50 / 110
二章
至れり尽くせり
しおりを挟む
杉野は俯く藤ヶ谷に近づくと、ドライヤーをポイっとベッドの上に投げてきた。
それと共に浴室乾燥機があったと報告されてほっとする。
「とりあえず髪を乾かしといてください」
そして杉野は壁にいくつか掛かっているハンガーを取り、床に置いてあった藤ヶ谷と杉野の服を拾い上げる。
ここに来てから全て杉野に任せっきりだ。
生足が出ている如きで照れている場合ではないと、藤ヶ谷は腰を上げる。
「俺も手伝う」
「いいから。風邪ひきますよ」
杉野は有無を言わせぬ圧のある声で藤ヶ谷を制した。
そこまで言うなら、と、藤ヶ谷は至れり尽くせりの状態で髪を乾かすことにする。
ドライヤーの音を聞きながら、さまざまな思考が頭をよぎる。
(こんなところで2人っきりとか良いのかな。杉野には好きな人が……いや、運命の番がいるかもしれないのに)
以前「杉野の運命の番」が現れたかもしれないと優一朗と話したことを思い出す。
番が出来れば会社に「番届け」を提出する必要がある。
出さなくても罰されるわけではないが、真面目な杉野ならば絶対に番が出来たことを隠さないはずだ。
だが、それが提出された様子はない。
共に働く藤ヶ谷に秘密にする必要もない。
おそらく「運命の番」に出会っていたとしても番えてはいないのだろう。
だが出会ってしまったなら時間の問題だ。
温風に吹かれながら杉野に番ができたら、と想像する。
(番にも、こんな風に優しいんだろうな。……俺だけ特別じゃなくて)
胸に黒いものが渦巻いてくる。
意味もなく叫び出したくなり、片手で口元を押さえた。
「乾きましたか?」
服を干し終わった杉野に声をかけられ、自分の世界に入り込んでいた藤ヶ谷は肩を跳ねさせる。
「あ、うん……っ」
杉野も寒い中で濡れてしまったのだ。
早く乾かさねば風邪をひいてしまう。
藤ヶ谷はドライヤーを切って、すぐに渡した。
受け取った杉野は、適当に風を当てすぎてくしゃくしゃになっている藤ヶ谷の髪をサラリと手櫛でとく。
「後一息って感じですね」
そう言うとベッドのへりに腰掛けて再びドライヤーに電源を入れる。
吹出口が自分に向いているのに気がつき、藤ヶ谷は布団から出て杉野の隣に座った。
膝の上にフリルのついた枕を乗せて目を閉じる。
温風と指先が頭を柔らかく撫でてくれて心地良い。
「なぁ杉野」
「はい?」
「お前に触ってもらえるの、気持ちいい」
「……それは良か……っ」
藤ヶ谷は体を横に倒し、杉野の膝に頭を乗せた。
暖房のせいか、頬に直接触れる太ももは温かかった。
「藤ヶ谷さん?」
戸惑った声を上げた杉野だが、変わらず温風を当ててくれている。
顔は上げずに、藤ヶ谷は滑らかな手でゴツゴツとした膝を撫でる。
「今だけ甘えさせてくれ」
失恋のせいだと思ったのだろうか。
杉野は拒否するような仕草は一切見せず、何も言わずに乾いた頭を撫でてくれた。
(運命の番だかなんだか知らねぇけど……今は俺が杉野といるし)
今この時だけは杉野を独占しているのだという優越感に藤ヶ谷は口元を緩める。
今まで考えたこともなかったのに、どうしてそんな風に思ってしまうのか。
その答えにはまだ気が付かないふりをした。
それと共に浴室乾燥機があったと報告されてほっとする。
「とりあえず髪を乾かしといてください」
そして杉野は壁にいくつか掛かっているハンガーを取り、床に置いてあった藤ヶ谷と杉野の服を拾い上げる。
ここに来てから全て杉野に任せっきりだ。
生足が出ている如きで照れている場合ではないと、藤ヶ谷は腰を上げる。
「俺も手伝う」
「いいから。風邪ひきますよ」
杉野は有無を言わせぬ圧のある声で藤ヶ谷を制した。
そこまで言うなら、と、藤ヶ谷は至れり尽くせりの状態で髪を乾かすことにする。
ドライヤーの音を聞きながら、さまざまな思考が頭をよぎる。
(こんなところで2人っきりとか良いのかな。杉野には好きな人が……いや、運命の番がいるかもしれないのに)
以前「杉野の運命の番」が現れたかもしれないと優一朗と話したことを思い出す。
番が出来れば会社に「番届け」を提出する必要がある。
出さなくても罰されるわけではないが、真面目な杉野ならば絶対に番が出来たことを隠さないはずだ。
だが、それが提出された様子はない。
共に働く藤ヶ谷に秘密にする必要もない。
おそらく「運命の番」に出会っていたとしても番えてはいないのだろう。
だが出会ってしまったなら時間の問題だ。
温風に吹かれながら杉野に番ができたら、と想像する。
(番にも、こんな風に優しいんだろうな。……俺だけ特別じゃなくて)
胸に黒いものが渦巻いてくる。
意味もなく叫び出したくなり、片手で口元を押さえた。
「乾きましたか?」
服を干し終わった杉野に声をかけられ、自分の世界に入り込んでいた藤ヶ谷は肩を跳ねさせる。
「あ、うん……っ」
杉野も寒い中で濡れてしまったのだ。
早く乾かさねば風邪をひいてしまう。
藤ヶ谷はドライヤーを切って、すぐに渡した。
受け取った杉野は、適当に風を当てすぎてくしゃくしゃになっている藤ヶ谷の髪をサラリと手櫛でとく。
「後一息って感じですね」
そう言うとベッドのへりに腰掛けて再びドライヤーに電源を入れる。
吹出口が自分に向いているのに気がつき、藤ヶ谷は布団から出て杉野の隣に座った。
膝の上にフリルのついた枕を乗せて目を閉じる。
温風と指先が頭を柔らかく撫でてくれて心地良い。
「なぁ杉野」
「はい?」
「お前に触ってもらえるの、気持ちいい」
「……それは良か……っ」
藤ヶ谷は体を横に倒し、杉野の膝に頭を乗せた。
暖房のせいか、頬に直接触れる太ももは温かかった。
「藤ヶ谷さん?」
戸惑った声を上げた杉野だが、変わらず温風を当ててくれている。
顔は上げずに、藤ヶ谷は滑らかな手でゴツゴツとした膝を撫でる。
「今だけ甘えさせてくれ」
失恋のせいだと思ったのだろうか。
杉野は拒否するような仕草は一切見せず、何も言わずに乾いた頭を撫でてくれた。
(運命の番だかなんだか知らねぇけど……今は俺が杉野といるし)
今この時だけは杉野を独占しているのだという優越感に藤ヶ谷は口元を緩める。
今まで考えたこともなかったのに、どうしてそんな風に思ってしまうのか。
その答えにはまだ気が付かないふりをした。
51
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
孤独の王と後宮の青葉
秋月真鳥
BL
塔に閉じ込められた居場所のない妾腹の王子は、15歳になってもバース性が判明していなかった。美少女のような彼を、父親はオメガと決め付けて遠い異国の後宮に入れる。
異国の王は孤独だった。誰もが彼をアルファと信じているのに、本当はオメガでそのことを明かすことができない。
筋骨隆々としたアルファらしい孤独なオメガの王と、美少女のようなオメガらしいアルファの王子は、互いの孤独を埋め合い、愛し合う。
※ムーンライトノベルズ様にも投稿しています。
※完結まで予約投稿しています。
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
さかなのみるゆめ
ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる