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第3話:父の逆鱗と、暴かれた偽りの婚姻
ーー門を押し通ろうとする怒号が止むと、兵たちがさっと左右に分かれた。
そこから転がり込むようにして現れたのは、この屋敷の主にして礼部尚書である白泰山。
蓮華の父親である。
普段は温厚で部下からも慕われる彼だったが、その面影はなくて今の形相はまるで鬼神のようだった。
「……蓮華! 蓮華はどこだ!?」
叫びながらも泰山が探しているのは蓮華のみ。
彼が最初に目にしたのは、地面に這いつくばる後妻と義妹で、そして、その奥に佇む、探していた銀の髪をなびかせた愛娘の姿だった。
「……お父様……」
と、父と目があったので、おずおずと声をかけてみると、
「……あ? ああ! 蓮華……。すまない、遅くなった……!」
泰山は成長と共に蓮華の変わり果てた姿に一瞬言葉を失ったが、その瞳に宿る気高い光を見てーーーすべてを悟った。
……感じ取った……という方がおそらく正しいだろう。
泰山はやっと会えた愛おしい娘を抱きしめたい衝動を何とか抑えると、息を整えて冷徹な視線を足元の胡蝶へと向けた。
じっと見られている気配を感じたのか、顔を見上げた胡蝶は、
「……あなた!? ちょうどよかったわ。この不届き者たちを追い出して頂戴! ……それと、蓮華が呪いにかかって、私と麗蘭を殺そうとしているのよ!」
と、泰山に気がついて、必死に縋り付こうとした。
しかし、泰山は冷たい目で見下ろしたままだった。
「……呪いだと? 笑わせるな。銀の髪と紫の瞳は龍神様の加護であり、この子が正しき道を歩み、選ばれた証だ。貴様には侮辱する権利もない……胡蝶、お前との『お遊び』はここまでだ」
泰山の声は低く冷たく、怒りで震えていた。
泰山の自分に向ける冷たい怒りに戸惑いながらも、
「……遊び? 何を、言っているの? ……私はあなたの妻よ! そして、麗蘭こそがあなたの娘……」
とすがろうとする。
「……まだその嘘を吐き続けるのか」
こんな状況でも、堂々と悪びれることもなくとぼけ続ける胡蝶に呆れながら泰山は、懐から一通の書状を取り出した。
ーーそれは、彼が極秘裏に胡蝶と麗蘭のことを調べ上げた「証拠」が書かれた書状だった。
「……十数年前、私が妻を亡くして絶望していた時……お前は酒に薬を盛って、無理やり私を寝所に連れ込んだ。……だが、私は生涯愛する珠蓮以外の女を抱く気などなかった。どんな薬を飲まされようが、お前が裸で隣に寝ていようとも、お前との間に何も起きていなかったことは、私が一番よく分かっている。……そこの麗蘭が私の血を引いていないことも、既に調査で判明している。……私と関係を持てなかったお前が慌てて悪仲間の男と密通して作った子だということもな!」
泰山にそう問い詰められて、胡蝶の顔が土の塊のように固まり青ざめていく。
「お前が関係をもったと醜聞を盾に脅してきた時も、私は白家の名を、そして何よりも愛する妻の忘れ形見である幼い蓮華を守るために、お前を屋敷に入れることを選んだ。だが……婚姻届などは出していない。故にお前とは形だけの……いや、単なる『同居人』だ。だから、数々の誓約書を書かせた。お前はその書類こそ、婚姻の書類と勘違いしていたがな。……そして、誓約書にも書かれていたはずだ。……『蓮華を大切にしろ』と『贅沢をするな』……とな」
泰山に突きつけられていく言葉に胡蝶は青くなって震えているだけ。
泰山は、自身の不在中に幼い頃に蓮華が受けていた虐待の跡――かつての傷や、今この瞬間の蓮華の銀髪を「不気味」と罵った言葉をすべて把握していた。
「……契約は破られた。お前との関係は今、この瞬間に白紙とする。……お前には、お似合いの場所を用意してある」
そう吐き捨てるように言うと、蓮華のそばで武官に変装していた皇帝・龍炎が、静かに一歩前へ出る。
龍炎は蓮華の父である泰山の覚悟を受け止めると、兵たちに命じた。
「ーーその女を連れて行け。行き先は、そう、皇都からもこの街からも最も遠く、最も過酷な街の娼館だ。……お前がこれまで見下してきた庶民の男たちに、その贅沢に溺れた体を精々弄ばれるがいい」
と二度と戻ってこれにように一番遠くへ送る命令を出した龍炎。
「……そ、そんな……嘘よ! ……離して! 離してよ! ……私は白家当主の奥様なのよぉ!」
自分の今後の運命を告げられると、金切り声を上げて暴れ始めた胡蝶を、兵たちは容赦なく押さえつけて引きずっていく。
ーーこれまで蓮華を虐げてきた傲慢な女は、自らが最も蔑んでいた場所へと、惨めに堕ちていった。
ーーそして、残されたのは、震える胡蝶の娘である、義妹を名乗っていた麗蘭だけ。
ーーその状況を静かに見守っていた蓮華は、父の背中越しに、初めて見た「父としての強さ」を目に焼き付けるように、静かに見守っていたのだった。
そこから転がり込むようにして現れたのは、この屋敷の主にして礼部尚書である白泰山。
蓮華の父親である。
普段は温厚で部下からも慕われる彼だったが、その面影はなくて今の形相はまるで鬼神のようだった。
「……蓮華! 蓮華はどこだ!?」
叫びながらも泰山が探しているのは蓮華のみ。
彼が最初に目にしたのは、地面に這いつくばる後妻と義妹で、そして、その奥に佇む、探していた銀の髪をなびかせた愛娘の姿だった。
「……お父様……」
と、父と目があったので、おずおずと声をかけてみると、
「……あ? ああ! 蓮華……。すまない、遅くなった……!」
泰山は成長と共に蓮華の変わり果てた姿に一瞬言葉を失ったが、その瞳に宿る気高い光を見てーーーすべてを悟った。
……感じ取った……という方がおそらく正しいだろう。
泰山はやっと会えた愛おしい娘を抱きしめたい衝動を何とか抑えると、息を整えて冷徹な視線を足元の胡蝶へと向けた。
じっと見られている気配を感じたのか、顔を見上げた胡蝶は、
「……あなた!? ちょうどよかったわ。この不届き者たちを追い出して頂戴! ……それと、蓮華が呪いにかかって、私と麗蘭を殺そうとしているのよ!」
と、泰山に気がついて、必死に縋り付こうとした。
しかし、泰山は冷たい目で見下ろしたままだった。
「……呪いだと? 笑わせるな。銀の髪と紫の瞳は龍神様の加護であり、この子が正しき道を歩み、選ばれた証だ。貴様には侮辱する権利もない……胡蝶、お前との『お遊び』はここまでだ」
泰山の声は低く冷たく、怒りで震えていた。
泰山の自分に向ける冷たい怒りに戸惑いながらも、
「……遊び? 何を、言っているの? ……私はあなたの妻よ! そして、麗蘭こそがあなたの娘……」
とすがろうとする。
「……まだその嘘を吐き続けるのか」
こんな状況でも、堂々と悪びれることもなくとぼけ続ける胡蝶に呆れながら泰山は、懐から一通の書状を取り出した。
ーーそれは、彼が極秘裏に胡蝶と麗蘭のことを調べ上げた「証拠」が書かれた書状だった。
「……十数年前、私が妻を亡くして絶望していた時……お前は酒に薬を盛って、無理やり私を寝所に連れ込んだ。……だが、私は生涯愛する珠蓮以外の女を抱く気などなかった。どんな薬を飲まされようが、お前が裸で隣に寝ていようとも、お前との間に何も起きていなかったことは、私が一番よく分かっている。……そこの麗蘭が私の血を引いていないことも、既に調査で判明している。……私と関係を持てなかったお前が慌てて悪仲間の男と密通して作った子だということもな!」
泰山にそう問い詰められて、胡蝶の顔が土の塊のように固まり青ざめていく。
「お前が関係をもったと醜聞を盾に脅してきた時も、私は白家の名を、そして何よりも愛する妻の忘れ形見である幼い蓮華を守るために、お前を屋敷に入れることを選んだ。だが……婚姻届などは出していない。故にお前とは形だけの……いや、単なる『同居人』だ。だから、数々の誓約書を書かせた。お前はその書類こそ、婚姻の書類と勘違いしていたがな。……そして、誓約書にも書かれていたはずだ。……『蓮華を大切にしろ』と『贅沢をするな』……とな」
泰山に突きつけられていく言葉に胡蝶は青くなって震えているだけ。
泰山は、自身の不在中に幼い頃に蓮華が受けていた虐待の跡――かつての傷や、今この瞬間の蓮華の銀髪を「不気味」と罵った言葉をすべて把握していた。
「……契約は破られた。お前との関係は今、この瞬間に白紙とする。……お前には、お似合いの場所を用意してある」
そう吐き捨てるように言うと、蓮華のそばで武官に変装していた皇帝・龍炎が、静かに一歩前へ出る。
龍炎は蓮華の父である泰山の覚悟を受け止めると、兵たちに命じた。
「ーーその女を連れて行け。行き先は、そう、皇都からもこの街からも最も遠く、最も過酷な街の娼館だ。……お前がこれまで見下してきた庶民の男たちに、その贅沢に溺れた体を精々弄ばれるがいい」
と二度と戻ってこれにように一番遠くへ送る命令を出した龍炎。
「……そ、そんな……嘘よ! ……離して! 離してよ! ……私は白家当主の奥様なのよぉ!」
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ーーこれまで蓮華を虐げてきた傲慢な女は、自らが最も蔑んでいた場所へと、惨めに堕ちていった。
ーーそして、残されたのは、震える胡蝶の娘である、義妹を名乗っていた麗蘭だけ。
ーーその状況を静かに見守っていた蓮華は、父の背中越しに、初めて見た「父としての強さ」を目に焼き付けるように、静かに見守っていたのだった。
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