【本編完結】おじ様好きオメガは後輩アルファの視線に気が付かない

虎ノ威きよひ

文字の大きさ
13 / 110
一章

仕事にならない

しおりを挟む
 口元を引き攣らせる藤ヶ谷に、杉野はここぞとばかりに語調を強めてくる。

「言ってるでしょ。狼だって。先輩が夢中のおじさんだって」
「蓮池さんを一緒にするな」
「んぐ……っ」

 黙らせるために、一口残ったおにぎりを杉野の口に突っ込んだ。
 思惑通り固まった杉野が、一瞬躊躇した後で咀嚼し始める。
 藤ヶ谷が唇を引き結んでその様子を睨んでいると、杉野は諦めたように目を逸らした。

「……。害獣はアルファだけでもないですから気をつけてください」
「はいはい」
「分かってます?」

 過保護に思えるほど、杉野はいつも念を押してくる。
 藤ヶ谷がいつもおおらかな態度でいるせいなのだが、自分の立場はアルファである杉野よりも知っているつもりだった。

「あのな、俺だってオメガだぞ。ちゃんとそういう教育受けてるっての。何のためにオメガばっかの学校で青春を過ごしてたと思ってんだ」

 オメガは第二の性の判明後、ヒートが安定する年齢までオメガ学校で教育を受けることになっているのだ。
 当然藤ヶ谷も、そこで体の勉強はしている。

 しかしその分、実際のアルファに会う機会が少ないのは確かだった。
 杉野はそれも踏まえて忠告している。

 だが藤ヶ谷の声が自信に満ち溢れているからか、もう何も言わなかった。

「だと良いんですけど。じゃあそろそろ行きましょうか。ところで」

 テーブルに置かれた本を手に取り、杉野は立ち上がる。
 ガサガサとビニール袋にゴミを入れる藤ヶ谷を見下ろしてきた。

「さっきから思ってたんですが、他に本題があるんじゃないですか?」

 ズバリ言い当てられた藤ヶ谷は錆びたロボットのような動きになる。
 本題というほどではないが、先ほど思い出した心の引っ掛かりが気になってはいたのだ。

「お前、ほとんどエスパーじゃねぇか」
「エスパーじゃないから分からなくて聞いてるんですよ。ほら、さっさと言ってください」

 どんな表情をすればいいのかわからず俯いていると、テーブルに手をついた杉野がずいっと彫りの深い顔を近づけてくる。
 鼻が触れ合いそうなほど近くで見ると、迫力があってたじろいでしまう。

「う、その……俺と仕事してて、やりにくくないか?」
「おじさんにすぐ浮かれるからですか?」
「そうじゃなくて……」

 藤ヶ谷は、どうしたら自分が聞きたいことが杉野に上手く伝わるかを考える。

(ハイアルファかどうかなんて、流石に聞いたらダメだよなぁ)

 隠すことでもないと思うが、杉野が言及したことが無いということは触れられたくないことなのかもしれない。

 そもそも藤ヶ谷の悩みは、杉野が普通のアルファだろうとハイアルファだろうと変わらない。
 ぐしゃぐしゃと髪を乱しながら、藤ヶ谷は言葉を探す。

「ほら。こう……能力に差があるっていうか。俺、ヒートで迷惑かけたりもするし。1人の方が仕事しやすいとか、ないのか?」
「そんなこと1回も思ったことないです」
「あ、そう?」

 拍子抜けするほどあっさりと、即座に否定されて間抜けな声が出た。
 長いまつげで風を煽ぐように瞬く藤ヶ谷に対し、杉野は訝し気に眉を顰める。

「誰に吹き込まれたんですか。今更そんなことを気にするなんて」
「えーと……俺が勝手に思ったっていうか……」

 考える切っ掛けになったのは蓮池の言葉だが、別に誰かに言われたわけではない。
 ただ事実を伝えただけだが、杉野は納得しなかったようだ。

「誰でも良いですけど」

 黒く強い瞳が、真っ直ぐ射抜くように藤ヶ谷を見た。
 大きな手が、ガラス細工を扱うかのようにそっと髪に触れてくる。

「次に言われたら胸張って言い返してください。『杉野は俺がいないと仕事にならない』って」
「へ」

 ばらけて目にかかってしまっている藤ヶ谷の前髪を整えながら紡がれた言葉に、ふざけた響きは全くなかった。
 それでも、藤ヶ谷は肩の力を抜いて噴き出した。

「なんだそれ!」

 そんなわけないだろうと、けらけらと楽し気に笑い声を上げる。
 目を細めた杉野は髪から手を離すと、カサリとテーブルのビニール袋を持ち上げた。

「ほら、分かったら行きますよ」

 生意気な後輩は、いつになく優しく、ふわりと微笑んだ。
 藤ヶ谷の腹は重いものがなくなり、胸は心地よい安心感で満たされる。

(こんないいやつの足手纏いになんかなってたまるか)

 藤ヶ谷は心の中で、強く決意したのだった。
しおりを挟む
感想 269

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

孤独の王と後宮の青葉

秋月真鳥
BL
 塔に閉じ込められた居場所のない妾腹の王子は、15歳になってもバース性が判明していなかった。美少女のような彼を、父親はオメガと決め付けて遠い異国の後宮に入れる。  異国の王は孤独だった。誰もが彼をアルファと信じているのに、本当はオメガでそのことを明かすことができない。  筋骨隆々としたアルファらしい孤独なオメガの王と、美少女のようなオメガらしいアルファの王子は、互いの孤独を埋め合い、愛し合う。 ※ムーンライトノベルズ様にも投稿しています。 ※完結まで予約投稿しています。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

さかなのみるゆめ

ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

処理中です...