【本編完結】おじ様好きオメガは後輩アルファの視線に気が付かない

虎ノ威きよひ

文字の大きさ
63 / 110
三章

ヒートトラップ

しおりを挟む

「同じオメガとしてほんとごめん」

 藤ヶ谷は濡らしたハンカチを山吹の赤い頬に当てる。
 神社の近くにある広い公園には、縁日のようにたくさんの屋台が出ていた。
 運良く空いていた白いベンチに、藤ヶ谷と山吹は並んで座る。

 杉野はもっと冷やせるものがないか探してくると言って、屋台の人混みの中に入っていった。

 八重樫の受け売りを言った藤ヶ谷に対し、山吹はハンカチを自分で押さえながら可笑しそうに笑う。

「自分で撒いた種ですよ。遊びはほどほどにだねぇ」
「それは本当にそうだぞお前」

 藤ヶ谷は仕事中とは違う砕けた口調で頷く。

 先ほどのオメガは山吹の恋人ではなく遊び相手で、いわゆるセックスフレンドだったのだという。
 少なくとも、山吹はそう認識していた。

 それがここ最近、相手が本気で山吹を好きになったらしく「番いたい」と言いだした。
 今までその申し出をのらりくらりと躱していた山吹だったが、今日は一服盛られてしまったのだ。

 フェロモン異常が無いかなどを検査する時に飲む「抑制剤無効薬」を。

「抑制剤を無効にする薬かぁ……」
「怖いですよねぇ。まさか持ってきてくれてたコーヒーに仕込まれてるなんて思わないじゃないですか。しかも外ですよ」

 医療用のため体に害はないが、あのオメガ男性はヒートの誘発剤を飲んで山吹を人気ひとけのないところに誘った。
 とんでもないヒートトラップである。
 途中で気がついて抑制剤を飲んでも、効かないのだから。

 山吹が正気を取り戻せたのは杉野の持っている薬のおかげではなく、藤ヶ谷の抑制剤の効果でオメガ男性のヒートが収まったからだった。

 決して許されることではないが、何の未練も無さそうな山吹を見ていると少しオメガ男性に同情する。
 藤ヶ谷はパチンッと人差し指で山吹の額を跳ねた。

「気をつけろよな。好きになったら、誰でも必死になるんだから」

 やって良いことと悪いことはあるが、思い詰めたら人はどんな行動に出るかなど予想はできない。
 藤ヶ谷が杉野のことをすぐに諦められないように、あのオメガ男性も山吹への気持ちをコントロール出来なかったのだ。

 真剣な藤ヶ谷の言葉を聞いて、山吹は目を瞬かせる。

「好きな人でもできました?それも、結構本気のやつ」
「な、なんで……っていうか、俺はいつも本気で」

 図星を突かれて立ち上がり掛けた藤ヶ谷の肩を、山吹はグイッと抱き寄せた。

「そういうのいいですからー」

 すぐ近くに見える眼鏡の奥の瞳がキラリと光っている。
 面白いおもちゃを見つけた目だ。

「いつもなら、『好きな人に断られたらすぐ諦めろよ』とか言いそうだから」
「う……」
「出来たのは、好きな人どころか恋人かな?」
「ち、違う違う。片想い……なんだけど」

 逃がさないと言うように顔を覗き込まれ、目線を逸らすことも表情を誤魔化すこともできなくなった。
 観念した藤ヶ谷は、両手を上げて首を左右に振る。

 共通の知り合いだとバレると気を遣わせるだろうと、名前は出さないことにした。

「でも、その人には他に好きな人がいるんだ」
「なんだいつものやつじゃないですか。どこのおじさんですか?」
「どうせいつもおじ様に一目惚れして撃沈してますよーだ」

 拗ねた藤ヶ谷が膨らませた頬を、山吹は肩を震わせながら突っついてくる。
 確かにパートナーのいるおじ様を好きになるといういつもの状況と、今の状況は一見すると変わらない。

 だが、いつもと違う部分が問題なのだ。
しおりを挟む
感想 269

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

孤独の王と後宮の青葉

秋月真鳥
BL
 塔に閉じ込められた居場所のない妾腹の王子は、15歳になってもバース性が判明していなかった。美少女のような彼を、父親はオメガと決め付けて遠い異国の後宮に入れる。  異国の王は孤独だった。誰もが彼をアルファと信じているのに、本当はオメガでそのことを明かすことができない。  筋骨隆々としたアルファらしい孤独なオメガの王と、美少女のようなオメガらしいアルファの王子は、互いの孤独を埋め合い、愛し合う。 ※ムーンライトノベルズ様にも投稿しています。 ※完結まで予約投稿しています。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

さかなのみるゆめ

ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

処理中です...