論しようとしたジョバンニを手で制し、発言を遮る。そしてナディアに振り向き目を細めて微笑んだ。


「その代り、貴殿の婚約者殿を滞在期間中お借りしたい」

「は…?」

「勿論断る事はないだろう?何しろ貴殿には

「それはっ…!」


 バッチリと聞かれていた事に今更ながら気づいたらしいジョバンニが、驚いた顔でマティアスを凝視した。が、マティアスは不敵な笑みを浮かべてジョバンニを眺めている。


「彼女をだと言ったのは貴殿だろう?ならばその毒婦を借り受けよう」

「…毒婦など…」

「言っていないと?では貴殿はサルトレッティ公爵令嬢を大切にしているのか?愛しているのか?」

「…彼女とは政略です」

「政略の相手なら何をしてもいいと言うのだな。それはとんでもなく愚かだ」

「先程から黙って聞いていればっ…!」

「公務をおろそかにするような王子にとやかく言われる筋合いはない。ではサルトレッティ公爵令嬢、行きましょう」

「え、ええ…」


 スッとナディアをエスコートするように手を差し伸べ、マティアスは魅惑的に微笑む。ナディアはその場に悔しそうに立ち尽くすジョバンニに視線を向けたが、その眼差しが憎々し気にこちらを睨んでいた事に気付き、フイっと視線を逸らして歩き出す。
 その手をマティアスの手に乗せて。

 そうして昼間に訪れた庭園のガゼボに辿り着くと、マティアスはようやく手を放してくれた。
 何となくホッとしたようで、ナディアの表情も少し柔らかくなる。


「あの…申し訳ございませんでした。あのような醜い場面をお見せしてしまいまして…」

「気にする必要はない。あれは君が悪い訳ではないだろう」

「お話を聞いてらしたんですよね?」

「ああ」


 コクリと頷くと、ナディアが少し困ったように微笑む。


「大公殿下は…私がジョバンニ殿下の想い人を傷付けたという意見を聞いても、私が悪いとは思わないのですか?」


 ナディアがマティアスに問うとマティアスは目を丸くし、そしてハハハと笑い出した。


「あの意見を信じる方がどうかしている。君を見ていればそのような人物ではない事くらい、今日会ったばかりの私でも分かるさ」

「そう…ですか…」


 マティアスの言葉にナディアは困惑するも、ほんの少し嬉しそうに口元を綻ばせる。けれどすぐに表情を引き締め、マティアスに向き直った。


「色々と思う所はあると思いますが、これだけは言わせてください」

「何だ?」

「先程はありがとうございました。大公殿下に庇っていただいて、とても嬉しかったです。それに、大公殿下のドルフィーニ語、とても美しい発音で思わず聞きほれてしまいましたわ」



 フワリと微笑みナディアが告げると、マティアスが僅かに目を瞠った。
 そしてほぼ無意識にナディアに手を伸ばし、その髪を一房手に取りそっと口づけを落とした。


「…ナディア嬢」

「大公殿下…?」

「私の事はマティアスと」

「まあ…それは…」


 まさかの名前呼びを要求され、ナディアが言葉を詰まらせる。そして困ったように微笑みマティアスを見つめた。


「さすがにそれは失礼ですので。ですが、そう仰っていただいて嬉しいですわ」

「本気で言ってるのだが?」

「お戯れはおやめくださいませ。私はジョバンニ殿下の婚約者ですので」

「あの王太子と本気で結婚したいと思っているのか?」


 探るような瞳で見つめられ、ナディアが苦笑を漏らす。


「政略だとお分かりでしょう?私個人の感情は関係ありませんわ。それこそ、ジョバンニ殿下側から婚約の白紙撤回があれば別ですが」

「では、もしも婚約が無くなれば私との事を考えてくれると思っていいのか?」

「え・・・」


   ナディアが驚いて顔を上げると、真剣な表情をしたマティアスがナディアを見つめていて。
   一瞬なんと言っていいのか分からずに言葉を詰まらせたが、ナディアがフルフルと首を横に振った。


「もしもの事は分かりませんわ。そうなった時にどうするのかは、その時に考えますので。ですので今曖昧な事は言えません」

「ナディア嬢、私は・・・」

「いけません、大公殿下」


   そう言ってナディアがマティアスをじっと見つめる。
   しばらく二人は無言で見つめ合っていたが、マティアスの方が観念したように苦笑を漏らした。


「困らせたようで悪かった」

「いえ、とんでもございません」

「だがこれだけは分かって欲しい。何も冗談や思いつきで言った訳ではないと言う事を。私は本気で貴女を気に入ったんだ」

「大公殿下・・・」

「本当に、あんな愚かな・・・いや、幼い考えを持つ王太子に貴女は勿体ない」

「まあ」


   マティアスの言葉にナディアが目を丸くし、そしてクスクスと笑い出す。


「国で一番の身分である王太子殿下が相応しくないとなれば、私のお相手は見つかりませんわ」

「そんな事はない。貴女なら帝国の皇妃にもなり得るさ」

「ウフフ 、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですわ」

「本気なんだがな」


   マティアスの言葉を冗談としてナディアが対応した事に、マティアスが再び感心する。
   自分やマティアスの立場を完全に理解し、そしてトラブルなくやり過ごす術をこのご令嬢は分かっている。そして、その彼女の婚約者である王太子は、ナディアの価値を全く理解していない。


(彼女が欲しい)


   王太子があの様子であれば、婚約の白紙撤回も起きる可能性があるだろう。それどころか、婚約破棄になるかもしれない。
   自分はその時を静かに待ち、いつでも行動を起こせるように準備をしていればいいのだ。

   これから忙しくなるだろうとマティアスが考え、そしてその時は半年後に訪れたのだ。


「ようやく迎えに行ける」


   この時のマティアスは、ナディアを問題なく迎えられると、そう思い込んでいた。
   あの時ナディアと約束をしていたわけでもなく、自分が選ばれる保証がどこにもない事も忘れ、意気揚々と婚姻の申し込みをドルフィー二国へと申し出たが、それが受け入れられる事なく時間が過ぎた。


「もう待てない。今からナディア嬢に会いに行く」


    そう言うが早いか、マティアスもまたドルフィー二へと向かうのだった。


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