【完結】婚約破棄はブーメラン合戦です!

睫毛

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公爵令嬢の婚約事情

女性は心が決まると強いもの

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 いちいちうるさいかもしれないが、声を出さずにはいられない。
 ガブリエルの話す内容がいまいち信じられないからだ。


「当時モンセン伯爵令嬢を射止めるのは誰かと話題になりました。勿論下世話に騒ぎ立てる輩もいましたし、真剣に求婚しようと考える者もいました。ですがそんな男性陣の話題の中心に、大公殿下がいたのです」

「え…」


 キャンディスの背に嫌な汗が流れる。


「彼は貴女に見とれている俺に向かってこう言いました。
『彼女は私が落としてみせるよ。君が彼女に本気なら、手を引いてやらなくもないが。ただそれは、私が彼女を堪能した後になるけれどね』と」

「嘘!そんな、そんな風に言うはずありませんわ!」

「だが事実だ。俺はあの時君に見惚れていたが、まだどこまでの気持ちか分かりかねた。だから大公殿下の言葉に何も言い返せなかったんだ。今に思えばあの時二人の間に割って入ってでも邪魔すれば良かったと思っているよ」

「そんな…それじゃあ最初から…マティアス様は私で遊ぶつもりだったって事ですか…!?」

「マティアスは侯爵とは腐れ縁なのです。いつも二人は何かを競っていたのだけど、剣術にしろ勉学にしろ、僅差で勝ったり負けたりしてました。けれど…」

「女性からの人気だけは負けないと、いつもそう言われていた」

「嘘…」


 とうとう立っていられなくなり、キャンディスがその場にペタリと座り込む。
 無礼だとは分かっていたが、足に力が入らないのだ。


「これは言い訳にしかならないけど、マティアスはそこまで腐った男ではないわ。そなたの事をあのパーティーで気に入ったのはマティアスもだから。でも、同時に侯爵もそなたに見惚れていたのを見てしまった。だからこそ余計にそなたを手に入れようと躍起になったのでしょう」

「それも一つの『愛』の形かもしれないが、結局貴女を手放したアイツを俺は許すつもりはない」

「……」


 王妃とガブリエルの言葉にキャンディスが何かを考えるように黙り込む。そしてぎゅっと手を握りしめ、ゆっくりと顔を上げた。


「王妃陛下、そしてブラスタ侯爵様。私、心が決まりましたわ。必ずマティアス様の本心を聞き出して、そしてこの恋に終止符を打ちましょう」

「マティアスがそなたの元に戻って来ると言っても拒むのですか?」

「はい、もう決めました。ですがブラスタ侯爵様の手を取るかどうかは今は分かりませんが…」

「構わない。俺を利用してくれ」

「…ありがとうございます」


 心を決めたキャンディスの目は迷いがない。
 こうしてマティアスを見返す事に決めたキャンディスは、まずはナディアに手紙を送る事にした。
 勿論、こちらも両国の王妃を通して極秘にだ。

 そしてナディアの元に手紙が届き、その中身を見たナディアとドルフィーニ国の王妃は悪い笑みを浮かべたのだった。




 ※※※




「お嬢様、隣国のキャンディス・D・モンセン伯爵令嬢から手紙が届いてます」

「ありがとうオルガ」


 手紙を渡され中身を確認する。
 そこに書かれていた内容に満足すると、ナディアはフフッと不敵に微笑んだ。
 その様子を見ていたエラディオが怪訝そうな顔をする。


「何だ、そんな楽しそうな顔をして。一体何が書かれてたんだ?」

「あら。手紙の内容を知りたがるなんてはしたないですわよ」

「ナディアが相手なら手紙にも嫉妬しちまいそうだな。で、俺には言えない事か?」

「言えない事はありませんが、エラディオ様には後の楽しみにしてもらおうかと」


 そう言われるとエラディオも気になる。
 スッとナディアの隣に移動し、ナディアの腰に手を回す。二人掛けのソファに座っていたナディアは、突然体を引き寄せられて思わずエラディオに寄りかかってしまった。


「な、何をなさるんですか!」

「言っただろう?その手紙に嫉妬すると。教えるまで離れてやらねぇぞ?」

「ちょ、こ、腰を撫でないでください!…あっ、く、擽ったいですから…!」


 グイグイとエラディオから距離を取ろうと押し返すが、エラディオは全くびくともしない。それどころかどこか楽しそうな顔をしてナディアを覗き込んだ。


「好きだ」

「なっ…」

「このまま話さねぇんなら、侍女の見てる前でキスするが?」

「え!?そ、それは困ります!!」

「なら話してくれるよな?」

「~~~っ!!チャド!!」


 ナディアが声を上げると部屋の外に待機していたチャドが現れ、グイっとエラディオを押しのけてナディアを抱え上げ、向かいのソファに下ろした。
 そして無表情でエラディオを見据え、ナディアの後ろに立つ。


「チャドてめぇ…」

「お嬢様が嫌がってますのでおやめください」

「おいナディア、何もお前に惚れてる奴を護衛にしなくてもいいんじゃねぇか?これはこれで拷問だぞ」

「そう言われてもお父様の指示ですので…」


 困ったようにナディアが告げるが、エラディオはフィリップの顔を思いだして苦い顔をする。
 あの父親はナディアの為に部下の気持ちも簡単に利用しているのだろう。護衛がナディアに気持ちがあれば、娘に手を出すかもしれないという疑念より、娘の為に体を張って守ってくれるという確信を持っているのだ。


「まぁいいが。それで?手紙の事は教えてくれねぇのか?」

「…わかりました。ですがここだけの話にしてくださいね?ジョバンニ殿下やロイ…ローデウェイク殿下達には言わないで欲しいんです」

「…ロイ?」

「あ、すみません。どうしてもお忍びで我が家に滞在していた頃の呼び方で呼びそうになってしまって。ちゃんと治しますわ」



 困ったように笑みを浮かべるナディアだったが、そもそも他の男を愛称で呼ぶ事自体いい気がしない。
 エラディオはじーっとナディアを見つめ、そしてポツリと呟いた。


「なら俺の事も愛称で呼べ」

「え?」

「んー、何がいいか…。普通はディオと呼ばれるんだが、ラディでもいいぞ?ああ、いっそ俺達の呼び方を合わせるか?」

「ええ?」


 急に何を言い出すのかと思い、ナディアが目を丸くする。
 だがエラディオは真剣なようで、何やらブツブツと呟いている。


「ナディアをナディと呼んで俺をラディでもいいな。それかディアとディオでもいいが。こうして考えると俺達名前の相性もいいな」

「え…と、そう、ですわね…」


 これはちゃんと考えないといけないようで、エラディオがこちらを期待した目で見つめている。
 ナディアは少し考えた後、エラディオに自分の意見を伝えた。


「それでしたら、他の方が呼ばない呼び方がいいです」

「ナディアは親しい友人になんと言われてるんだ?」

「私はそのままですわ。愛称を付けてもらった事がありませんので」

「そうなのか?」

「はい。それで、エラディオ様がディオと呼ばれるのでしたら、私はエディ様がいいです」

「ラディじゃなく?」

「私だけの呼び方ですので、エディと。ダメでしょうか?」


 コテンと首を傾げて問いかけると、エラディオが少し動揺する。そして何故か視線を逸らしてゴホンと咳をし、ナディアに向かってニカッと笑みを浮かべた。


「いいぜ、気に入った。ならナディアの事はナディと呼ぶ事にする」

「はい、エディ様」


 こちらもフワリと微笑むと、エラディオが嬉しそうに微笑み返す。
 そして何となく桃色の空気が流れそうになったが、ハッと思いだしたようにエラディオがナディアに問いかけた。


「それはそれで嬉しいが、結局さっきの手紙は何だったんだ?」

「あら、お忘れにならなかったんですね」

「そんなすぐに忘れる訳ねぇだろ。俺はナディが関わる事はなるべく把握しておきたいんだ」

「…執着が気持ち悪いですね」

「おい、チャド。聞こえたぞてめぇ」

「ああ、すみません。ついうっかり」

「チャド、いいから」

「申し訳ありません」


 ナディアに注意されてチャドが頭を下げる。
 ナディアからすれば背後に立っているので表情は見えないが、その代り前に座っているエラディオからはがっつり見えるのだ。


「まあいいが。それで?そろそろ教えてくれよな」

「わかりました、説明しますわ」


 観念したようにナディアが溜息をつき、そしてそっとその手紙をエラディオに差し出す。
 怪訝な目でナディアを見たが、ナディアはコクリと頷き薄く微笑んだ。


「…」


 何となく周囲を気にしつつも手紙を手に取る。
 そしてそこに書かれていた内容に、エラディオはさも不快そうな表情を浮かべた。


「…何だコレは。マティアス・フルネ・カイラモ大公は…」

「理由は存じませんが、貴族の、いえ、王族の一員としてしてはいけない事をしたと、私はそう考えていますわ」


 手紙に書かれていたのはマティアスとキャンディスの馴れ初めから別れるまでのあらましだ。そして建国祭にはコルト国の王妃付きの話し相手コンパニオンとしてパーティーに参加する旨が書かれていた。


「こりゃあ詰んだな、カイラモ大公」

「ご自分は身辺整理をしたおつもりなんでしょうね。ですが…」

「ナディは許すつもりはねぇんだろ?」


 どこか楽しそうにこちらを見ているエラディオに悪戯っぽく笑ってみせる。


「私がと言うよりも、モンセン伯爵令嬢が許さないでしょう。私は彼女の気持ちが晴れる為のお手伝いをするつもりですわ」

「クククッ、こりゃあパーティーが楽しみだな」

「そうですね。カイラモ大公殿下に何の恨みも思い入れもありませんが、ご自分の魅力を理解し女性を下に見ている事に対してはいい気がしませんので」

「何かそう思わせる事があったのか?」

「大した事ではありませんわ。ただ、カイラモ大公殿下が大使として来られた時、少し誘惑しようとして来ましたので」

「は?告白されただけじゃねぇのか?」


 今聞き捨てならない言葉を聞いた気がして、エラディオの声が低くなる。
 怒っている事に気付いたナディアは、クスリと笑みを浮かべて話を続けた。


「あの時はまだジョバンニ殿下の婚約者でしたけど、それでも執拗に近い距離で私を褒めちぎってましたから。下心があると理解するのは簡単でしたわ。ですがあまりにも不誠実だとも思いましたし、婚約者がいるにもかかわらず自分が言い寄れば簡単に落ちると思われていた事は、少々不快でもありました」

「そりゃあそうだろう…」


 思っていたよりもナディアの中でマティアスの好感度は低いようだ。
 確かに男のエラディオから見ても、マティアスはなかなかの美男子だ。ドルフィーニの王宮でもすれ違う召使い達が見惚れている姿も何度も見た。


「ですので、お仕置きは必要だと思いませんか?」


 そう言って微笑むナディアがあまりにも楽しそうで、エラディオは毒気を抜かれたように目を丸くしたのだった。




 
 

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